(7)猛虎帰還、そして
「議長国にはいまこちらで交渉中だが、うまくいけば余もともに出席してやろう。
己の正当性を主張し、誤解をとくがよい」
「そうですね。
ノールトからも、女王のほかに重臣を出席させます。
それでテセウスの件は理解してもらいましょう。
問題は、それでも、転生者が産んだ王など認められないと首脳たちが言い出したときですが……」
「その前に、貴様の力を見せつけておく必要があろうな。
会議と同日、聖王格認定試験があるはずだ。
そこで、剣か魔法、あるいは両方で聖王級に認定されれば、その時点で貴様は“聖王”の候補となる。
実際に“聖王”になるか否かは会議次第だが、候補となった時点で、貴様を無下には扱えまい」
「つまり、俺がその試験に合格すること前提なんですね?」
「そういうことだ。
がんばれ」
思わずため息をついたレイナートに、隙ありとでもいいたげに皇帝は手を伸ばし、ベルセルカが整えた髪をぐしゃぐしゃと撫でかきまわした。
◇ ◇ ◇
「泊まってはいかれないのですか?
もう決して、早いとは言えない時間ですが」
皇帝を船まで馬車で送りながら、レイナートは尋ねる。
オクタヴィアとナルキッソスはカバルス城で待ち、なぜかついさっき遅れて着いたベルセルカには、船のまわりの警備につかせていた。
馬車のなか差し向かいで座った皇帝は、馬車の窓から漁民を見ている。
「さすがに城の者が胃を潰すわ。
余もそこまで鬼ではない」
あ、アポ無し訪問をされた側が大変なのは理解していたらしい。
「……あの、船を牽くヒッポカムポスたちを、夜通し走らせるのですか?
ずいぶん丈夫そうではありますが」
「気に入ったか?
あそこまで大きいものはそれほど多くはないが、貴様が欲しければわけてやるぞ」
「(むしろ、まだいるんですか?)
……俺は四頭の愛馬で十分です。
ここから浮気したらそろそろクサントスに頭から食われます」
「ハハハ、モテる男はつらいな」
「嫌味ですか?」
「ふむ、そういえば、ポダルゴスとクサントスは見せてもらったが、あと2頭の愛馬は、貴様はいったいいつになったら見せてくれるのだ?」
「…………奥の手は人に見せないものですよ」
そんな会話をしていたら、すぐに海辺だった。
カバルス城の周りの海はずっと遠浅である。
大きな船は基本的にはそんなに近くまでは入ってこれないため、人や荷は、舟つき場から小さな舟に乗り、少し沖の船まで送られることになる。
今回は、すでに、舟つき場に、やや小さめのヒッポカムポスが牽く舟と、ローレンシウス側の人間が待機していた。
舟つき場の警護には、ベルセルカが立っている。
「それでは、また」
「うむ。ちかいうちにな」
皇帝は、大粒の宝石で飾られたヒールの高いサンダルでコツコツと板の上を歩いていく。
ベルセルカは、貴族令嬢などではない一騎士を装い、皇帝に話しかけることなどせず、にこやかに微笑み、丁寧に腰を折って、挨拶する。
――――――――レイナートの位置からは見えなかった。
皇帝がベルセルカとすれ違い様、彼女の匂いを一瞬かいだのが。
わずかに、ベルセルカの美貌に目を奪われ、のちに
「貴様か」
と、その魅惑的な唇が動いたのが。
◇ ◇ ◇
「ううう……胃が痛かったにゃあ……」
カバルス城にレイナートとベルセルカが戻ると、こんなことに巻き込みやがってという口調でナルキッソスがレイナートに飛び付いてきた。
「陛下?
おもいっきり顔面ひっかいてもいいにゃ?」
「やだ、痛い、疲れた」
「単語!?」
「ナルキッソスを連れていったのは、ローレンシウス帝国の宗教が我々と違うからですよ」
ベルセルカが補足、レイナートの腕に抱えられたナルの頭を、なでなでした。
「宗教……?」
「宗教が違うから、ローレンシウスでは、転生者はべつに異端ではないのよ」
とオクタヴィア。
「だからあちらなら、異世界人の転生者も堂々と自分たちの知識や技術を使える。
そのうえ、『知』の価値を国民の多くが、わかってる。
結果、ゲア大陸の国々とは、国力がまったく違う。
何か話のなかで、俺たちがわからないことでもナルならわかることがあるかもしれない」
「宗教が、国力にそんな影響を……。
そういえば、一夫多妻とか側妃?って、こっちではないのにゃ??
剣と魔法の世界にゃのに」
「側妃? って、なんです?
おきさきは一人ですよ?」
首をかしげるベルセルカ。
レイナートが続ける。
「さっき話してたのは、ローレンシウスで認められるという話だ。
ゲア大陸においては、一夫多妻を許容する一部の宗派を除けば、複数の夫だとか、複数の妻という概念はないな。
代わりに、愛人が『公妾』として社交の仕事など担ったりすることもあるが、妻という扱いではないし、完全に王妃とは区別される。
王妃のことを『女王』と呼ぶ国もあるだろう?
一配偶者じゃない権限が与えられるんだ」
自分で語りながら、レイナートは思う。
それを配偶者に負わせる必要があるのか?
そもそも――――『王妃』という地位は、必要なものなのか?
そんな権限を付随させるがために、ただ愛する人と結婚するということができなくなるのなら。
『王妃』なんて地位は、いっそ廃してしまいたい。
「……あ、なんか、そんな話を皇帝陛下となさったんですか?」
考えていたら、ベルセルカが尋ねてきた。
痛いところを突いてきた
レイナートとオクタヴィアと、ナルキッソスは、すばやくお互いを見て目で会話する。
「……………いや、特にそんなことは?」
一瞬のち、レイナートは返事する。
「そうなんです?」
「ああ、まったく!! そういうわけで、早く帰ろう!! ダンスの練習の続きだ!!」
レイナートは、ナルキッソスの(わざとらしすぎにゃ……)というジト目を無視した。
【第9.5話 了】




