幕間
◇ ◇ ◇
「こんにちはー!!
桃のケーキと、イチジクのタルトをつくったので、おすそわけにきましたよ!!!」
お盆にのせたお菓子とともに、元気よくベルセルカが突貫した先は、王城のオストラコン家の部屋だった。
何人か他の貴族令嬢を呼んで、お茶のさなかだった侯爵令嬢エレナ・オストラコンは、突然の闖入者に唖然とする。
「ちょっ、と、ベルセルカ、あなた……」
「昨日カバルスに行ってきたので、たくさん果物をお土産にもたされちゃいまして。
侍女の方々の分も含めてつくってるので、よかったらどうぞ!」
エレナが何かいう前に、控えていたオストラコン家の侍女がそそくさとベルセルカからお菓子のお盆を受け取っていた。
にま、と、侍女の口の端がほころんでいる。
勤めだして間もないこの侍女は、最近すっかり他家の美貌の侯爵令嬢に餌付けされて、なついてしまっているのだ。
「わかりましたわ、頂きますから――――って、ベルセルカ、あなた今、自分でつくったっておっしゃったの!?」
「?
私がオクタヴィアさまとレイナートさまにつくったもののおすそわけですよ?」
「おそれおおくも…陛下と王女さまのお口に?
あなたの手づくりのものを?」
「ちなみに、オクタヴィアさまのリクエストです!」
絶句しているエレナ。
周囲の貴族令嬢たちも呆気にとられている。
貴族令嬢たちのたしなみのなかには、料理も製菓も入っていない。
それは料理人か使用人がやることで、100歩譲っても、専門の職人に注文するべきものなのだ。
「ではでは!
失礼しました!!」
「――――――――お待ちになって。
ベルセルカ……さまも、お茶にくわわりませんこと?」
さすがに、自分と同じ侯爵令嬢。
お菓子を届けにきただけとはいえ、誘わなければちょっと感じが悪いだろう。と、エレナは、ちょとせりふを噛みながら、ベルセルカをお茶に誘う。
「大丈夫です!
席も狭くなっちゃいますし。
ではでは!」
けろっとして終始自分のペースのままで、ベルセルカは、去っていった。
たぶんあれは、このあと執務室に行って国王の仕事を手伝うのだろう。
「………なんて、はしたないのかしら」
エレナと同じ侯爵令嬢のひとりが、ポツリと呟いた。
同席した令嬢たちが、あわせてベルセルカの悪口を言い出す。
いわく、つたない手づくりのものなど国王に食べさせて健気さをアピールしているのだ、まるで娼婦の手練手管だ、はしたない、彼女ひとりで貴族令嬢というものの品位を落としている……と。
ここにいる貴族令嬢たちは、皆、国王狙いである。
もっとお近づきになりたいのに、国王がなかなか捕まらず、いつも国王と一緒にいるベルセルカに対してかなりのヘイトを貯めているのだ。
悪口は聞き流していたが、
「そうだわ! 庭の目立つところに捨ててさしあげるのはどうかしら」
と、件の侯爵令嬢が再び言うにあたり、エレナは軽くたしなめることにした。
「国王陛下と王女さまが召し上がったものですわ。そのお二方に、どなたが捨てたかと聞かれたら、なんとお答えになるおつもりですの?」
うぐ、と、侯爵令嬢が詰まる。
なんて頭が悪いのかしら。そう心中でつぶやく。王妃がそんな頭の悪さで務まるとお思いなのかしら。
侍女たちが、エレナたちの前にケーキを問答無用で並べていく。
体型を気にする令嬢たちを気づかってか、小さく切られたケーキとタルト。
タルトの土台はサクサクと軽くバターがほんのり香り、優しい甘さのクリームと濃厚な果実がマッチする。
ケーキも、しっとりとした生地も美味しいけれど主張せず、桃のみずみずしい味を引き立てた。
(――――――――悔しい)
きっと材料とか設備とか、レシピとか、いろいろ理由はあるのだろうが……悔しいけれど、食べたことのあるお菓子のなかでは最高クラスに美味しかった。
◇ ◇ ◇
「おすそわけ終わりました!」
ベルセルカが元気よく執務室に戻ってきたとき、レイナートは、机の上の桃のケーキとイチジクのタルトをまだ食べきっていなかった。
フォークをもて余すようにぶらぶらさせて、何か考えごとをしている。
「あれ? ケーキ多かったです?」
「っていうわけじゃないんだが……どうも昨日から胃が……」
「南の皇帝陛下とのお話、そんなに大変だったんですか?」
「……ものすごく」
「ええと、大陸聖王会議に、8年ぶり?9年ぶり?に、出るということですよね」
残しておいた自分の分のケーキとタルトの皿を、ベルセルカは手に取る。
執務机の前にある長椅子に、腰かけ、ケーキを食べ始めた。
「ノールトが出席していたのなら、フィリ女王陛下が結構いろいろご存じかもしれませんね。
女王陛下が出ていらっしゃったかもしれませんし」
「……そうだな、ノールトでいろいろ聞いてみようか。
“魔剣”の話、加護の話も詳しく聞きたいし」
「フィリ女王に、実は国王でしたごめんなさいって言って、怒られなかったらいいですね(笑)」
「…………まぁ、うん」
何だか、皇帝陛下の話もフィリ女王の話も、今日のレイナートは妙に歯切れが悪い。
ぱくぱくと、ベルセルカがテンポよくケーキとタルトを食べていく間、やはりレイナートは何かずっと心ここにあらずなのだ。
ベルセルカが、空の皿をサイドテーブルに置いたとき、レイナートは食べきれていないケーキたちを置いたまま立ち上がった。
「どうしました?」
無言で、長椅子の、ベルセルカのすぐ近くに座る。
下手をすると触れあって、レイナートの身体を焼いてしまう距離だ。
ベルセルカは「〈解除〉」自分の身体の加護を無効化した。
「どうしたんですか?」
ベルセルカが言葉を言い終わるか終わらないかのとき、レイナートは、正面からベルセルカを抱きしめた。
驚きで、息がとまる。
「…………ええと……。
レイナートさま?」
何か言おうと口を開いた気配。
でも声は何も発されなかった。
ベルセルカを抱きしめて、でもその抱擁だけに何かの救いを求めているようだった。
こんなとき、何を言えば良いのだろう。
愛しているけれど、愛していると言ってはいけないひとに。
もし、再び好きだと言われたとしても、今度は拒む言葉しか言ってはいけないひとに。
「…………良いですよ。
疲れてるなら、ずっとお付き合いします」
疲れてる、のではないかもしれないけれどそう言って、ベルセルカはレイナートの背に腕を回し、いつ終わるとも知れない抱擁を受け入れ続ける覚悟を決めた。
【了】




