(19)任命式の朝
◇ ◇ ◇
――――イクソドイデア大聖堂。
公爵令嬢ルーシー・アファレンシスが国教会初の女性聖職者に任命されるその日。
「……国王は前日入りか」
日の出前、大聖堂の中は式典準備中。隠し部屋から中の様子を見下ろす枢機卿は、側近たちに呟いた。
彼の視線の先には、すでに礼装に着替えたレイナート・バシレウス・テュランヌス。
18歳の若年ながら、特に最近風格を増し、存在感が強くなった。
その隣に立つのはルーシー・アファレンシス。
そして警護をつとめる長身の短い青髪の女と、小柄な茶色の髪の少女。
特に、青髪の美貌の女イヅル・トマホークは国教会の皆にとって恐怖の存在だった。
異世界人であることを隠してもいないこの女には、いままでどれだけの国教会からの暗殺者が葬られただろう。
カバルス軍総長であり、ベルセルカ・アースガルズをのぞけば国王の一番の側近。
そして元奴隷のくせに、恐ろしく強すぎる。
(クソッ……“人喰い馬”の“守護悪魔”め)
今回はあえて国王を呼ぶために苦渋の選択をしたのだが、本来は、神聖なる祭壇に転生者や女が上がるだけでも、国教会としては大いなる侮辱であった。
「しかし、さまざまな工作の結果でしょうか。
国王の顔色はかなり悪うございますな」
大司教のひとりが、にまにまと笑みを浮かべながらささやく。
「“血の結婚式”の夜ほどの疲弊と言えるかはわかりませんが」
「あの夜の国王は――――」
王族貴族の男たちは化粧をするのが普通のこの国において、なぜか化粧をしない国王レイナート。彼は、いつも肌色も顔色もわかりやすく出る。
血色の悪さに、目の下にはくま。
少し痩せたようでもある。
国教会の作戦が功を奏していると思われる。
では、あの“血の結婚式”の夜の、レイナート・バシレウスはどうだっただろうか?
ほんの数か月前、枢機卿は、まだ大司教だった。
自分の上役であった敬愛する枢機卿猊下ともうひとりの大司教が、目の前でユリウス王子に惨殺された。
もう自分も殺されるのだ、と思った。
そこへまさかの、征北将軍レイナート・バシレウスの戦場からの帰還によって、九死に一生を得た。
……しかし、命を救ってもらった、などという私情は捨てなければならない。
恩義で異端者を生かしてしまえば、それは私利私欲に等しい。
そんな恩義への感情など、神のしもべたるもの、偉大なる信仰の前には捨ててしかるべきだ。
(……あの事件さえ起こらねば)
あの“血の結婚式”の事件。ユリウス王子の離反さえ招かねば、いまの王など仰がずに済んだのに。
ユリウス王子をあのように変えさせたのは、自分たちなのか?
しかし、強すぎたのだ。幼い頃から、レイナート・バシレウスが。そして、姉君、オクタヴィア王女が。
何度考えても、自分たちは間違っていなかったと思う。
あれ以外の選択はできなかったのだ。
「ところで、国王を仕留めるための剣は」
枢機卿が声をかける。
“教王”のつかいとして来ている、全身をマントにくるんだ人物が、布に包んだ細長いものを見せた。
「――――こちらに」
「おお、これですな!!」
枢機卿がその剣を受け取ったが、即、そのあまりの重さによろけた。
大司教のそばにいた、大柄な男が駆け寄り、剣に手を伸ばして手に取った。
「抜いてみてもらえるか」
「はっ!」
前聖騎士団団長よりもさらに大きな身体のその男は、現在、聖騎士団副団長である。
国王暗殺の直接の実行犯のひとりとして、任命されている人物だ。
副団長は、剣を抜く。
ずっしりと重みのある剣は、抜くとキラキラと白金のように光る。
「――――おお。
これか、素晴らしい……」
抜かれた剣の美しさに皆、目を奪われる。
吐息を漏らし、副団長はさらりと剣をしまった。
「これで、かの国王の心臓を、ひとつきですな」
「その状況を産み出すまでに私が援護いたします」
口を挟んだのは騎士団長イクシオン。
「まず、式典終盤、私の魔法が、出席の聖職者の皆様とルーシー・アファレンシス嬢を襲います」
イクシオンが、大聖堂の窓を指差し、祭壇へと動かす。
「この場で、イヅル・トマホークは国王を避難させようとするでしょうが、国王はそれを拒み、戦いに臨むでしょう。
なぜなら、この場でもしまた聖職者が皆殺しになるようなことが起きれば、“血の結婚式”の再現。
二度も虐殺の現場に立ち会った国王は民にとってどう見えるか」
言うまでもない。
すでに“血の結婚式”も、レイナート・バシレウスが自分を王にするために王族一同皆殺しにしたのだと考えている人間もたくさんいるのだ。
同じ状況の事件がもう一度起きれば、民たちは悪逆非道の王への怒りに満ちるだろう―――ということを、レイナート・バシレウスは危惧するはずだ。
「なるほど。
国王にとっては、絶対に聖職者たちの命を守らねばならない状況になる……」
おそらく、そのような理由がなくてもレイナート・バシレウスは、聖職者たちの命を見捨てないのだろう。
枢機卿はそう、考えていた。
もちろん、敵であり殺さねばいけない悪魔的存在だ。
それでいて、攻撃をしてこない者をわざわざ殺さないであろうと、彼の善性を信じている自分がいる。
彼が、転生者でさえなかったなら。枢機卿は、深くため息をついた。
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