(31)本を楯にする少女
「……変なところを変な触り方するな。
くすぐったくて死にそうだっただろうが」
「――――ま、まぎらわしい顔、してんじゃないわよ!?」
掴まれた手を、振りほどこうとする。まったくほどけない。
目の前の男からは、吸いとれるだけの魔力を飲んだのに。
どうして、この男は動ける?
先代国王の隠し子である、この身体よりも、魔力の最大量が多いというのか?
まさか。
そんな、心当たりがある人間は、この国に3人しかいない。そのうえ、黒髪だなんて。
「――――レイナート、バシレウス国王?
まさか……」
「よくわかった。
おまえが、俺の顔を見忘れたんじゃなく、元々知らないってことが」
「!!!」
そこに気づかれた!?
「俺は、王城でその顔とすれ違ったこともよく覚えている。そのときはおまえじゃなかったんだろうな」
「あ、あんたの、勘違いでしょうよ。
バカじゃないの国王陛下!!」
「だとすると、正確には転生者とは少し違うな。
いったい、おまえは、何者だ」
この男、ヴェーラに触れられて、魔力を吸いとられていることに気づいた一瞬、ダメージを受けたふりをする判断をしたのか?
それも、調子に乗ってこちらがボロを出すように仕向けるために。
まだ18歳の、小賢しいガキが。
ギリッと歯を噛みしめ、ヴェーラは天井まで届く古城の本棚をあおいだ。
「〈書物濁流!!!〉」
「!!!」
砕け跳ね落ちる火砕流のように、書物が流れ落ちて黒髪の男を襲う。
男――――国王?――――はヴェーラの手を離し跳ねのいた。
「ナル、潰されるから逃げてろ!!」
「はいにゃ!!」
生意気な黒猫は、本を避けながら矢のように走り部屋を出ていく。
あの黒猫だって腹立たしいし逃がしたくないが、ヴェーラは目の前の男に集中することにした。
地面に落ちた本は弾けて壊れ、バラバラとページが散っていく。
この国の歴史や物語を記した本など、娯楽になりやしない。
ヴェーラにとって何の価値も感じられない、役立たずの本たちだが、黒髪の男は眉をつり上げた。
「おまえ!!
書物をなんだと思ってるんだ!!!」
「うるさいわね、悔しかったらマンガでも魔法で出してみなさいよ!!!」
唯一、この男をいらだたせる役には立ったようだ。
だったら、もっといらだたせてやる。
「〈破書〉!!」
ヴェーラが手を振り上げると、部屋のなかに暴風が起こり、本のページは端から破れて、黒髪の男にのし掛かる。
莫大な紙が、己の意思をもって、黒髪の男を何百重に包み込んでいく。
(さぁ、逃げたければ自分の手で破いてみなさいよ。どうせ簡単に破けるんでしょうけど、あんたの手で、貴重な書物とやら、破り捨てるがいいわ)
ヴェーラの口元に心底楽しむ笑みが浮かんだ。
しかし。そのとき。
「――――――〈順序・最大〉」
黒髪の男のそれではない、少年の声がその場に響いた。
暴風のなかをすり抜けるように、散ったページたちが集まり始める。
「!!!」
コツコツと足音を立てて、部屋のなかにもう一人の人物が入ってきた。
「確かに、本を投げつけて壊すなんて、胸くそ悪すぎてとうに失われた魔法ですね。
なんて下品きわまりない。
私の前世のこどもの頃は、かろうじて残っていましたが……」
ページたちは、空中で、まるで背で繋げられていたときのように行儀よくそろって、本の形に戻っていく。
手のひらの上、自分の上に、それらの『本』を何十も、何百も浮かべながら、金髪の、ヴェーラと同じ年頃の少年が語る。
「――――――こどもたちが、いたずらでそんな魔法を使おうものなら、大人たちは決まってこの魔法で全ページをきちんとそろえてもどし、それから、私たちにお仕置きをしたものです」
ぱちん、と、少年が指を鳴らすと、『本』は穏やかに床に下りて、ダダダダダッ……と積み上がっていった。
「悪い、ペルセウス」
「いえ、どういたしまして」
「さっきの魔法、あとで教えてくれ」
「ええ、陛下なら簡単かと」
黒髪の男と金髪の少年の会話。
危機感が微塵もない。
わかっている。
たぶんさっきの攻撃では、国王を傷つけることなどできなかったのだ。
自分は現時点で完全に詰んでいる。
この身体のままでは、逃げようもない。
少年は、にこりと、ヴェーラに微笑む。
ひどく小柄だ。
ヴェーラよりも、小さいかもしれない。
「初めまして、ペルセウスと申します。
国王陛下にお仕えしております。
あなたさまには色々とお聞きしたいのですが、そのまえに」
するっ、と、力を込めないような脱力した姿勢で、ペルセウスはかまえる。
「少々、ぶっとばさせていただきます」
◇ ◇ ◇




