(5)踊らないという選択肢はなかった
……確かに、このような場でのダンスは、男から誘うことになっているらしい。
だが、女王はべつにレイナートとは踊りたくもないかもしれない。
それでいて、女性側も誘われたら断りづらいのでは?
……ここは下手に誘わない方が良いのでは。
数秒の躊躇ののち。
さっきよりも強いネフェルのひじ打ちが背中に入って、あやうく変な声がでそうになった。
なるほど、誘わないという選択肢はないということですね。
「―――――――― 一曲、踊っていただけますか?」
女王に差し出す手のかたちや言葉が適切なものかも、もはや気にする余裕がない。
(断ってくれて全然かまいませんよ?)
内心ではそう思いながら、レイナートが女王の返事を待ったのは、ひどく長く感じたが、実際には2秒ほどだっただろう。
「喜んで」
フィリが笑顔をみせ、レイナートの手の上に自分の手をおいた。
互いに手袋ごしではあるが、こういう場で女性の手を取るのは、本当に緊張する。
曲が始まり、踊り始める。
距離が近い。
抱き込んだフィリの背中は、ベルセルカのそれとはまったく感覚が違う。
高さか? ああ、そうか、ベルセルカは練習のとき、ずっと低いヒールで踊っていたのだ。
そしてフィリはたぶんいま、相当高いヒールの靴で踊っている。
必然的に、ベルセルカと踊っていた時よりも、相手の顔が近い。
胸も近い。
目のやり場に困る。
無心になり、必死で、足の動きを確認しながら、踊る。
うっかり何度も息を留めながら、どうにか一曲、最後までノーミスで踊りきった。
終わった瞬間、ふぅ、と腹のそこからため息をついてしまった。
「すまぬな。
断ってほしそうなところ」
気が抜けたまさにそのとき。
不意を突かれるようにフィリからこそりとささやかれ、あわてて彼女の顔を見る。
怒っているとか呆れているというのではなく、ほほえましい、といった表情でレイナートを見上げていた。
「いえ、決してそのような」
「私と主賓が最初に踊らねば、ほかの者が踊れぬのだ。だが、貴方とともに踊れて楽しかった。礼を言う」
ふわりと笑い、フィリはレイナートから身体を離した。
「すみません、不得手で、お見苦しかったと思いますが」
フィリは微笑みながら、首を横に振る。
「気遣いのあるステップで、とても踊りやすかった。
きっと、幼い頃より武芸の鍛練に明け暮れたのだろう? 貴方の手は、しっかりした、頼もしい手だ」
「……恐れ入ります」
(誉め、られた? のか?)
戸惑いつつも、どうにか、おさまったようだ。
安堵しながら、足早にベルセルカたちのもとに戻る。
が。
もとの場所に戻ってみると、なんと、壁際にいたベルセルカとネフェルのまわりに相当数の男たちがたまっている。
「どうぞわたくしにあなたさまの手を取る栄誉をお与えください」
「あなたのような美しい女性がこの世にいらっしゃるとは」
「わたくしの家はこちらで代々財務大臣を務める家柄で、是非あなたさまに求婚を」
「ああどれほどの言葉を尽くしても、貴女の美しさには届きません」
……なんなんだ、修羅場か、ここは?
「――――あの、妹に何か?」
レイナートは、『妹に』を強調しながら男たちに声をかけた。
ふりかえった男たち全員、いさぎよいほど思い切り鼻の下が伸びている。
「いや、兄君でございますかな!?」
「どうかわたくしに、妹君と踊らせていただきたく!!」
「いや、わたくしに!!」
「私が先だ!! 私が!!」
(…………マナーもへったくれもないな)
レイナートは、もう、自分が少々失敗しても気にしないことにした。
◇ ◇ ◇
それからもノールトの貴族たちのベルセルカへの誘いがしつこく、レイナートとしてはさっさと引き上げてしまいたかったが、
「さすがにこんなに早く出ちゃうと角がたちますよ」
とベルセルカが逆に止めた。
「身分が高い順から3人踊ります。
それで大体おさまりますよ」
「いいのか? おまえは……」
「そのあと、最後におにいさまが踊ってください?」
「う、うん……」
猫をかぶっているとわかっても、ごろにゃんと甘えるような声で『おにいさま』とベルセルカに言われると、破壊力が強い。
ベルセルカは、その場でひそかに“加護”の無効化魔法を自分にかける。
そうしてそのまま、ひとりめが、ベルセルカと踊り始めた。
(あれ。
…………身体、近くないか?)
自分が踊っているときも女性側との身体の近さが気になったが、はたから見ているとなお、男女の距離が近い。
「あら、妹君のお相手が気になりますの?」
悪いことは重なるものだ。
レイナートの視界に、アンフィデール王女がふたたび入ってきた。
華美なドレス。派手な宝石。
そして誰よりもわかりやすく、挑戦的な笑みだ。
「……いえ、べつに」
「踊ってくださいませんこと?」
ダンスは女性側から申し込んでもいいのか?
いや、多少ルールから外れたことをしても許される人間というのが、王族貴族の世界にもいる。
彼女は、たぶん、そうなのだろう。
「……おみ足を踏むかもしれませんが、それでもよろしければ」
「かまいませんわ。
踏み返して差し上げますもの」
どんな誘い方だ。
と、思いながら、レイナートは受けて立つことにした。
◇ ◇ ◇
(この目、こちらへの好意一切ゼロ。
喧嘩なら買う、そういう態度。
意外とこの子、好戦的?
『平和主義の甘ちゃん』だっていう密偵の報告と、全然違うわ)
アンフィデールもまた、レグヌム国王を観察していた。
女王には(偽名を信じさせるためか?)19歳だと言ったそうだが、……テセウスが言っていたのが正しければ、自分と同じ18歳のはず。
彼の首筋におされているはずの奴隷の烙印は、何をどうしたのか、綺麗に隠されている。
(そうよ、レグヌムの剣聖大将軍の息子だもの。
父親譲りで意外と気が強くてもおかしくないわ。
いまは余裕がないから、普段押さえつけてるものが漏れているんだわ)
レイナート・バシレウスは指先と足元を小刻みに確認している。
小麦色の肌。力が入っている唇。漆黒の髪。紫の瞳。
痩せ気味の身体も、服の下ではしっかり筋肉で締まっているよう。悪くないわ、とアンフィデールはひそかに唾を飲む。
「手の位置が低いですわね」
一度組んだ方の手をほどいて、アンフィデールは、自分の背に回されたレイナートの手をぐっと上にあげた。
正しい位置よりも上まで持ち上げながら、自分の豊かな胸で、ぐにっ、と擦る。
わずかに目に動揺が走ったのをアンフィデールは見逃さなかった。
胸の下部をぐいっとつぶしながら持ち上げる昔ながらのコルセットではなく、ふわりと胸のふくらみのかたちをそのまま包み込む、進化した補整下着をアンフィデールはつけている。
レイナートの腕にも、ダイレクトに感触は伝わったであろう。
(あの子の胸と、どちらがお好みかしら?)
再び、曲の演奏が始まった。




