(14)長期戦の効果
◇ ◇ ◇
ベルセルカ・アースガルズがレイナート・バシレウスのもとから引きはがされて、2週間が経過した。
一度ベルセルカの警護につけられていた国王親衛隊のレマ・ユピテルは、王都のレイナートのもとに戻されたが、その代わりに国王親衛隊の半分がベルセルカの警護にカバルスに送られた。
くわえて、従来つけられているオクタヴィアへの警護へ人員が増強される。
一方で、レイナート国王は、ベルセルカもおらず警護の者もおらず、ほとんど単身で、王城とカバルス公爵邸のみを往復する日々であった。
◇ ◇ ◇
(………!!)
カバルス公爵邸から王城に戻る馬上のレイナートは、自分に向けて8方向から放たれた魔法矢の存在を関知した。
(上級魔法〈狙撃弩〉? 大陸聖教会からの増員か、高位の聖職者か!?)
おりしも、朝。周囲は無人ではない。
避けても跳ね返しても、無関係の人間に当たってしまう。
馬上で2本の剣を抜き、両手で4本ずつ、剣舞のように疾走らせ切り裂いた。
切り裂かれた魔法矢は、光を放ちながら砕け散って消えていく。
(……狙撃は6度目か。
今回こういう、地味に、神経を削ってくるような手使うんだよな)
周囲の人間たちは、突然魔法矢で襲われたレイナートが国王だとはおそらく気づかず、慌てて離れて逃げていった。
そこへ〈転移魔法〉を使ったか、レイナートの前に馬に乗り顔を隠した刺客が出現する。
前だけではなく後左右も、全部で4騎に囲まれる。
手練れではない、とレイナートが見て取った次の瞬間、せーのと合わせるように彼らがレイナート向けて突進し剣を突き出す。
いなないたレイナートの馬が、垂直に高く高く、跳んだ。
敵の1騎の頭上を悠々と跳び越えていき、「なんだあれは!?」と敵が声を漏らした瞬間。
「―――〈誘眠〉」レイナートは振り向き様に、得意とする誘眠魔法を4騎ともまとめて食らわせる。
やはり手練れではなかった刺客たちは、ばたばたと眠りに落ちて落馬していった。
(城の衛兵を呼ぶか)
レイナートはため息をつく。
尋問してもまた結局何も出てこないだろうが……。
最近は連日、このような、殺すに殺せないレベルの雑魚(くいつめた老傭兵もいれば、『あいつを殺せれば解放してやる』と言い含められてきた奴隷もいた)を使った襲撃に頭を悩ませていた。
もちろん〈狙撃弩〉や人馬を4騎同時に転移させる〈転移魔法〉などのそれなりに高度な魔法を使いこなす人間は後ろについている。だが、直接レイナートと戦っては勝てないとわかっているからだろう、直接差し向けてくるのは、雑魚ばかり。
結果、一回も命が危ないという場面にはなったことがないものの、レイナートはじりじりと精神的に疲弊していた。
今回は、敵が神に仕える者たちであるため、無差別に無辜の民を狙う、ということをしないのが、せめてもの救いであろうか……。
「ありがとうな、ポダルゴス。今回はおまえに助けられた」
愛馬の首をレイナートは軽くなで、そのまま、王城へと馬首を向けた。
◇ ◇ ◇
「――――お休みになってください」
その日は、仕事で少し王都を離れていたイヅルが、久しぶりにレイナートのもとに帰ってくる日だった。
娘を連れて国王執務室に入ってきたイヅルが、開口一番吐いたセリフはそれだった。
「そうにゃ。陛下の体調、お悪くなってますにゃ…!
目のくまがひどいし、戦場にいって、全然眠れない時みたいにゃ!」
執務室に入り込んだ黒猫ナルキッソスが、レイナートの執務机の上で、イヅルに同調する。
「眠れていませんね、明らかに。
ベルセルカ様が王城にいらっしゃらなくなってから、どうなさったのですか?」
「悪い、イヅル」
「大陸聖教会にお命を狙われている、というのもいまさらではありますが。
――――陛下。
いま、何に魔力を浪費していらっしゃるのです?
もしかしてヴェーラ様の加護の、魔力を吸い取る力が強まって」
「いや、ヴェーラじゃない」
「……では」
レイナートの手にイヅルは触れ、しばしその痩せ具合を吟味して、深く息をついた。
「結界魔法の使いすぎ、でしょうか。
王城。カバルス公爵邸。それから……何人かの個人の身体に」
「……すまん」
「本当ですね、あと5日ははやく、おれを呼び戻していただきたかったです、陛下」
これも、大陸聖教会かレグヌム国教会の動きであろう――――カバルス公爵邸関係者が、何者かに襲撃されることも、続いていた。
いずれも、レイナートを襲った者たちのように敵は雑魚ばかり。
いまだ死者は出ていない。
……が、先日、“転生者狩り”のために仲間を失いかけたレイナートは、ピリピリと警戒し、あちらこちらに過剰に警戒のための結界を張った。
「ベルセルカ様がいないことが、かなり陛下の周辺によろしくない影響を与えているということでしょうか……。
とにかく、しばらくは、おれが陛下の周辺で、お守りしましょう」
「いや。俺のことはいい。
イヅルは娘がいるだろう。俺の身辺よりも、カバルス公爵家の者たちを守ってほしい。
ヴェーラも最近は魔力の吸収力をコントロールできるようになったから力になるはずだ。
だから、ヴェーラとヴィスとを一緒に」
「陛下? …………それはつまり、ほとんど陛下おひとりで、暗殺者を迎え撃ち続けたいとおっしゃっているのですか?」
「ああ」
「陛下。昨日何時間、お眠りになりましたか?」
「それ、いま関係あるか?」
「恐れながら、精神的不安と睡眠不足で、判断能力に影響が出ていると愚考いたします」
「…………」
イヅルの言葉にレイナートが黙ると、ナルキッソスが「ほら! 陛下! やっぱりにゃ! イヅル様もおかしいって言うと思ったにゃ!」とわめき、べしべしべしべしと前足でレイナートの腕を叩き始めた。
「―――おまえもそう思うか?」
「陛下もご自身で薄々、お気づきなのでは。
特にベルセルカ様がいらっしゃらないということの悪影響が。
あのお方が一番、陛下の精神的支えになり、そうして陛下の不調をお近くで見抜けたのです。
いらっしゃらない分、陛下は自覚している以上にお気を付けになるべきなのです」
ふう、とレイナートは、深く息をついた。
「確かに、王佐公爵家の面々はそれぞれの領地に忙しいですし、ベルセルカ様の警護に、エクエス様やファランはじめ多くの人手をとられてはいるでしょう。
しかし、それだけではないでしょう。ただいま、オクタヴィア様封印解除のために古文書解読にかかりきりのペルセウスも、子ども3人とともに王都に留め置かれているグラッドも、そろそろ陛下のために暴れたがっていますよ」
「――――そうか、いや……」頭を抱えるようにぐしゃぐしゃと髪をかき乱し、再び息をついたレイナートは続けた。
「すまない。ありがとう、イヅル」
「おわかりいただけなのなら良かったです。
近年は少なかったですが、戦場で消耗戦を強いられたこともあったでしょう。
おれが警護いたしますので、まずは陛下、少しお眠りになりませんか。
その後、彼らがどういう手を使ってくるかを、検証し読んでまいりましょう」
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