(7)執着する者
“占有憑依者”は微笑んだ。
「そっか、この男なのね!
なんで国王は、この男にカバルス公爵を譲らないのかしら」
「まぁ、国法上は爵位は死ぬまで保持するのが基本です。
本来のルールどおりならば、国王は、国王とカバルス領主を兼ね続け、最終的にはこれから産まれてくるであろうレイナート・バシレウスの子がカバルス公爵を継ぐことになるのですよ」
「へぇ、そうなの??」
「とはいえ生前の継承は不可能ではないし、国王も、本当でしたらカバルス公爵と領主の仕事をさっさと人に渡して、国政に集中したいところでしょう。
しかし、マノロに渡すのは、国王はどうしても嫌な様子ですね」
「信用できないの?
自分の領地をどうされるかわからないから?
それか、財産を食い潰されると心配してるとか……」
「――――あなたのアイデアのように、マノロが領主になった際に『カバルスに転生者法を復活させる』のを警戒しているのでは?」
「!!!」
女は、目を見開いた。
「え、何よそれ。
あたしのアイデア、もしかして国王ももう読んでるかもって!?」
「と言いますか……だれしも、レイナート・バシレウスの失脚を画策した者たちは考えたことだと思いますよ?
レイナートがカバルス公爵になったのも、国王になったのも、『カバルスで生まれた者』『カバルス領内』には転生者法を適用させないという、先代カバルス公爵が下した決定ゆえ。
この決定を覆し、領地に転生者法を復活させる権限は、カバルスの領主にある。
もし、レイナート・バシレウスがカバルス領主と爵位を譲った人間が、カバルスへの転生者法の適用を復活させ、過去にさかのぼって適用するとしたら、その時点で、レイナート・バシレウスを、『合法的に』国王どころか奴隷まで引きずり落とすことができる……と」
「……なによもう!
天才的な名案だと思ったのに!!」
「実際、先代カバルス公爵に対しても、国教会からそのような働きかけをしていたはずですよ。
老齢ゆえ、長男が大人になるまでの間、領主だけでも臨時で何者かに継がせてはいかがか…と」
「そこを譲らなかった、と……ああ、もう!!」
「機嫌を悪くしないでください。
この男、利用できますよ??」
「利用?」
「ええ。国教会から、けしかけていただきます。
レイナート王の未来は、国王か奴隷かという天国と地獄のような二択ですが、マノロ・レウスも、それなりに必死になる理由があるのです。
金ではなく、カバルスに、ねっとりと執着する理由がね」
***
5日後、朝。
枢密会議は冒頭から、大陸聖教会からの要求について、賛否両論喧々諤々だった。
「レグヌム国教会が成立して二百年。
大陸聖教会は征魔大王国レグヌムに対して、どの立場で要求できるというのです。
失礼きわまりない内政干渉ではありませんか!!」
「陛下には及びませんが、ベルセルカ殿はまぎれもなく、国家防衛の要のひとつ。
しかも処刑の理由が『異性装』など、まったくふざけておりますな!」
「そうは言っても、大陸聖教会は、ゲア大陸内の最大の宗教的権威だぞ!!
無視などしたら、いったいどうなることか」
「無視などはしておらぬ。
国王陛下より反論の書状をお送りしているのでしょう?」
「それによって、大陸聖教会との関係がこじれても良いのか?
防衛の要とさきほど申したが、それ以上の兵力を送り込んでこられたらどうする?」
「その時は俺が出る」
レイナートの一言に、大陸聖教会重視派の皆が言葉につまった。
そのとき、ベルセルカの兄で宰相のグリトニル・アースガルズが、深く息をはく。
「……処刑勧告が出たからと、身を隠し枢密会議にも出ぬというのは、我が妹ながら、まことにわがままがすぎる」
「ベルセルカは俺の命令で身を隠させている」
「国王陛下。
過保護と、特別扱いが過ぎますな」
「そのとおり。
ベルセルカを特別扱いしているが何か?」
「……陛下におかれましては、いまいちどベルセルカが、家長であるわたくしが保護監督責任を持つ未婚の娘であることを、思い出していただきたく」
「そうだな。これで六泊させた」
ふだんレイナートとベルセルカは一緒に行動し、仕事の中でもプライベートでも彼女が(王城以外に)外泊するのはありふれたことだ。
しかし、あえてそこに言及したレイナートの言葉。
これを王族・貴族流に翻訳すると、
『(貴族の常識においては)ベルセルカは俺が傷物にしたも同じだろう?
いい加減結婚させろ』
と言っているようなものだ。
つまり、一国の王と宰相が、さっきからわりと感情的になっている。
ピクッ、と眉根に神経質なシワを寄せた宰相グリトニルは、
「……早く、王都にお戻しください」と、短く答える。
冷えた空気が流れ、枢密会議の面々が、居心地悪そうに互いの顔を見る。
ある者は焦り、ある者は危惧し、大事な話をしているこの場で、女一人の処遇についての駆け引きが時間を食うのだ。
「……おお、そう言えば。
国教会の見解を、まだうかがっておりませんでしたな?」
重臣のひとりが話の流れを断つように言う。
今日の枢密会議には、レグヌム国教会枢機卿および大司教二名が出席していた。
枢機卿が口を開く。
「……では、恐れながら、我らの立場をのべさせていただきます」
――――レグヌム国教会は今朝、大陸聖教会から使者が姿を消した連絡を受け取っていた。
暗殺計画の継続への大きな支障。
レイナート・バシレウスは今回の処刑勧告が自分の暗殺を目的としていることをおそらく知ってしまった。
だが、知っていてなお、自分の身辺を優先してベルセルカを王都にかえすということはしない。
暗殺者など自ら迎え討てばいいと思っているのか、愛している女への過保護か。
王城周りから戦力が減っているという。
ということは、明らかにベルセルカの警護に戦力を割いている。
レイナート王本人だけでなく、王の周囲の人間たちがやたらと強すぎて厄介だ。
だが、戦力は分散できる。
そして、『危機に瀕していて』『守らなければならない』存在が多いほど、レイナート王の意識や警戒もまた分散される。
……今回、利害関係によって協力してくれる人物がひとり、自ら国教会に連絡を取り、加わってきた。
「教皇猊下はおそらく、我らが国王陛下を大きく誤解し、そして恐れていらっしゃるものと考えます。
たとえベルセルカ殿をこのまま処刑したとしても、その誤解はとけることはない。
まずは誤解をとくことに集中なさるべきかと」
「誤解とは?
どう誤解していると考える?」
「我々の考える最も大きな誤解を申し上げます。
レグヌムは、多くの王佐公爵を失い、国王陛下にあまりに多くの権力が集中しております。それを以て、おのれに力を集中させる、強欲で傲慢な王と思われたのではないでしょうか。
正しいルールのもとでそれらを、極力配分するべきかと」
おほん、と、咳払いをし、枢機卿は部屋の扉を開かせた。
そこにいた人物を見て、レイナートは、明らかに眉をひそめた。
「…………手始めに、陛下のお膝元であるカバルスおよび公爵位を、こちらのマノロ・レウス殿に継承させてはいかがでしょうか?」




