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(34)原罪なんてくそくらえ




   ◇ ◇ ◇



「……陛下」



 解散後、執務室に戻ろうとするレイナート(ヴェーラは、レマとヴィスたちにどうにか引き剥がされ、なだめすかされながら部屋に連れていかれた)とベルセルカは、ペルセウスに声をかけられて足をとめた。



「どうしたペルセウス」

「すみません、()()()お話が。お時間をいただいても?」



 言いながら、ペルセウスがベルセルカのほうをチラリとうかがうと、にこりとベルセルカは笑顔をつくり「大丈夫ですよ、はずしますね、私」と言う。



「レイナートさま。

 私、ちょっと寄りたいところがあるので、1時間後に執務室に戻ってもいいですか?」


「ああ。

 ペルセウスは? 執務室でいいか?」


「はい。よろしくお願いします」



 うなずき、ペルセウスは、長身の(あるじ)のあとについていく。

 ベルセルカはそそくさと別の方向へ歩いていった。


 今日、レイナートが着ているのは、軍服ではなく、禁色を差し色に使った、国王用の執務服。

 以前は国王用の衣装を着ても、服に着られている感じも否めなかったが、国王に就任してもうすぐ半年、歩く背中もすっかり国王らしい、とペルセウスは思う。




「――――で、どうした?」



 執務室にとおされ、ペルセウスは、レイナートと向かい合うように長椅子に座る。



「陛下。

 率直に言って、陛下は、転生者をどう考えていらっしゃいますか?」


「どう……とは?

 質問の意味がわからんのだが」


「この前、陛下は、人の身体に宿った転生者らしき魂を〈悪魔祓い(エクスオルキスムス)〉で消滅させました。

 かの者の魂は、子爵令嬢ヴェーラ様の身体を乗っ取り、ヴェーラ様の魂を肉体のままで眠らせたまま、己の人格でヴェーラ様の身体を動かしていた……ということになりますね」


「それが?」


「彼女は自分の意思で、他人の身体を乗っ取っていましたが…………。

 陛下は、我々転生者も、彼女と同じだとお考えになりますか?」


「同じとは?」


「つまり、その…………

 私たちもまた、私たちの魂もまた、本来この世に産まれる命から、肉体を奪い取った存在だと……そう言えるのではないかと」



 言いながら、ペルセウスは胃の周りを知らず知らず撫でる。


 前世も今世も、産まれて初めて感じる気持ち悪さだ。



「顔色が悪いな。

 大丈夫か?」


「お気になさらず、お答えください。

 陛下は、そうお考えになりますか?」



 転生者だって同じ人間だ。

 自分で選択したわけではなく、産まれ落ちた身だ。

 それでも、その人生を一生懸命生きる権利があると、ペルセウスはそう思っていた。


 だからこそ、転生者を転生者だからという理由だけで殺そうとしたグラヴィスやヴェーラを憎んで、自分は殺すべきだと主張した。


 自分の存在に、自分たちの存在に、正当性があると考えていた。


 特にこちらはあちらに干渉しようとしていないのに、あちらが存在を排除しようとしてくるのだ。排除しようとしてくる方が、排除されるべきだ。そう、考えていた。



(だけど、私たちもまた罪を犯していたとしたら?)



 意識したわけでも選択したわけではない、だけど、無意識のうちに、本来のこの身体の持ち主から身体を奪い取っていたら?


