(5)教皇庁の反応
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数日後。大陸聖教会の使者は教皇庁に向けて、レイナート国王からの返書を持ち出発した。
レグヌムから延びる主要な街道は、大陸聖教会の者たちに押さえられている。
彼らは、使者の首が国境を越えたのを捕捉し次第、軍事行動を開始する予定であった。
もちろん、レイナート国王が戦闘を回避し時間稼ぎするために、使者を長期間手元にとどめおくという可能性も考慮していた。
いま季節は秋。
冬の旅は凍死の危険もあるので避けるのが普通だ。
十分理屈はつけられる。
その場合は第2の案を実行する。『使者が帰ってこないのはすでに殺されたからだ』と難癖をつけ、その反論をレグヌム側が用意するすきに軍を動かすのだ。
だが、それらの予想に反して、使者は生存したまま、早々にレグヌムを出た。
国境を越えた時点で即保護された使者の様子は、早馬で教皇庁に伝えられた。
身体に負傷なく、精神状態も安定、とどこおりなくレグヌム国王に書簡を届け、レグヌム国王からの分厚い返書を預かってきた、と。
しかし、その返書というのが………
「――――我々への、反論、ですか?」
「“返書”とは名ばかり、聖典よりも分厚い紙の束で送りつけて参りました」
「馬鹿正直、というのか、なんというべきなのか……」
教皇庁、中央神殿。
八十を超える老齢の教皇は、その返書の内容を聞かされ、唖然とし、そして唸った。
ある意味、十八歳の若者らしい返し方でもある。
一国を治める王としては、あまりに青臭い理想主義に思われた。
「……この短時間で用意できた内容でしょう。
所詮は、女こどものままごとのような国。
たやすく大人が論破してあげようではありませんか。
その書簡、すぐにここへ」
教皇の命令によりすぐに、書簡、という名の、分厚い紙の束がやってきた。
ぱらぱらと、教皇はめくる。
「…………なるほど、そう返してきましたか」
――――このたびは、レグヌムには国教会があるにもかかわらず、貴重なご助言をいただいたことに、レグヌム国王として国教会首長として、お礼申し上げる。
【訳:我が国にはレグヌム国教会があり、国王が首長を務めています。大陸聖教会の統括する領域ではないのに、そんな勧告などできる権限があるわけはありませんよね。大陸聖教会が送りつけてきたのは、せいぜい“ご助言”程度の扱いと認識してよろしいですね?】
――――我が国と我が国の民のことを思い、それゆえのご助言とありがたく受け止めたいところなれど、大陸聖教会の認識にいくつか疑問があり、こちらとしては、ベルセルカ・アースガルズならびにその他すべての『男装している女性』への罪を問うことには賛同しがたい。
――――下記の我々の疑問にお応えいただけるであろうか?
以下長文にて、まずは、庶民の女性がおかれている状況(旅の途中などで身を守るため、仕事を得るため、作業上の問題など)を説明し、男装そのものを宗教的異端とした場合の問題を論じている。
「……馬鹿正直に、この手紙を、どんな顔をして書いてきたのやら」
その後、ページを繰ると、後半はベルセルカ・アースガルズがいかにレグヌムに必要な存在であるかが、その戦歴とともに論じられていた。
しかしこの順番は、レグヌム国王が示した優先順位でもあるということだ。
レグヌム国王レイナート・バシレウス・テュランヌスは、ベルセルカ・アースガルズ個人は特別であると言っているのではない。
『男女は生まれもっての役割があり、その領分を侵してはならない』
という、大陸聖教会の聖典の解釈自体に異議を唱えたいというのだ。
それも、王族貴族の話ではなく、庶民の話を例にとって。
「……しかも、若き国王どのは、各国を巻き込むおつもりですか」
手紙の末尾には、再び
『男女の生まれもっての役割を侵してはならない』
という論について、言及されていた。
――――おそれながら、この論について、各国の首脳の皆様にもご意見をうかがいたく、同様の内容のお手紙をこちらから選んだ国に、同時にお送りいたしました。
(…………ゲア大陸には、大陸聖王会議出席国の中で女王が治める国が4つある。すでに親レグヌムであるノールトを除いて3つ。
全体としては少数派ではあるが……女の王は、ほぼ例外なく、女を王とすることに否定的な空気の中で王位に就き、反対勢力と戦い続けている者が多い。
このレグヌム国王の論は、『男女の役割を侵してはならない』という聖典解釈に疑いを挟むもの。たとえ転生者の子であるレグヌム国王に嫌悪を抱いたとしても、女王たちがこの論に乗ってしまう可能性は、高い)
「……再び聞きますが、使者の様子は?」
「ああ、はい。
小さな怪我も大きな怪我もなく、本来殺される役割を負わされていたところ生き残れたからか、精神状態も大変穏やかで、はきはきと話しておりました」
「穏やかなわけはありませんね」
「は?」
「使者をすぐ捕らえなさい。
レグヌム国王に寝返っている可能性があります。
また、その両親の身柄も今すぐ」
教皇が命を下そうとしたその時、新たな伝令が駆け込んできた。
返ってきた使者、ならびに拘束していたはずの両親が、姿を消したと。
「…………なるほど、本来の目的がレグヌム国王暗殺であることも知られてしまったと。
しかし、レグヌム国王は、ベルセルカ・アースガルズをまだしばらくは己の手元から離し続けざるをえない。
我々の意思が伝われば、レグヌム国内にもそれを支持し実行しようとする者が出てくるはずですからね」
暗殺計画は一部軌道修正をしながらも、継続し続けることになる。
「次はレグヌム国内の番ですね」
うまく運ぶとよいのですが。
そう言いながら教皇は、暖炉の火にレグヌム国王からの返書を投げ入れた。
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