(3)神と闘った父親の物語
「やったー!
久しぶりにレイナートさまの手料理ですね!?」
「手料理ってほどじゃないけどな。
串焼きにするだけだから」
調理場にて。
さきほど、感謝感激した村人たちから、
『ぜひ、お礼に受け取ってほしい!』
と言われ土産にもらったタウルス牛の赤身肉を、レイナートは、一口大よりだいぶ大ぶりに、手際よく切り分けていく。
そんなに機会があるわけじゃないが、夜営での料理には慣れている。
常備携行している乾燥した香草、輸入物の香辛料、岩塩、貴重品のコショウを砕いたものを肉にかけ、もみこむ。
その上で、長い鉄串に、丁寧に刺していく。
3人分、ひとり2本ずつ。それからナルキッソスの分1本(こちらはやや塩を振っただけ。本人いわく、猫の身体にはあまり刺激的なものはよくないとか)。計7本。
あとは、これを、こんがりと焼くだけだ。
人にふるまうなら本当は副菜とスープとパンもそろえたいところだが、おなかが減っている人間には極力早く食べさせるのが良いだろう。
「さっき、お肉もらっておいてよかったですねー!!」
「残りは持ってかえってすぐ、ワインで煮込もうか」
「やった!」
レイナートの手元を嬉々として見つめるベルセルカ。
涙のあとが残る顔で、それでも興味深そうに覗きこんでいるカルネ。
すっかり、しゃべる猫ナルキッソスが気に入ったようで、ずっと抱き上げつづけている。
彼らはのんきに料理などしているわけだが、少し離れたところでは、この城の料理番たちが、
「あれ、国王陛下…なの? 本当に?」
「国王陛下が、なんだって料理なんかするんだよ!?」
「さぁ……?」
「うちのかまどの火でやけどでもしたら、俺たち、縛り首になったり…」
「ま、まさか!?」
などと、戦々恐々と騒いでいた。
タウルス牛の肉は、炭火でじっくり、十分な焼き色がつくまであぶり、頃合いを見て、鉄皿に6本、盛った。ナルキッソスの分はしっかり火を通した上で、皿に入れる。
焦げ目から香ばしいにおいが立ちのぼる。
香草の香りと相まって、ひどく食欲をそそる。
台所の一角に使用人たちが使う椅子とテーブルがあったので、レイナートたちはそこで串焼きを口にした。
「おいしいっ!!」
少女が思い切り叫ぶ。
かぶりつけば、肉汁と弾む歯ごたえ。
香草の香り。
脂はやや控えめであるが肉は柔らかく、繊維の一本一本が躍るようだ。
そして広がる濃厚なうまみが、岩塩と香辛料で引き立てられている。
「すごーい!
こんなにおいしいもの食べたことない!?」
「でしょう?
美味しいですよね~さすがレイナートさま!」
なぜベルセルカが自慢げなのか。
「うにゃ~!
ステーキは死んで以来初ですにゃ~!!
うま~!」
ナルキッソス死んで以来て。
カルネはおなかがすいていたのか、夢中になって串焼きを食べている。
小さな口で大きな肉のかたまりにかぶりついては、肉の繊維を味わい咀嚼している。
あまりに勢いよく食べるので、レイナートは自分のぶんを1本やったほどだ。
「はーっ。おいしかった!」
「ごちそうさまでした」
6本の空の串が再び鉄皿に置かれた時、少女の顔は満面の笑みだった。
「ありがとう!!
美味しかったわ」
かぶったままだった、大きな毛皮の帽子を、かぽっ、と少女は外し、胸元に抱えた。
彼女なりに礼を尽くす態度なのだろう。
「私、カルネ。
あちこち旅をしながら狩人兼便利屋をして暮らしてるの」
「そんなに小さいのにですか?」
「小さくないわよ!
もう11歳だし」
レイナートの初陣が12歳。
ベルセルカが13歳。
確かにそんなに違う歳ではない。
「それにしても……ねぇ、奴隷なのに、どうしてモンスター狩りしてたの?」
頭を傾けて、レイナートの顔を覗き込む。
そして、鎧を着ていた時は隠れていた、いまはあらわになっている、彼の首の烙印を指さした。
「首にその印があるっていうことは、転生者で、奴隷なのよね? 料理もできるし。
どうして、貴族みたいな鎧着てたの?
ベルセルカがあなたとナルキッソスのご主人様なのよね?」
「ああ、えーと……
俺は奴隷じゃなくて、転生者でもない、母が転生者だった。父の身分が高かったので奴隷にならなかった。料理は行軍に必要だから覚えた。以上」
「いえ、でも……その印を押された人は、身分、関係なくなるでしょ?」
カルネはまだ納得していない様子だ。
「レイナートさまー。
ざっくり説明しすぎですよ」
ベルセルカに横から突っ込まれる。
こほん、と、レイナートは咳ばらいをした。
「たしかに。
転生者および転生者から生まれた者は、カバルス以外の地では原則、戸籍・財産ほか、すべてを持つ権利を奪われるな」
「ん?
うん、そうよね?」
この国では、転生者は神の禁を犯した罪深い存在として忌まれている。
では、『転生者』をどうやって判定するのか?
各地の領地にいるレグヌム国教会の司教たちが、容疑がかかった者を“神判”する。
『転生者である』と結論が出れば、国教会領では即、火刑。
そうでない土地では、その首筋に烙印が刻まれる。
転生者の女が出産した子も同じ扱いである。
そうして烙印を押された者たちは、領主所有の奴隷として領地単位で管理されるか、国教会から人買いに売り渡されるのだ。
売られた奴隷の行く先は、個人所有の奴隷となるか、大規模農園か、娼館か。飢餓の時には真っ先に殺され食われることさえある。
「正確に言えば、俺も、そうなっていてもおかしくなかった」
「じゃあレイナートは、どうして奴隷にならなかったの?」
「ああ。それはうちの父が―――」
レイナートは微妙に口ごもる。
ここから先の話を言うのがちょっと恥ずかしいから、できれば省略したかったのだが。
「……俺が産まれたとき、連れていこうとした国教会の聖職者たちを、素手で殴り倒して、追いだしたんだ」
「えっ!!??」
「そのあと家の存続をタテに、王家と国教会と大喧嘩して、王国軍をひとりで追い払い―――」
「え、ええ、え!?? 嘘、嘘よね!??」
「残念ながら全部実話だ。
3年粘って、実力行使と交渉を駆使して、法を改正してカバルス領では転生者法を適用しないとし、俺を跡継ぎとして認めさせた。
まぁ、父が平民だったなら、戦いようもなかっただろうけどな」
カルネは一瞬ぽかんとして。
そうしてすぐ、目をキラキラ輝かせた。
「すごい!!
おとぎ話の勇者さまみたいだわ!!
強くてカッコいいお父さんね!!」
「どうです?
レイナートさまのお父さま、すごいでしょう?」
繰り返すが、なぜベルセルカが自慢げなのか。
「うん! すごい!!
じゃ、じゃあ、レイナートのお母さんは?
奴隷なのに、えらいひとの奥様になったの?」
期待をこめて、カルネがレイナートを見つめる。
幸せなおとぎ話の終わりを、期待しているのだろうか。
だったら、それは申し訳ない。
「―――母は、俺を産んだ後、すぐに亡くなった。
顔も、肖像画でしか知らない」
「そう、なの……ごめんね」
カルネは、目を伏せた。
「俺の話はともかく。
カルネの話を聞かせてくれ。
いま、味方が必要なんだろう?」
「う、うん……」
「友達の身代金を要求している悪い奴らっていうのは、何者なんだ?」