 本来のこの身体の持ち主たる生命は、身体のなかで眠り続けるのか。


 あるいは、もしかして、自分がこの身体に宿った瞬間に追い出されて死んでいたりするのだろうか。



「転生者は、生きていて良いと思いますか?」



 口から漏れた言葉が、震えた。

 声変わりしていない、自分の声。


 ペルセウスは前世で、この国を訪れていた。

 死ぬ少し前のことだ。


 カバルスでは転生者が奴隷にされなくなった、と聞いて、おかしなことをする領主がいるものだと思い、ふらっと足を向けてみたものだ。

 やけに気さくな軍人たちと酒場で意気投合し、その中にいた巨体の快活な老人に、

『おぬしも、もし万一死んで転生してしまったら、ここに来るがよいぞ。雇ってやろう』

と言われた。


 笑いながら、受け流していた。

 まさか転生などするはずもない。

 そう思っていたのに。

 いざ、自分が死んだら、なぜか、転生していた。

 自分が無意識に転生者を蔑視していたことも、転生してから気がついた。


 前世の記憶をひた隠して成長し、歩ける歳になったら、カバルスを目指して、ひたすら歩いた。

 ようやくたどりついて、再会したその老人に……先代カバルス公に仕えることになった。


 この13歳の若い身体は、まだまだ不自由なことも多く、それでも、この二度目の人生は本当に豊かだった。前世よりもたくさんの仲間に恵まれた。



 だけど、本当は自分ではない誰かが享受すべき幸せだったのではないか。



 自分はそれを、奪い取ってしまったのではないか。

 この身体の持ち主から、そして、その両親から。



「ちょっと、こっちに来い、ペルセウス」

「………はい?」



 呼ばれ、疑問を感じながら、ペルセウスは立ち上がり、(あるじ)のそばにいく。



 頬をぐにっと両側からつままれ、ぴよん、と引っ張られた。



はの(あの)………へいは(陛下)?」


「主語がでかい」



 ぴよん、ぴよん、とレイナートはペルセウスの頬をひっぱる。



ひはひへふ(痛いです)へいは(陛下)


「転生者をどう定義づける?

 どれだけの記憶が残っていたら転生者だと審判する?

 転生の記憶がないのに転生奴隷にされている人間の扱いは?」


「………………」


「人間を、何かの属性だけで分類しようなんて、どれだけ難しいことだかわかってるか?」



 ようやく、ペルセウスの頬から指をはずしたレイナートは、すっ、と、ペルセウスの額に手を伸ばす。



(〈悪魔祓い(エクスオルキスムス)〉!?)



 ビクリと肩を震わせ、思わず目を閉じたペルセウス。

 とんとん、と、レイナートの長い指が、ペルセウスの額をこづいた。




「恐かったか、ごめんな。

 ――――――でも、生きたいと思ったろ?」




 息をついて、思わず、レイナートの隣にへたりこむように座る。


 確かに、確かに自分は、死にたくなかった。




「俺も生きていてほしい、仲間には。

 俺が生きていることも肯定したい。

 そう、俺が思えるようになったのは、そんなに前じゃない。

 いろんな理由と原因はあるけど、おまえも確実にその原因のひとつになってるよ」


「でも、本当の魂の持ち主は」


「確認できていない以上、想像上の被害者にすぎないが、たとえその被害者が存在していたとしても、おまえが生きてるほうが良くないか?」



 生きてるほうがいいのだろうか。

 生きていて、いいのだろうか?


 あるじの言葉は自分の存在を肯定してくれている。

 それに甘えてよいのだろうか。




「殺されていい人間と殺されてはいけない人間を区切るのは、結局法だ。

 “転生者だから”が殺されていい理由になるとは俺は思わない」



 こくり、と、ペルセウスはうなずいた。



「――――で、ちなみにそれは、だいぶ昔にもう検討された話だったりしてな」

「は?」

「入ってこいよイヅル」



 レイナートが扉の方をちらっと見て言うと、「バレました?」という女の声とともに、重い木の扉が開いた。


 ペルセウスは、入ってきた人物に眉をあげる。



「魔法で外から盗み聞きなんて、今日はずいぶん趣味が悪いなおまえ」


「失礼いたしました。

 ふだんの陛下よりも無防備でしたのでつい。

 珍しく年下の子に相談されて嬉しかったんですか?」


「殴っていいか?」



 国王と話す、久しぶりに聞く、上司の声。

 前世の年齢をいれれば決してペルセウスは年下ではないのだが、ややこしくなるので突っ込むまい。それにしても、ふだんこういう悪ノリはしない人なのに、ここに帰ってこられて高揚しているのだろうか。


 青い髪の毛の長身の人物は、含み笑いをしながら敬礼をして入ってきた。

 軍装、きりりとした中性的な美貌、大きな胸に、鍛え上げつつも締まった美しい身体。

 前世は男、今世は女の身体に産まれた、レイナート・バシレウスが赤ん坊の頃から仕えている人。


 前世のペルセウスから見れば26歳のこの人もまだまだ年下なのだけど、それでもいてくれると安心できる存在である。



「カバルス軍総長イヅル・トマホーク、ノールトより帰還いたしました」


「おつかれさま。

 無事帰ってこられてよかった。

 つかれてるとこ悪いが、昔のおまえと同じような悩みを持ってる部下のために、ちょっと時間をくれ」


「……え?」



 ペルセウスは、ぱちぱちとまばたきをした。

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