(6)国王殺害の条件
***
「――――――国教会による観測上、レイナート・バシレウスを殺しえた、といえるのは、“血の結婚式”の夜のユリウス王子のみです」
“占有憑依者”の女に、裏切り者の聖職者が語りかけている。
場所は、彼らが以前にいた大聖堂ではなく、王城からほど近い、歴代国王が眠る墓地だ。
時間は夜。
「そしてこの時は以下の条件が重なっておりました」
・同日に行われた戦闘による、レイナート・バシレウス本人の疲弊と魔力の減少
・同日中にノールト国境から王城まで10騎を転移させてきた魔力の消耗
・オクタヴィア王女ほか、彼が命を守らなければならず戦闘のみに集中できない存在が周囲にあったことと、それによる魔力消費
「観測上、彼はあなたのように魂を分離することはできないようです。
となれば殺害に必要なのは、心臓の破壊、脳の破壊、このいずれかを達成することとなります」
「そこは…普通の人間みたいなのね」
「結婚式の時点と魔力の最大量が同じであれば、
・二千人規模の軍との戦闘
・国境から王都までに匹敵する距離の移動
・その周囲に無力化した、弱点となりうる人間たちを配置
……といった条件を重ね、そこにユリウス王子クラスの戦闘力を用意すれば殺せるということに」
「いや、その時点であんた、かなりの無茶を言ってない?」
「残念ですが、求められるのは、それ以上、と言えますね」
月もない暗い夜に、女と男は、歴代国王の墓を踏んづけ、供えられた花を踏みにじり、けちらしながら歩き話している。
「嘘。それ以上、っていうの?」
「見ますか?
――――〈記録・深透視〉、〈投影〉」
男は、魔法名を唱えながら指でいくつかの形をつくり、最終的に両掌を上に向けた。
半透明にすけた人体のかたちが1体ずつ、そこに浮かび上がる。
「先日、カバルスに出入りできる聖職者ガイストの記憶を確保しました。
レイナート・バシレウスの至近距離で観測した魔力量を、“血の結婚式”直前と、直近のものとで比較します」
「ガイストって、いくら国王の近くに寄れるっていったって、ひらの一聖職者なんでしょ?
貴族か、あいつらの側近の視界が乗っ取れればいいのに」
「……残念ですが、私にどうこうできるのは“レグヌム国教会”の“聖職者”の脳だけですので。まぁ、いま仕組んでいる工作がうまくいけば、さらに魔力が強い手駒が手に入りますが」
「手に入ってない手駒の話なんか聞いてないわよ。
で? あんたは、左が結婚式前、右が最近、って言いたいのね?」
「そういうことです。
最近だと、魔力観測能力が下手に高くて防御できない人間だと、近くに寄るだけで精神崩壊を起こしかねない強さになっていますね」
左右の手のひらの人体像から上がる紫色のオーラは、大きさで数倍、濃さでも明確な差があった。
右のそれは、炎の柱をあげているのかと錯覚するほどで、
「目立ちますね、そろそろやめましょう」
と、男は両手をふっと握り、人体像もオーラも一瞬でかき消えた。
「……半年の間に、なんでこんなに伸びてんのコイツ? マジきもい」
「単純に鍛えたのと、まぁ睡眠栄養の状態が良くなったのでしょうね。
―――――疲弊させるのではなく、奇襲で隙をつく前提で……それでも、少なくともユリウス王子を越えた強大な魔力を捻出しようという考えもあります。
あなたに、以前、これを教えましたね」
男は、女に、きらりと光る宝石のようなものを投げた。
女は受け取る。
「ああ、これ。
“魔核”、ってやつでしょ?
心臓にできる魔力の結晶。
――――あれ?
ってことは、でかい魔獣とか捕まえて殺して“魔核”を集めれば、強い魔力を確保できるの?」
「それか、“魔核”ができるほど魔力の強い人間の遺体から集めるか、ですね……」
「といっても、そんな魔力の持ち主自体レアなのよね。
……え、ちょっと待って。
ここって、レグヌム国王歴代の墓じゃない。
じゃ、もうここ、“魔核”めちゃくちゃ埋まってて掘り放題なんじゃないの? それつかって、あいつ倒せないの?」
「と、言いたいところ、なんですけどねぇ……」
男は、両腕を真横に広げ、
「〈深透視、最大〉、〈投影〉」と、唱える。
「うわっ、なにこれ、気持ち悪いっ!!」
墓地全域の地面が透け、棺や死体までが透けて見えるようになった。
さらに、その埋まって朽ちている死体までが、半透明になる。
眉をしかめ、それを見ていた女は、途中から、ふと気づいたように口を開く。
「……空っぽだわ」
「そう、空っぽなんです。
どの遺体にも、“魔核”がない」
男が両腕を引っ込めると、墓地全域の光景は、もとのものに戻った。
「この地面の下に、本来でしたら、このレグヌムで一番魔力を持っていた人々……歴代国王の“魔核”がゴロゴロと埋まっていたはずなのです。
しかしそれらはすでにない」
つまり、いったい誰が、歴代国王の墓をあばき遺骸をえぐって“魔核”を取り出していったのか?
女は深く息を吸い、そうして、たばこの煙でも吐くように、肺の中の空気を排出した。
「“魔核”を回収している人間がいる?
……まさか、クソ国王じゃないわよね」
「いいえ。国王ではありません」
「どうしてそう言いきれるの?」
「ひとつには、そもそも彼が王家の人間ではなく王佐公爵家の人間だからです。
ガイストの記憶に、レイナート国王が“魔核”の存在を確認するため、わざわざカバルスに戻って父親の遺骸を調査した事実がありました。
王家の墓ではなくわざわざ実家の父親の遺骸を選んだ。
それだけ、国王のなかには、王家の墓に対して精神的距離があるのですよ。
おそらくは敬意と、いびられてきた怨みとが混在したような」
「ふぅん。ふたつめの理由は?」
「父親の遺骸を調べるときでさえ、彼は聖職者をよびました。
さすがに国王の墓をいじるとしたら聖職者を呼ばないことはないでしょう。
そのあたり彼は、ルールに背くことができない体質なのですよ」
「……墓が壊された形跡はない、ということは“魔核”は、〈転移魔法〉で取り出されたとしか考えられない。
レイナート・バシレウスじゃないとしたら、それだけ〈転移魔法〉に長けた人間?
え? ユリウス王子もういなくなってるし、いったい誰よ?」
女は、顔をしかめ、頭を抱えた。うーん、うーん、とうなる。
「まぁ、悩ましいところではありますね。レイナート・バシレウスの暗殺については国教会と大陸聖教会にまかせて、我々は、自分のできることをいたしましょう。
そう、先日あなたがアイデアを出した件」
男が、手のひらをまた上に向けた。
ぼうっ、と光がそこから立ち上ぼり、一人の男の顔を浮かび上がらせた。
40歳を、明らかに越えたその顔は、レイナートにもバルバロスにもまるで似ていない。
「彼こそが、カバルス公爵家の最も近い男系男子にして、レイナート国王誕生により爵位継承の可能性を奪われ、彼を恨んできた男。
そして再びカバルス公爵継承のチャンスがまわってきた男……
マノロ・レウスです」




