(3)国王ともあろうものが
◇ ◇ ◇
「――――あらためて、ご機嫌うるわしゅう、皇帝陛下。
しかし、来る前に来ると一言言っていただきたかったです」
眉根を寄せながら同じテーブルについたレイナートが恨み言を口にすると、それさえ楽しむように、少女はフフンと鼻で笑う。
バルコニーは、物見と、いざ有事の際に弓兵を配置するための場所だ。そこにテーブルと椅子を並べさせ、天日のしたで、堂々とくつろいでいた。
ローレンシウス帝国現皇帝。
個人の名はあり、レイナートもその長い名をすべて覚えているが、恐らく今後はその名で呼ばれることはないだろう。
艶やかな褐色肌の健康的な美貌に、鮮やかな差し色を使った化粧をほどこしていて、それ以外は素肌だというのに、この大陸の女よりもはるかに華美にさえ見える。
あごの下ほどの長さと、ゲア大陸の人間から見ると女の髪としてはかなり短く見える髪は、計算された毛流れと艶をもって彼女の顔を彩る。
ベルセルカやオクタヴィアよりもやや長身。
すらりと手足がながく、そして特筆すべきは――――
(今日もまるで、服じゃなく宝石を着てるみたいだ)
胸周りのみを覆い首と肩を剥き出しにした上衣、うっすら割れた腹筋とくっきりしたくびれを見せつつ、腰に大きな布を巻いたような(それでいて両側にスリットがあり惜しげもなく太ももから足を見せつけている)スカート。
その上に、大粒のダイヤモンドほか、さまざまな宝石を配置した目も眩むような首飾りと、腰まわりを彩る、極上の革に宝石を埋め込み、金の金具をつけられたベルト。
今日は髪飾り耳飾りはなく、ブレスレットもややシンプルなものであったが、それさえ引き算の結果でしかないだろう。
そんな皇帝は、それほど勝手知ったるというわけでもないカバルスに、レイナートに対するアポイントメント無しでやってきて、しかも、カバルス城でお茶をしている。
というか? すでに紅茶ではなく、カバルス名産の蒸留酒を飲んでいるのだが?
テーブルに用意させているのも、海産物をふんだんにつかったつまみなのだが?
「本日は、どういったご用件で?」
一方で、レイナートとオクタヴィアの前には、紅茶と焼き菓子がおかれる。
ローレンシウス帝国はあくまで同盟国であって、宗主国というわけではないが、それでも相手の力のほうが明確に上である。
どう振る舞うべきか、本当に悩ましい相手だ。
「おや、機嫌が悪いな。
せっかく貴様が喜びそうな贈り物を持参したというのに」
「えーと、持参という量ですか? あれが?」
城までの道中、皇帝が乗って来たであろう船、というか、船団が目に入った。
巨大なヒッポカムポスに牽かせた豪奢な船が5隻。そのうち2隻から、交易か?というぐらい、すごい数の荷が下ろされていた。
「コーヒーにカカオ、紅茶に、香辛料。それに南国の果実。貴様の好物ばかりだ。それに最高品質の宝飾品に絹布もあるぞ」
「……金目のものはありがたく頂戴します」
「欲しがっていた薬の材料や、シアの実の油脂も持ってきたが?」
「…………それはまことにありがとうございます。
お返しは鯨油でよろしいですか?
それとも馬ですか?」
たしかに、宝飾品はともかく、それ以外は恐いぐらい欲しいものばかりを贈ってきた。
しかしそれ以上に、この人に借りをつくるのは恐い。
即お返しをできるなら、そこで(形だけでも)貸し借り無しにしてしまいたい。
そんな、レイナートの気持ちをおそらく先に読みきっていたのだろう。
にまり、と、皇帝は笑む。
政略結婚のはずの夫候補たちをすでにとりこにしてやまないと言われる彼女の美しさだが、これは完全なる捕食者の顔だとレイナートは思う。
油断したら、頭から食われる相手。
「健気な申し出は嬉しいが、それよりレイナート。
余は貴様に聞きたいことがあるのだ」
「…………何なりと?」
「――――貴様、なぜ昨年、余の求婚を断った?」
「…………………」
紅茶を吹きそうになるのを、ギリギリでこらえた。
聞いていないけど?という動揺をしてもいいところまったくそのそぶりを見せず、オクタヴィアはちらりとレイナートへ目を配った。
ナルキッソスは『そんな大事なこと、なんで黙ってたにゃ!?』という目でこちらを睨み付けている。
そうだ。同行のユリウスにも言っていない。
昨年言われたその場で断ったし、王国に報告もしていない。
はっきり言えば、まったくレイナート個人の問題ではなくて国家間で話し合われるべき申し出を、レイナートがその場で握りつぶした。独断で。
「その際、妻になるべき(というか妻にしたい)女がいるので、と、お断り申し上げたはずですが?」
「しかし未だに貴様は独り身であろう?
