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(6)レグヌム国王の隙とは




 アンフィデールは、この曲のタイミングを狙っていた。この曲に合わせたダンスが、最も身体を寄せ合う場面が多い。

 そしてレイナートは、おそらくダンスそのものに慣れていない。


 アレンジで、ぐっとアンフィデールが身体を密着させる。


 思ったとおり、彼の表情が崩れた。

 焦った顔だ。ああ、なんだ、かわいい顔もできるじゃない。

 彼はとっさに身体を離すこともできなくて、ただただ基本のステップを踏み続ける。

 それでいて、体幹がしっかりしているのか、バランスは崩さない。



(器用で、腹が据わっているわ。実際たいがいのことはできるのでしょうね。

 でも、場馴れしていなくて、自信もない)



 レイナートの動きから、アンフィデールはそう読み取った。



(自ら前線に出ばってしまうのも偽名を使ってまで姉に会ったのも、自分でノールトに来たのも、逆にそういうところからかしら。

 フフ、かわいそうな国王さま。まだ若くて味方も少ないから、気を張ってるのね。いくらでも隙がつくれそう)



 すでに、踊りに意識をだいぶ奪われてみえる。いまがチャンスだ。


 アンフィデールは、再び、〈魅了〉の魔法をかけた。



 この魔法だけで落とすつもりはなかった。魔法で好感を持たせた上で言葉と身体で口説き、モノにする。そのつもりだった。だが。



(……!?)



 ――――再び、即、魔法が弾かれた。



(こちらを警戒して最初から精神に防御魔法をかけていたの?

 それとも……)



 まれに持って生まれる人間がいるという、常時自動発動型の力――――〈加護〉??



 そうでなければ、24時間自力で精神に防御魔法をかけている?

 まさか?



「………終わりましたね」

「!?」



 アンフィデールが考えているうちに、曲が終わっていた。



 さっとレイナートは離れていく。

 平静な顔に戻っていて、こちらとは目も合わせない。

 着飾った他の貴婦人にも目もくれず、妹、ということになっている、ベルセルカ・アースガルズのもとに。



(…………面白いわ)



 アンフィデールは、その後ろ姿を、知らず知らず熱を込めて見つめた。



(やっぱりあの子、私のものにしたいわ)



 はじめてアンフィデールは、そんな強烈な劣情に襲われた。



   ◇ ◇ ◇



(………?)



 ブルッ、とレイナートは肩を震わせる。



「どうしました?

 ()()()()()


「いや、なんか寒気が……。

 ベルセルカは大丈夫だったか?」


「問題ないですよ!

 踊る前に戦功の話を軽くしたら、皆さんおっかなびっくりで踊ってくださいました。

 ちょっと面白かったです!」


「……うまい逃げ方だな」


「でしょう?」



 えへへ、とベルセルカは笑顔を見せる。

 その柔らかい頬をつつきたくなるような笑顔は、とても貴族令嬢の笑い方ではなくて、それがいい。



「ネフェルは?」


「あいさつ回りに行きました。

 やっぱり、忙しいみたいですね」


「……で、そのシャンパンは?」



 ベルセルカの手には、金色の透きとおった液体の入ったグラスがあった。



「ああ、その……踊った方が持ってきてくださったんですけど……」



 ちょっと眉をひそめて、ぷらぷらと、彼女は細長いグラスを揺らす。

 酒が苦手というのもあるが、ある理由から、夜会で人に渡された飲み物をベルセルカは信用していない。


 レイナートはベルセルカからグラスを受けとると、くん、と()いだ。


 本当は、薬のにおいを調べる要領で、手であおぎながら()ぎたいところだが。

 さすがにこの場でそれをすると、ノールトに失礼すぎる。



「……酒のにおいが強すぎてわからん。

 すこし飲むぞ」



 グラスを慎重に傾けながら、舐めるように少量、味をみる。


 しかし味のないそれを飲み下した瞬間、目の前がグラリとした。

 しまった、と自覚しながら治癒魔法を自分にかける。



「レ、……あの、大丈夫ですか!?」


「渡した人間の、顔を覚えてるか……?」


「え、は、はい!」


「…………無茶な薬、盛りやがって」



 ――――ベルセルカが夜会で飲み物に気をつける理由。


 それは、彼女に良からぬことを仕掛けようとたくらむ輩が、しばしば良からぬ薬物をベルセルカの飲み物に混入しようと試みるためだった。




   ◇ ◇ ◇



「大丈夫ですか?

 レイナートさま。。。」


「ああ。酒もちょっと残ってるからキツイだけだ、朝には全回復する。

 ……にしても、あの狒々(ひひ)(じじい)。なんて薬を、女の酒に盛ろうとしてんだ」



 自分の父親より30歳近く若い男を、レイナートは怒りをこめてジジイと呼んだ。


 夜会から戻ったレイナートたちはすでにそれぞれ軽装に着替えていた。


 ここはレイナートの寝室で、仰向けに転がったベッドの横から、化粧を落としたベルセルカが心配げに顔を覗き込んでくる。

 目があった。すっぴんだと透明感がある美しさで、やはり綺麗だ。



「本当にごめんなさい。。。

 やっぱりあの公爵、私が今からぶっ飛ばしてきます!!」


「ダメ。それは俺が、明日やるから」


「媚薬というのは、お酒と合わせると、こんなに酷いことになるのですか?」



 眉をひそめながらヴィスが尋ねる。



「正確に言うと、薬物全般、酒とは『混ぜるな危険』」


「………そんなに!?」


「それに『媚薬』なんて基本すべて偽物だ。

 だいたい危ない成分が入ってる」



 胸くそ悪いことだが、飲ませた相手の身体も生命も、欲望に満ちた人間は、何も気遣わない。



「………飲んだのが俺でまだよかった」



 自分よりも身体の小さなベルセルカがうっかりくちにしていたら、どれだけの害があっただろう?



「ヴィス様とヴェーラ様は、私の部屋に連れていきますわ。陛下のことは、ベルセルカ様、お願いできますかしら?」


「大丈夫です!

 責任もって私がお守りします。“魔剣”も持ってきましたし」


「……いいぞ? あとは寝るだけだから。

 明日もあるんだし」


「朝、少し仮眠をいただきますから。

 いまはおそばにいさせてください」



 ――――ネフェルと、ヴィスとヴェーラが部屋を出ていき、レイナートとベルセルカの2人だけになった。

 灯りをごく小さいものだけ残すと、部屋はほとんど闇に包まれる。


 レイナートは静かに目を閉じた。



   ◇ ◇ ◇

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