(32)ヴェーラ・ソロルの正体
◇ ◇ ◇
――――レイナートの眼前をペルセウスが矢のように通りすぎ、子爵令嬢の顔面を容赦なく殴り飛ばす。
どんなに重傷でも怪我ならば後遺症なく治すことはできる、殺害だけはするな、と話してはいたが、ペルセウスはどれだけ理解していただろうか。
“転生者狩り”の仕掛人であり多くの人を殺した主犯であるとはいえ、ヴェーラの見た目は少女なので、殴られるのを見ているのは少々痛々しい。
ペルセウスの少女のように小さな拳が、最速級の連打を繰り出す。
「っっ………!!
いったぁ!!
なに、え、っ!!
ぁっ!!!」
攻撃を受け損ねるヴェーラの悲鳴が分散的にあがる。
レイナートはレイナートで、ここにある書物が闘いに巻き込まれて汚損しないよう守らなくてはならない。
なぜなら、この書物の山のなかに、必要な魔導書があるため。オクタヴィア、レイナート、ペルセウスの3人がかりで解けなかった、オクタヴィアの魔力封印に関する手がかりがひそんでいるからだ。
ベルセルカの兄であるアースガルズ宰相は、例の封印を、亡き先代ラットゥス公と前枢機卿の2人がかけたものであると言った。
しかし、レイナートの感想を率直にいえば、その2人の力でできるような代物じゃない。
もしそうだったなら、オクタヴィア一人でも解けただろう。
それを解くために、この文献の山が必要なのだ。
レイナートは密度の濃い魔力を、部屋の中じゅうに広げる。
「〈転移〉」
まだバラバラにされていない書物の山と、ペルセウスが守った紙の束と化した書物の山。
その両方をレイナートは階下の部屋に〈転移〉で送り込んでいった。
「やめッ、痛ッ、ッ……死ぬ、からぁッ!!!」
その間にも、ペルセウスはヴェーラに恐ろしいペースで攻撃を食らわし続けている。
ふだんペルセウスは、肉弾戦をまったくしない。
身体が小柄すぎて、少し大柄な相手にはそれだけで攻撃がまったく通じなくなってしまうから、非効率だと言うのだ。
しかし、意外にも――――前世で戦闘訓練を受けていたのか?――――食らいながらもよく動き随時魔法攻撃を入れてこようとするヴェーラを、ペルセウスは魔法抜きでほぼ圧倒している。
羽のように軽いペルセウスの身体が、強烈な後ろ回し蹴りをくりだして、ヴェーラは何度目かわからないほど飛ばされ、意識を失ったように床に落ち、その衝撃が床板を砕いた。
レイナートはヴェーラに駆け寄る。
「え、ちょ……やりすぎにゃ?」
部屋の外から戻ってきたナルキッソスが、呆れたような声を出す。
「――――戦闘は雑魚でしたね」
「おまえからすればな。
……普通の貴族令嬢と考えれば、あるまじき動きだったぞ?」
ヴェーラのそばに、膝をつくレイナート。
明らかに意識は失っているようだが、服ごしに彼女のその身体に触れただけで、レイナートの手からどくどくごくごくと魔力を吸収し始める。
やはりこれは自動発動型。
魔法ではなく……おそらく、“加護”だ。
「骨がおれてる。筋肉がめちゃめちゃだ。
さっきまで、この身体は、この身体のもの、つまり今世の身体のものではない動きをさせられていた」
「前世の身体の動きを、この身体で再現を試みたということでしょうか?」
「そう、なのかな、おそらく」
「にゃ……あの、前世の身体の動きというか、格ゲー……いや、その、仮想現実の動きっぽかったですにゃ。
やったことある格……えーと、その動きを、なぞったのかもにゃ」
「?」
「オレも、人間に変身して闘うときは、大体主に、ゲー…前世の仮想現実のキャラになってその動きを再現してますにゃ、だから」
仮想現実?
またナルキッソスの口から初めて聞く言葉が出てきた。意味を聞くのは後回しにしよう。
「ヴィスと違って、身体は自動的には治らないのか」
「ヴィスの自己治癒能力も、また違う“加護”なのではないでしょうか?
どんな怪我でもすぐに治るのを、私の前世では“再生の加護”と呼んでいました」
「“転生者狩り”の件が“魔剣”の意思で起こされたものだとしたなら、この子たちに“加護”を与えたのもあの“魔剣”なんだろうか?」
「それは……わかりませんが、ところで、この子爵令嬢はどうするのです?
さっきからなんで、せっかく私がボコボコにした主犯に、治癒魔法をかけているのです?」
「え、まて、わりと本気で殺す気だったのか?」
「治してしまったら罰にならないでしょう。
女で、こどもとはいえ、人殺しの、首謀者ですから」
普段おとなしいぶん、ペルセウスは怒ったらとことん怒るし、そして、本当に折れない。
憤然とこちらをにらむペルセウスに、ため息ひとつ。
骨と本当にまずいところだけ治癒魔法をかけ終えたうえで、
「ちょっと、見てろ」
と、レイナートは、ヴェーラの頭に触れた。
「〈悪魔祓い〉!」
レイナートの手からボウッと炎のような光が上がり、一瞬ヴェーラが、カッと目を見開いたのち、閉じた。
ヴェーラの頭から青黒いオーラが一瞬漏れてすぐに消える。
ペルセウスが、目を丸くした。
「悪魔祓い……?
どういうことです、この女は、悪魔憑きだった、ということですか?」
「いいや。
ナルキッソスから聞いたんだが、ナルがきた『異世界』の考え方では、違う世界に行くのは“転生”だけじゃないらしい」
「転生だけじゃない?
ええとそれは……生身の人間がまるごと〈転移〉してくることもあると?」
「にゃ。そういう設定の小説もある……いや、やり方もある、といわれてるのにゃ。
そして、魂だけが〈転生〉だけでなく〈転移〉してこちらの人間に宿るという考え方もあるのにゃ」
「生まれつきの転生者ではなく、この国の人間の身体を魂が乗っ取るということですか!?
そんな、悪魔憑きのようなことが………?」
「加護と呼ぶべきか魔法と呼ぶべきか……そこまでいくとわからんな。
もし名付けるなら、占有憑依者、という感じだろうか?」
パチリ、と、ヴェーラが、目を覚ました。
そのとき、奇妙なものを見るようにレイナートとペルセウスを見る。
「ど、どなた、ですか………!?」
さっきまでとは声さえ違う。
ナルキッソスとペルセウスは顔を見合わせる。
これは演技なのか。いや……
「――――お久しぶりですね。
ヴェーラ・ソロル」
レイナートが、比較的優しい声を出してはなしかけた。
王位につくまでは、基本的に、地位が自分より下であってもさして親しくない貴族には敬語を使っていたし、いまもそうしている。
「カバルス公爵家のレイナート・バシレウスです。
以前に会ったことを覚えていますか?」
「あ、は、はい!!
あの、王妃さまにご紹介いただいた、おおきくて恐い将軍さまのおうちの……ご、ごめんなさい!!」
ぱちぱちと瞬きをして、ぺこっ、とヴェーラは頭を下げた。
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