(10)タウルスの解決とまた別のはじまり
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「レイナート!
ベルセルカ!
大丈夫だった!?」
屋敷から出てきた2人と1匹のもとに、カルネは駆け寄った。
「なんか大きな馬車とかお役人とか、たくさん来てるんだけど……。
どうなるの?
アステリオスは?
借金は?
どうなったの? ねぇ?」
「ええと……」
ベルセルカがちょっと考えてから、カルネの前にしゃがみ、にこっと笑った。
「領主様が、アステリオスを捕まえて取り調べることになりました!
だから、借金取り立てはいったん中止。
牛の差し押さえはありません。
もう取られた牛さんたちも、おうちに返されるはずですよ」
「本当!!
じゃあ、この馬車とかは領主様なのね!」
カルネの歓喜の声にかぶるように、別の荷馬車の走ってくる音が響いた。
荷馬車のひとつに乗っていた家族が、カルネの名を呼びながら手を振った。
「あ、あれ??」
「領主代行が、村の人間たちの証言を訊くために、取り急ぎ呼んでいるそうだ。
終わったら、彼らと一緒に帰るといい」
カルネが家族たちに手を振り返し、そしてまたベルセルカたちを見る。
「本当、なのね?
ありがとう、ベルセルカ! レイナート!」
「ああ」
「じゃあ私、みんなと一緒に行くわね。
ああ、そうだ、お金!」
革袋を開くと、カルネは金貨を取り出す。
ベルセルカが手を出すと、その手のひらのうえに、金貨を1、2、3…と数えながら10枚、置いた。
「よかったわ、返せて」
「律儀ですね、カルネは」
「もらったものならそのままもらっといてもいいのににゃ?」
「ナル。めっ」
金貨10枚を財布に戻すと、ベルセルカは首元に手をやった。
首にたらした鎖を引っ張り出すと、その先に小さく丸い鏡がついている。
こどもの手のひらほどの大きさの、銀の鏡だ。
「ねぇ、カルネ。
これから先も旅をつづけるんですか?」
「うん。
いったんは友達の村に戻って、それからまた旅かな。
レイナートたちは?
領主様のお城に泊まって王都に帰るの?」
「ああ、明日な」
「王都に住んでいるのよね?
私、いつかお金がたまったら王都に行くの!
そのとき、もし会えたら…」
「じゃあ、私からお願いをしてもいいですか?」
手元の鏡を、カルネの首にぶら下げるベルセルカ。
「……え?」
「私の鏡もカルネの旅につれていってください!」
「え? ええ?」
「もしカルネがピンチに陥ったら、この鏡に向かって、レイナート様と私を呼んでください。
すぐ、とはいかないですが、自力で1日もってくれたら、そこそこの確率で助けてあげます」
「う、うん……?」
しばし納得がいかない様子でいたカルネだったが、鏡を見つめて、こくっとうなずき、服の中に鏡をしまった。
「それじゃあ、また会おうね」
「じゃあな、カルネ」「また、どこかで会いましょう!」「にゃー!!」
カルネを見送り、レイナートとベルセルカはそれぞれ自分の愛馬にまたがった。ナルキッソスは、ポダルゴスの上に。
タウルス城に戻るべく、日暮れの街道を軽く流して走る。
「金融法、去年、オレの助言で改正しておいて良かったでしょ!にゃ!」
「そうだな、お手柄だったナルキッソス。
とはいえあの法案の7割はオクタヴィアが作ったんだけどな……」
去年の春、まさか自分が王になる日が来るなどと思いもしなかった頃。
枢密会議の末席としてオクタヴィアとともにまとめた法律の改正案のことを、レイナートは思い返す。
「―――今回のマンティコア討伐、そして悪党『アステリオス』の退治で、フェリクス領主代行の領民からの株がぐんと上がるでしょうね」
馬上でベルセルカが、今回の訪問を総括する。
「私たちも、タウルスがどういう土地かわかったし、一応人死にを出さずに領民の問題を解決できましたし、くわえて領主代行に恩を売りつつ弱みを握ることができたのは成果ですね!
ただ、今後、タウルスの新領主の選定はどうします? 能力的にも経験的にもフェリクスが適任なのだと思いますけど……爵位の問題が入ってくるから、王都の殿方はそれで納得しませんよね」
「うち以外の王佐公爵家は男子が全滅したからな。王室法と貴族法の改正がどのみち必要だ」
「言葉は悪いけど、チャンスだって思ってますにゃ。レイナート様の武力で圧力をかけて、貴族たちを押さえ込んだらいいのにって、転生者としては思いますにゃ」
ナルキッソスが口を挟んできたのに、「おい」とレイナートは返す。
だが、ナルは続ける。
「おそらく、転生者のお母さんが産んだレイナート様を王として認めさせる、唯一の手段がそれだと思いますにゃ」
「それは私も同意します」
ベルセルカもうなずいた。
「―――貴族たちも有力者たちも、多くは利と保身で転ぶでしょう。
そこまでは問題ないと思います。
ですが……おそらく、いえ、かならず最後まで、レイナート様のまえに立ちはだかる勢力がひとつ」
「「レグヌム国教会」」
レイナートとナルキッソスの声が重なった。
国王であるレイナートが国教会首長の地位にある限り、表立って対立をしてはこないだろうが、面従腹背であるのは確かだ。
何か口実になることがあれば、かならず、レイナートを国王の地位から追い落としにくるだろう。
……街道を走っていると、しばしば、荷運びの領民たちとすれ違う。
領民たちのなかに、ひときわ身なりのい、ひときわ大きな荷物を背負った者が、ときどき混じっている。
レイナートと同じ烙印を首筋に刻まれた者たちが。
――――この国の奴隷身分の人間誰もが、『陛下』のことを知れば呪うはずよ。『うまくやりやがったペテン師』だと。
「あの人の言葉、間違ってますからね」
脳内によみがえったアリアドネの言葉にかぶさるように、ベルセルカが声をかけてきた。
「レイナート様が国王になったのは、運のよさなんかじゃない。
命をかけて産んだお母様、国と王とすべてを敵にして闘って、3年間闘い抜いたお父様、それを支えレイナート様を守ってきたカバルスの人々、みんなの思いが紡いで紡いで引き寄せた運命です」
急に目が熱を帯び、心臓をぐっとつかまれる。
2つ下の少女の言葉があまりに不意討ちで、何よりそのとおりで、返す言葉が出てこなくて、「ああ」としか、言えなかった。
「ね、だから私たちも、変えられるはずです。この国の人々の運命を」
もうすこしで泣かされるところだった、と思ったときには、耳のおくからアリアドネの声はすっきりと消えて、ベルセルカの言葉だけが、胸に温かく、残っていた。
そうだ。変える。この国を、必ず。
俺はいま、それができる場所にいる。
支えてくれる人がいる。
前を見据え、若き国王は馬を駆った。
その紫の瞳はどこか新しい未来を見ているように明るかった。
【第2話 了】
◆ナルキッソス◆
カバルス軍幹部
猫 2歳 体長約45cm(首・尻尾のぞく)
全身黒毛
異世界人から2年前にこの世界に転生する。
本来普通の黒猫だったが、使い魔にされたために魔力を持ち、しゃべれるように。猫は身体に宿せる魔力が人間よりも少ないため、必要なときはレイナートの血(魔力たっぷり)を飲んで強化する。




