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(5)迷宮の美しき主

     ***




 レイナートとベルセルカは、フェリクスの城に預けていたそれぞれの愛馬に乗り、土の街道を走る。

 舗装はされていない道だが、ほどよい固さの土の上なので、逆に馬たちは走りやすそうだ。



「にゃー!!

 ポダくんはやいにゃー!!」



 ナルキッソスは悲鳴をあげながら、必死でポダルゴスのたてがみにしがみついている。


 やや遅れがちになる栗毛の愛馬に、

「テキロ、がんばって」

とベルセルカは時おり首を撫でながらささやいた。



「大丈夫か?

 ベルセルカも、こっちに一緒に乗った方がよかったんじゃ」


「大丈夫です! テキロはできる子ですから!」



 ベルセルカの言葉が通じたのか、レイナートへの反感なのか(考えすぎか?)、テキロは奮起するようにペースをあげる。


 レイナートは今回も、自分の四頭の愛馬のなかで一番速い―――王国一の駿馬、ポダルゴスに乗っている。

 名だたる猛将たちがこぞって欲しがるカバルスの名馬の中でも、疑いなく当代の頂点だ。

 健やかな毛流れの艶のある黒鹿毛、たくましい体と強い脚、豊かなたてがみ。

 ごくごく悠然と軽く流して走っているのだが、それでもかなり速い。


 対して、ベルセルカが今回連れてきたテキロは、さほど血統がすぐれているわけでもない、3歳の馬。

 だけど負けん気が強いのか、ベルセルカがとてもかわいがっているのが伝わっているのか、懸命にポダルゴスのあとをついてくる。全体に栗毛だが、額に白い毛が、稲妻のようにタテに走る。


 ふたりと一匹は、カルネが目指しているであろうアステリオスの根城に向かって駆けていた。

 カルネの先回りをするつもりだ。



「…………あそこですか?」


「ああ」



 街道から町に入り、やがて遠眼に見えてきたのは、町の真ん中にどーんと陣取る、堅牢な黒い塀だった。

 中の建物の様子は、外からではわからない。

 門の前には4人、傭兵らしき男たちがいる。



「ポダルゴス、ここで」

「テキロ、おります」



 2人はそれぞれ、愛馬に声をかけると、すとっ、と下馬した。

 (ナルキッソス)はポダルゴスの背につかまったままだ。



「レイナート様。馬番の間、ちょっと魔力分けてくださいにゃ」


 レイナートは自分の腕に軽く傷をつけ、その血を指先につけてナルキッソスの口にふくませる。


 ぺろぺろとなめておきながら、

「やっぱり女の子の血の方が良かったかもにゃ…」

とか言い出したので、レイナートはつい、ほっぺたをつねった。



「にゃにゃ! 動物虐待反対にゃ!」

「――――あ。カルネです」



 レイナートたちと別の道を、一生懸命、急いできたのだろうカルネの姿。

 カルネはこちらに気付かず、息を切らして、門番たちの元に駆け寄った。


 懸命になにか話す。

 アステリオスへの取次ぎを頼んだのだろう。

 一度、邪魔とばかりに蹴り飛ばされたが、あきらめずカルネが立ち上がり食い下がってみせる。

 すると、門番のうち2人がカルネを連れて、中に入った。



「……気を付けてくださいにゃ」ナルキッソスは耳をピクピクとさせ、ふたりに警告する。


「妙な気配がしますにゃ。

 元使い魔的に、すごく危険な術の気配ですにゃ。お気を付けて」



 レイナートとベルセルカは、うなずく。



「――――行くぞ」



     ***



「このこどもは?」



 屋敷の中央に位置する大きな広間で、目の前に連れてこられたカルネに、屋敷の主人は眉をひそめた。



「いえね? このガキが、ともだちの借金を払うって言ってやってきたんですけど…」


「は?」



 使われているらしい荒くれ者たちに眉をひそめた主が、なにごとか続けようとすると、



「―――女の人だったの?」



 ぐるぐるに縛り上げられ転がされたカルネは、華美で大仰な椅子に腰かけた屋敷の主人を床から見上げて、あっけにとられた顔をする。



「あたしが女だったら、何か不満なのかい?」



 アステリオスが立ち上がる。カッ、と、靴のヒールを床に打ち鳴らして、カルネを見下ろしたのは、琥珀色の長い髪を胸に揺らした、女ざかりの、妖艶さに満ちた大人の女だった。

 美人は美人なのだけど、こどものカルネには、いったい何歳ぐらいなのかもわからない。


 まとっているのは真っ赤なドレスだけど、貴婦人の着るようなドレスじゃない。

 胸元がひどく開いて、びっくりするほど大きくて丸い胸のふくらみを見せ、スカートも引きずるほど長いのに、なぜか1か所ざっくりと大きく割れていて、黒いレースの靴下をはいた足が、太もものガーターベルトまで見えている。



