(4)少女カルネ、悪党に対抗する
「私、一人で旅をしながら、いろんな土地で害獣を退治したりお手伝いして、お金や食べものをもらって暮らしているの。
このタウルスには、2か月ぐらい前に来たのね。
馬屋や、物置を借りて寝泊まりして。
畑の作物を狙う鳥を捕ったり、牛泥棒の見張りなんかをしてたの」
ベルセルカはこくこくとうなずく。
親を亡くし一人で生き抜く子どもが、この国にもたくさんいる。
ナルキッソスも、レイナートの肩に乗り、こくこくとうなずく。
「2人がマンティコアと闘ってた場所から、南へ半日歩いたあたりにある村のおうちに、しばらくお世話になってたの。
そのおうち、村長さんに借金があったんだけど、その借金を悪い奴らが買い取っちゃって。
―――金貸しのアステリオスっていう奴らしいの!」
「奴隷商売で財産をつくった人物だな」
「若、ご存じですにゃ?」
「ああ」
レグヌム国内の奴隷商人は、ある程度頭に叩き込んでいる。
そういえば、最近噂を聞かないと思ったが。。。
「評判は悪いが、国教会にもかなり寄付や根回しをしているし、貴族たちとのつながりも強いと聞く」
「そうなんだ……。
それでね、それでね。
明後日までに借金が全部返せなかったら、牛を全部取られちゃうの…!
牛を出さなかったら、おうちの人を連れて行くって…!
それをなんとかしたいの!!」
再び、レイナートとベルセルカとナルキッソスは顔を見合わせた。
生きることが精一杯なこの世界で、たかが、泊まるところや食事ぐらいの恩。
我関せずと逃げ出したとしても誰も何もとがめないだろうに、彼女は恩を返そうとしている。
それで、巨大マンティコアを自力で狩ろうとしたのか…?
「いくら必要なんだ?」
「おうちのひとがしてた借金は、金貨2枚と銀貨1枚とちょっとだったんだけど。
利息だって言われて金貨10枚も要求されてるの」
レイナートは眉をひそめた。
「牛は何頭いる?」
「えっと、大人が6頭と子牛が2頭……」
「タウルスの牛なら、市場価格は一頭あたり金貨10枚から12枚。
一方で、奴隷は付加価値でもなければ、せいぜい大人1人当たり金貨1枚だ。
連中、ずいぶんとしっちゃかめっちゃかな要求をしているんだな…。
村の、ほかの人は?」
「ほかの人も一気に同じような要求をされたみたい……。
牛を取られたら、暮らしていけないわ。
みんなで飢え死にするしかない」
「だろうな」
「でも、悪い奴らだけど、泥棒とか人殺しじゃないから、領主様にお話ししても捕まえられないんでしょう?
奴隷だって、違法じゃないもの。
タウルスの町でもあちこちで奴隷が働いているし……
きっと奴隷にされたらすぐに売られちゃうわ」
庶民にまで政治の正確な情報は、基本下りてこない。
いまタウルスを治めているのは領主ではなく領主代行だが、そこまで旅人のカルネは知らないだろう。
どんな罪なら訴えることができて、捕まえてもらえるのか、も。
「それに……最近、王都で何かすごいことが起きて、王様が死んで、新しい王様になったんでしょう?
領内でも、お役人がばたばたしていて……誰に頼ったらいいか、わからない」
頼れる相手もいない。
どう闘えばいいかも、誰に訴えたらいいかもわからない。
カルネだけでなく、村人たちもそうなのだろう。
アステリオスは、戦う手段を知らない弱い立場の人間を狙い、ずいぶんな無理難題を吹っ掛けている。
なんとも、狡猾で胸糞悪い。
「お願いよ、レイナート、ベルセルカ」
カルネはレイナートの手をぎゅっと握った。
「さっきのモンスター討伐の懸賞金、もらったんでしょう?
金貨10枚、私に貸してくれない?」
苦労したことを物語る、傷だらけの小さな手。
今にも泣きそうな目で、カルネは懇願する。
懸賞金はもらってはいないが、金貨10枚程度の持ち合わせは普通にある。
しかし、レイナートは首を横に振った。
「返せるあてのない金を借りるのはよくない」
「で、でもっ……!」
「そうですよ、カルネ」
ベルセルカは、レイナートの手を握ったカルネの小さな手をほどくと、その手を広げさせた。
革の物入を手に取ると、そこから、1枚、2枚、と数えながら、光る金貨を置いていく。
「返す力がない人間は、最初から『貸して』じゃなくて、『ください』って言うべきですよ?」
「わっ、わたしっ! 恵んでもらうつもりじゃ―――」
「もらうことは、借りることよりもきっと恥ずかしいですし、罵倒されたり嫌なことを言われたりする可能性は高いですけど。無理なら無理と言うことが、お金のない人間の誠実な態度というものじゃないですか?」
「だって、でも……!!」
カルネは必死で言いかけ、けれど、手に並べられた10枚の金貨を見つめ、ぎゅっと握りしめる。
それが友人たちの命をつなぐ大事な金だということを、わかっていたからか。
「―――ごめんなさい。返す力も、稼ぐ力もなくて」
うなだれながら、カルネは頭を下げた。
何度も、何度も頭を下げた。
「ごめんなさい、ありがとう。
私、すぐに、アステリオスのところに行くわ!」
革袋に金貨を入れて、自分のバッグに大切にしまい、カルネは毛皮の帽子をぽふっとかぶって、立ち上がった。
「レイナート、ベルセルカ、あとナルキッソスも、ありがとう!!」
扉を閉める前に、もう一度お礼を言って、カルネは城の調理場を出て行った。
重い扉は、ゆっくりと閉まっていく。
……その扉を見つめながら、ベルセルカも立ち上がる。
「さて、私たちもあとを追いましょうか、レイナートさま、ナルキッソス」
「ですにゃ」
入れ違うように、にゅ、とフェリクスが扉の間から顔を出した。
「国王陛下。いらっしゃっていたこどもが帰ったようですので、今日の晩餐について少しうかがえれば―――」
「2人とも特に好き嫌いはない、全部任せる。夕食は何時だ?」
「はい? ああ、ええと、7時に」
「1時間遅らせてもらえるか?」
「はい? ……あの、おふたりはどちらへ?」
てきぱきと武器を整えだすふたりに、フェリクスは呆れたような声を出した。
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