(22)混迷の優先順位
◇ ◇ ◇
――一方、大聖堂の外。
近隣の町や村の人々は、何の変哲もなく、畑を耕し、作物の世話をし、ものを売り買いしていた。
密かに待機しているカバルス軍メンバーは、大聖堂近辺を注視している。
あくまで彼らが守るべきは、国王レイナート・バシレウス・テュランヌスひとり。
国王の命を奪おうという企みを阻止するため、ここに存在する彼らなのだ。
ましてここは、イクソドイデア。
最大の国教会領であり、貴族らが治める地よりもはるかに宗教的倫理が強く支配する。よって転生者も現国王もカバルス軍も、敵視する傾向が強い。
むしろ、村人・町人の住人たちがこちらを発見し敵に回らないか……そちらを警戒しなければならなかった。
よって、彼らが、大聖堂とは離れた位置で動き始めた国教会“裏”聖騎士団の初動を見逃したのは、やむをえないことだったという他ない。
「聖騎士団の連中、少なくない?」
大木の上で声をあげたのは、今回この場の指揮を任された魔弓騎兵隊隊長、サギタリア・アーチャーであった。
年齢不詳、緑の髪を持つ、つり目の美女。
人間ではない者も多々加わっているカバルス軍であるが、その中でも唯一のエルフだ。
「大聖堂の中にいるのでは?
あるいはここから見えない位置での待機か…」
彼女に寄り添う、魔弓騎兵隊副隊長が返答する。
「いや、大聖堂内の人数でも足りないし、近くにもいないね」
森育ちのエルフであるサギタリアは、あらゆる生物や精霊やエネルギーの流れを視認・感知できる。
人間が使う〈透視〉系魔法が視覚に特化しているのに比べ、五感以上の感覚がエルフには流れ込むのだ。言語化処理がなされていない情報の塊が。
そのサギタリアが、妙な流れを関知した。
「――――“向かってる”。ここにじゃない、近くの町や村に」
「え?」
タリアの言葉を耳ざとくとらえ、声をあげたのは、少しはなれた位置(同じく樹上)にいた、剣闘騎兵隊所属の少年転生者、ペルセウスだった。
「……ドラコと同じ作戦を取るということは」
「は? まさか、さすがに……。
冒険者や異端者じゃない、国教会の領民なのに」
領民とは労働力であり、納税者である。
その支配者たちがまさかわざわざ、揺動のためにその領民たちの命を減らすとは、サギタリアには考え難かった。
しかし、一瞬迷った、直後。
町で、火が上がった。
「え、本気……!?」
同時に、大聖堂の中で酷い―――ぐちゃりぐちゃりと人が潰されるような音が、サギタリアの耳にだけ響いた。
そして彼女の鼻には、このあとここまで流れて届くであろう、血の匂いが一足先に届く。
「………大聖堂と町に同時に異変あり!!
ペルセウス、あんたの隊は陛下を援護!!
それ以外はあたしについてきなさい!」
ペルセウスの隊が全員〈転移〉で姿を消した、次の瞬間「〈総員転移〉!!!」サギタリアは残りの全員を率いて火の上がる町へ転移した。
◇ ◇ ◇
町の者たちには最初、何が起きたのかわからなかった。
自分たちを守ってくれるはずの聖騎士団の装束をまとった白覆面の人間たちが、馬を駆って町中に突入してきた。
――――ポーズが大事だ、せいぜい残虐に踏みにじれ。
――――だが、国王以外と一握りの者を除いて蘇生魔法は使えない。奴隷以外は、あまり殺すな。
――――混沌の中で、人の記憶は混濁する。
――――自分たちを襲ったのがカバルス軍で、助けてくれたのが聖騎士団だと、己の信仰に都合の良い解釈をする。
――――だから、せいぜい残虐に踏みにじれ。
そうブツブツと、そらで言えるまでイクシオンに頭に叩き込まれた言葉を呟きながら、白覆面たちは馬で領民の人々を跳ね飛ばした。
手には、慣れない突撃槍。走りながら他の者の馬を突いてしまう者さえ出た。
その中で彼らは、殺していい人間を目指す。
主に楯にされた奴隷の頭を、馬の脚が砕いた。
と思ったら次の瞬間には馬は主を高く蹴りあげ、別の馬がその家族のこどもを踏み潰す。
狂乱のなかで区別など、できようはずがない。
◇ ◇ ◇
(――――クソ、できれば、国教会領の領民なんて見捨てたいんだけど……)
いままさに蹂躙されている町を見下ろせる場所に、引き連れた全員を移動させたサギタリアは、心のなかで舌打ちした。
珍しく、判断に迷ったのだ。
(直接助けに入れば、逆にあたしたちが虐殺犯の濡れ衣を着せられかねない。
といって、このままこの領地が荒らされ壊滅したら、陛下の責任を問う声があがる――――声をあげるだけの聖職者が生き残るかはわからないけど)
ならば取れる手は限られる。
「魔弓騎兵隊・剣闘騎兵隊、全員、弓を構え!!」
◇ ◇ ◇




