(11)いつか会ったあの人
「――――やっぱり、転生者。
それも悪魔からか」
こちらが意図せぬ変身をしたのに、まったく予想どおりでしたとでもいいたげな反応をするレイナート。
その平静な真顔が、腹立たしい。
アンフィデールは鋭い爪の生えた前足底で床を強く蹴り、高く跳んで飛びかかった。
夢魔は夢魔だ。特化した能力は基本すべて精神干渉関係。
だから、悪魔のなかでは、それほど戦闘能力が高いほうではないが、それでも基本スペックは人間より遥かに上だ。
当然、筋力も速さも。
そのパワーとスピードで押す。
武術は、前世に、不届きな臣下たちに叩き込まれていた。
そんなアンフィデールの手足の攻撃を、レイナートはあっさりすべて素手でさばいている。
生身の人間が、だ。
普通なら、受けただけで骨が折れ手足がちぎれておかしくない攻撃を、だ。
数百年の間の武術の進化?
そんなものでは説明がつかない。
(なんなの、コイツこそ、マジで化け物じゃない?)
そう一瞬思ったとき。
下が死角になったアンフィデールのみぞおちに、斜め下からえぐるように掌底がうちこまれた。
(……拳じゃ、ないのに!?)
廊下の空間をふっ飛び、床に身体が落ちた。
◇ ◇ ◇
――――――――かつてのノールト王は、魔剣に与えられた“加護”により、触れる相手すべてから魔力を吸収する力を得た。
その結果、4人連続で王妃を死なせた。
彼女たちはもしかして、妊娠はしていたかもしれないが、出産にはいたらなかった。
魔力を吸われ続ける状態で、もし受精がなされても、健康な母体の維持や出産など、とうてい望めなかったのだ。
5人目の王妃は、どうしても子を授かって産み育てたいと悪魔に望んだ。
自分が死にたくなかったからなのか、愛する夫の期待に応えたかったのか、それともどうしても世継ぎをつくれという周囲からの重圧ゆえなのか。
いずれであれ、王妃の身でありながら悪魔に頼るという、選択をした。
結果、彼女のもとにつかわされたのは、インキュバスだった。
基本的に悪魔は、生殖能力を必要としていない。不老であり、基本的には不死だからだ。
では、数を増やしたいとき、手駒が欲しいときはどうするのか?
そういうときは、サキュバスが人間の男から子種を奪い、それをインキュバスが人間の女に注いではらませ、そのはらんだ子を悪魔として育てる。
その悪魔の繁殖と同じやり方で、かつてのアンフィデールは、王妃の腹から生まれた。
彼女は残念ながら、人間ではなかった。
◇ ◇ ◇
「……やっぱり、って、どういうことよ」
痛む身体を引きずり、起き上がる。
背中に違和感がある。と思ったら、肩甲骨の辺りから黒い翼が生えていた。
動かしてみる。動く。
戦闘には邪魔な翼だけど、どこか窓が開いてさえいれば、飛んで逃げられるかもしれない。
(それか、魅了の魔法が効かないなら、眠りの魔法を試してみよう)
――――そして、これも効かない。
何か武器があった気がして、翼の中に手をいれる。
闇のなかで手に触れたものを、引っ張り出す。
黒い三叉槍だった。
いくつかの魔法が使えるはずだけど、この男を前にしたら、気休めにしかならない。
「こっちは、ついさっき、前世を思い出したところよ。何が悪魔っぽかったのか、参考までに教えなさいよ」
「しいていえば、勘だ。
今までたくさん転生者には会ってきたんでな」
「………そう」
精神はさっきまでの自分と地続きである。
お気に入りのドレスがダメになったショック。
いまの自分の身体への違和感。
体毛で色々隠されているとはいえ(だからレイナートも何か意識している様子ではないが)、裸だという事実が脳を襲う。
基本的に性根がねじ曲がっているアンフィデールは、人に羞恥を味わわせるのは大好きだが、自分が味わう羽目になるのは大嫌いだ。
だが、いまは、報復する余裕もない。
「さすがに、勝てない相手とは戦いたくないわ」
アンフィデールは背の翼を動かし、急転回した。
鳥ともコウモリとも違う矢のような動きで、廊下を高速で移動する。
レイナートが見えなくなる位置まで飛ぶ。
途中、廊下を歩く、兵や臣下たちとすれ違い、驚きの目を向けられる。
自分がアンフィデールと名乗っても信じないだろう。
彼らはいま、王女アンフィデールからのクーデターの指示を待っているところのはずだ。
ああ、ベルセルカの確保などおいておいて、先に指示を出しておけばよかったんだわ。失敗したわ。
アンフィデールは着地し、床に手を触れた。
黒い魔法陣が広がると、その部分が、とぷんと、黒い液で満ちた泉のように変わる。
うっすらとしか覚えていないが、ここも確か、悪魔が使える別次元の空間だ。
その闇の泉に、ちゃぷんと身を沈める。
どうか逃げきるまで、もう少しだけ、悪魔の力が維持されますように。
そう願ったアンフィデールの視界を、何かが覆った。
〈転移〉してきたレイナートの手のひらだと、一瞬遅れて気がついた。
(〈悪魔祓い〉!?)
まずい、相手は、そこらの聖職者たちより遥かに悪魔退治の数をこなしてきた人間。
自分もこのまま退治される!?
そう思って、目を閉じた、その時。
「〈今世戻し〉」
……聞いたことのない魔法の名前とともに、身体感覚の違和感が消える。
なんと一瞬で、もとの、人間の女の身体に戻っていた。
人間に戻ったとたん、闇の泉からは弾きだされてしまう。
逃げ場はない。魔力の消費も限界だ。
きっともうすぐ、意識を失うだろう。
「………って、あんた。
こっちが、人間の身体に戻ったとたん、目を、そらすんじゃないわよ……」
情けをかけられ、命を奪われなかった。
それを認識すると、アンフィデールは余計に強い羞恥に脳が襲われて、思わず、露骨に目をそらしているレイナートの胸ぐらをつかんだ。
つかみつづけるほどの力は、残っていない。
「人の裸見たせきにんぐらい……とっ……」
……そういえば、いつだったかしら。こどもの頃。
まだ今世の自分が完全に日陰の存在だったときに王宮にやってきた、赤髪赤ひげの、とてもとても身体の大きなおじいちゃん。
侍女にいじめられてた私を助けてくれた。
おじさんは嫌いだけど、あのおじいちゃんはかっこよくて、また来ないかなって、ずっと思ってた。
(なぜいま思い出したのかしら。
べつにこの人、全然似てないのに)
疑問に思いながら、アンフィデールは意識を失った。
◇ ◇ ◇




