(1)黒猫ナルキッソスは傷心である。
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「うにゃー……。
なんで綺麗なお姉さん、結婚しちゃったんですにゃ……。
ひどいにゃ陛下ぁ……なんで止めてくれないのにゃ……」
「止めてどうするんだよ」
その日。
王佐公爵家で一番の“推し”だったアリアドネの結婚にひどく傷心だった黒猫ナルキッソスは、国王レイナートの膝を占領しながら、主に文句をぶちぶちにゃんにゃん言っていた。
真っ黒で艶のある綺麗な毛並みのナルキッソス。
ゴロゴロとレイナートの膝の上を転がるので、たぶんあとで毛を掃除しないと大変なことになる。
「アリアドネがずっと独身でも、猫じゃしょうがなかっただろ?」
「ひどいにゃー!!
それを言ったらファランはどうなるにゃ!
人魚はよくて猫はダメなのにゃ!?
差別ですにゃ!!」
「ファランはほっといてもモテてんだろうが」
執務の邪魔になりそうなほどわめくナルキッソスに、静かにしろというかわりに、レイナートは撫でた。
喉を親指でさすさすしながら頭を撫でる。
最近のナルはだいたいこれでおちる。
「むにゃー。
気持ちよくても、ごまかされないんですにゃぁ……」
目を細めながらも、ばりばり、レイナートの膝に爪を立ててくる。
「痛い。
ファランはたぶん、顔関係なく前世からモテてるだろ、あの感じ」
「むむむむ。あの無自覚カースト上位め。
全次元の陰キャすべての敵にゃ。
完全に掲載誌がちがうやつにゃ」
「通じる言葉で頼む」
「どうせ陛下もリア充だからわかんないにゃ!!」
「リア……なんだって?」
「何でもないにゃー。
オレ、とっても傷心だから、しばらく仕事する気になれないのにゃ。
陛下がんばるにゃ」
「がんばってるのをさっきからおまえに邪魔されてるんですけど」
レイナートは、ナルキッソスの頬をぐりぐりと親指で攻めた。
整いながらもほどよくふかふかとした毛並みが柔らかで、触ると気持ちがいいが、黒猫はめちゃめちゃ嫌な顔をした。
――――ここ最近のレイナートは多忙を極めている。
イヅルやベルセルカから寝不足を注意されることも多いほどだ。
それでも、いまは力を緩めたくなかった。
十八年間レイナートの命を狙い続け、これからも不倶戴天の敵として長く対立し続けると思われたレグヌム国教会、それが先日、レイナートのまえにひざまずいた。
いつかは完全に武力衝突になるかもしれないと思っていたレイナートにとって、いまも夢かと思ってしまうほどの幸運なのだ。
「国教会がこちらに従って以降、奴隷制度、転生者狩りや転生者裁判……等々、廃止に向けて大きく前進している。
たぶん、今年から流れを作りはじめて三年以内には実現できると思う。
二度と逆流しないぐらい、今、しっかりと流れをつくっておきたいんだ。それはナルだって、わかるだろ?」
「…………そりゃ、オレだって異世界人にゃ……奴隷解放は、望んでる」
レイナートは、膝からナルキッソスを引き剥がすと、そっと床におろした。
「仕事にならないなら、親衛隊のとこにでも行ってきたらどうだ?」
「嫌ですにゃ。
遊びに行くにもレマがいないにゃ。
あとベルセルカ様も、陛下が言いつけたお仕事で忙しそうにゃ。
オレ、執務室にいるしかないにゃ」
「一回おまえとファランの勤怠、監査入れるぞ――――――――あ。そうだ」
「なんですにゃ?」
「ナルにいいニュースだ。
あいつらから帰還の連絡があった。
ノールトでネフェルと合流して、護衛についてくる」
「あいつら? にゃー……はっ」
ナルキッソスがとたんに表情を輝かせ、レイナートの机にジャンプして飛び乗った。
「ほんとにゃ??
師匠帰ってくるにゃ??」
ブンブンと、犬かというぐらい尻尾をふりまくるナルキッソス。
「ああ、そう……って、インク壺が倒れるっ」
思わずレイナートは亡き父譲りのインク壺を避難させる。
「間違いなく帰ってくるから、落ち着け?」
「はいにゃ!!
いつ帰ってくるですにゃー?
明日??
明後日??
しあさって?」
今度はレイナートの腕にすりすりと身体を擦り寄せてきた。
この猫、喜びを全身で表現してくる。あざとい。
「どんだけアイツのこと好きなんだ?」
「師匠がいなかったらオレ、カバルス軍に入ってないにゃ!!
それに……」
「それに?」
「前の主人の仇討つの、オレまだあきらめてないのにゃ」
「………………」
何気ないテンションで返ってきた、黒猫の重い答え。
そっか、と、レイナートは呟いて、ナルキッソスを抱き上げた。
「じゃ、ま、がんばらなきゃな」
「うん。がんばるのにゃ」
いまの主人の腕のなかで撫でられて、ナルキッソスは喉を鳴らした。
その時、執務室のドアが、ノックされた。
ドアの向こうから声がする。
「ベルセルカですー!!
ネフェルたち、いま王城に帰ってきましたよ!!」
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