結婚の知らせはこちらに寄越されておらぬぞ。
振られたか?」
「振られてません!!!(…まだ!!)」
「では、こうか。
相手の女が王妃となる決心がつかぬのか?」
「………あなたには、関係のないことでは?」
「ないわけがなかろう?」
クスッ、と笑って、間を開ける。
今度は小悪魔の表情。けっしてネガティブな顔にはならないのに、それでも表情の変化が豊かで見る人を飽きさせない。彼女の夫候補たちはこれに落ちたのかもしれない。
「どうせ国王となった貴様の前には、有象無象の女たちが今後我先にと群がるのだ。
貴様の想う女が身を引いて、ぽっと出の女に奪われるぐらいならば、余が再び貴様を望んでも問題あるまい?」
「――――――丁重にお断り申し上げます」
「ふむ、つれないな。
何が不満だ?」
彼女ではなくてはダメだ。彼女以外を妻にしたくはない。
それを貴人たちの感覚に沿うように伝えることが、どんなに難しいのか、ここ数か月、レイナートはとても苦労していた。
そして、この場でも同じく、あなたではダメだと言っても説得力がないだろうことはわかっていた。
「……あなたこそ、今後、15の属国の王すべてと婚儀を結ぶことになるでしょう?
ローレンシウス大陸では宗教的に、権力者に複数の配偶者をもうけることがゆるされるようですが、ゲア大陸はそうではない。俺は16番目の夫は嫌です」
「ああ、そのことか」悪びれもせず、皇帝は笑う。
「安心せよ。婚儀は未だいずれもなされておらず、余は未通。王どもにも別に側妻を持たせれば良い。ほぼ、かたちばかりとなろう。
建国以来続く皇帝の義務に嫉妬など、かわいいことを言う」
「嫉妬とか!!
そういう問題じゃなく!!」
「私情を排して考えるがよい。
貴様の妻の候補として名のあがる女ども、その中に、余を上回る国益をもたらす女はおるのか?」
問われ、レイナートは詰まる。
そう、国王の結婚は、通常大きな政治的カードである。
普通なら、最も益のある相手を選ぶものだと、レイナートもよく知っている。
「まさか、貴様。
国王ともあろうものが、好きな女と結婚したいなどという世迷い言をのたまうのではあるまいな?」
ざくり、とレイナートの胸をさらに刺す言葉。「まぁ、さすがに、“真実の愛”を貫きたいなどと花畑にでもいるような言葉は王たる者の口からは出てきまいが」と続けて、さらにレイナートを封じる。
「…………国王が、異国の皇帝の16番目の夫になったら、国威は落ちると思いますが」
一瞬悩んで、どうにか絞り出した反論をレイナートはぶつける。
「16位は、貴様が一領主だった昨年の話だ。
いま貴様は一国の王になった。
そして、我が上皇と並ぶその強さ。
いまならば胸を張って『皇配』の地位を空けてやることができる」
そんな話は企画段階でも本当にやめていただきたい。
不穏な臭いしかしない。
「――――答えは同じです。すでに断ったことです。
あなたともあろう人が、いったい何がお望みで、そんなたわごとを蒸し返してきたのですか?」
レイナートは、皇帝をにらみつけながら、質問で切り返した。
「……結局は、俺ごとレグヌムを取り込みたいということでしょう?
レグヌムが属国化すれば、ローレンシウスがゲア大陸に進出する足掛かりができますから」
くっくっく、と、皇帝は笑う。
「やはり、貴様は良いな」