「だって、荒くれ者をかかえこんだ、強欲(ごうよく)な金貸しだって、……」


「強欲? そんなものは男も女も変わらないだろうさ」


「それに名前がアステリオス、って、男の人の名前……」


「元の名前はアリアドネというが、まぁ、そんな名前の娘は、もうこの国の誰も覚えてはいないね。

 それで? 誰の借金を払いに来たって? 持っていたのがこの金?」



 鼻で笑って、女は―――アステリオスは、金の入った革袋をカルネの顔に投げつけた。



「な、なんで!? 借金は、金貨10枚だったのよ!? 払えないなら、牛を持っていくか家の人を連れて行くっていうから、お金を……!!」


「受け取る側にも、受け取るものを選ぶ自由というものがあってねぇ。

 目当てのものたちはこちらで回収しはじめている。

 どこで盗んだかしらないがせっかくの金だよ。

 それを持って去るがいいさ」


「―――どうして……最初から、みんなを奴隷として売るつもりだったの!?」


「しつこい子どもだ。いいかい、あんた――――」




 ―――――「!?」




 アステリオスの言葉をさえぎったのは、屋敷全体を揺るがす、長く激しい振動だった。



「なんだ、この揺れは!?」

「地震かッ!?」



 カルネが床の上を転がり、子分たちがよろける中、靴の高いヒールにもかかわらず彼女だけはかろうじて倒れるのをこらえ、天井をにらんだ。



「なんだい……騒がしいネズミめが!!」



 アステリオスは荒い声をかけた。


 そのままカツカツと椅子に戻り、背に立てかけてあった、自分の身の丈よりも長い、棒のようなモノを手に取る。

 先端に不思議な装飾と宝石が付き、王様が持っている杖のような?印象。

 その杖をアステリオスが、かまえたとき。



「ちゅうちゅう!」



 へたなネズミの鳴き真似声とともに、ミシッ、と天井に大きな割れ目が入る。

 その間から、しゅたっ、と、一人の少女が下りた。

 着地した後姿は、カルネの見覚えのある、白金の鎧(プラチナメイル)

 長い長い真っ赤な髪が、ふわっと流れ落ちる。

 こちらに振り向いたのは、お姫様みたいな綺麗な顔。



「ケガしてないですか?」相手はにこっ、と笑う。


「……ベルセルカ!!」



 赤髪の少女がヒュルッと剣を振ると、パラリと、カルネの体を縛っていた縄が切れてほどけた。



「いやー大変でしたよ。

 このお屋敷、すっごく入り組んでて、まるで迷宮みたいですね!

 迷いました!」



 カルネが慌てて立ち上がる。



「じゃあ、カルネは、お金を拾って、後ろに……」



 ベルセルカが何か言おうとしたのをさえぎるように、周囲の子分たちが同時にワァァッ!とかかってきた―――のを、ベルセルカはスイスイと水の中の魚のようによける。

 よけながら、ひゅひゅっと振るった剣先が、子分たちの太ももや腕を切り裂く。

 切り割られ戦闘不能になった子分たちが、痛みにわめきながらその場に転がった。



「……やっぱり、逃げててくださいね?

 巻き添えになるから」



 ベルセルカの笑みに、コクッコクッと、カルネはうなずいて、金貨の入った袋を抱えてぱたぱたと走り逃げた。



「――――『ベルセルカ』?」



 アステリオスが、ツカ、ツカと、杖をたずさえながら歩いてきた。



「あんたが、『千人殺しのベルセルカ』?」


「ご存じでしたとは、光栄です!」


「噂は聞いてるよ。たった16歳で何千人の敵軍に、名だたるモンスターまでほふった、殺戮の英雄さまだとか――――女も、英雄と呼ぶのかは知らないけどさ。だけど、あんた」



 アステリオスが、にぃ、っと口の端を持ち上げた。



「なんでしょう?」


「――――知ってるかい? その細首、他の国が相当良い値をつけてるよ」


「あ、はいそうみたいですねー。それがなにか?」



 自然と人をあおる小娘に、ちょっとイラっとした様子のアステリオスは、杖を高く構え、何かを唱え始める。



「『……暗黒の地に封じられし“恐怖”よ、この娘を骨も残さず食らいたまえ』」



 ブンッ!!とアステリオスが振った杖の先から、黒いもやがモクモクと立ち上る。



「へっ!?」



 ベルセルカに黒いもやたちが襲いかかる。

 十字に斬った。斜めに斬った。すくい上げるように斬った。しかし手ごたえがない。


 なのに、もやが鎧に当たると、金属をも切り裂く。


 翻弄されているうちに、もやがむくむくとふくらみ、急速に見上げるほど大きな骸骨へと変化した。



「な………何? なんだ?」



 床に転がった子分たちが、怯え、這いながら逃げ出し始めた。

 黒い布をかぶったその骸骨の手が、ベルセルカの顔をつかんだ。

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