(25)王子からのダメ出し
「――――んー。
遅い」
刃を止めるなら、返す軌道で柄で殴るまで。
しかし戦場では誰にも止められたことのない殴打を、ユリウス王子は再び紙一重でかわしていた。
「君、もうちょっと強くなったと思うんだけど、こんなもの?」
ユリウス王子はさっきから転移魔法さえ使っていない。
全部、最小限の生身の肉体の動きでしのいでいる。
ろくに戦闘訓練も受けたことがないくせに、なぜ?と思ったが、『ユリウス王子だから』で、説明は全部ついてしまいそうだ。
それこそ、ベルセルカの過去の努力すべてを嘲笑うような、規格外の存在。
「――――そうですね、あなた相手に武器でどうこうなんて、無謀でしたっ」
至近距離のユリウス王子の顔面に拳を突きだし、やっぱりあっさりかわされたところで、そのまま
「〈噴火〉!!」
と爆裂魔法を撃つ。
反動でベルセルカの身体は後ろに飛ばされ、片手に槍を握ったまま、背を床にぶつける。
「……痛っ……」
ユリウス王子の顔周りに立ち上っている煙。
中身が見えるほど綺麗な顔の横がえぐれていたのが、あっさりと治っていく。
(こんなんじゃ、倒しようがない)
ユリウス王子に勝つのが無理ならば、ここは。
ベルセルカは、ウヌス・カエルムの死体に駆け寄ると、(死体は“純潔の加護”の対象外である)死体の下に肩をいれるように担ぐ。
(お、重い!!!)
成人男性の体、重い!!
おのれの腕と身体の力を強化しながら、どうにか担ぎきり、そのまま、館の外に〈転移〉する。
(――――あまり動かすとまずいけれど、このままじゃ)
「どうしてこの男、消さないの?」
「!!」
気づいたときには、肩の上にどうにか載せたウヌス・カエルムの死体を奪われていた。
ウヌスの身体を細腕で持ち上げたユリウス王子は、そのくせ「うん、重いや」とその場の路面に放り捨てる。なぜ奪ったのか。
周囲は、騒ぎを聞きつけた野次馬がでてきだしている。
遠巻きにされても十分巻き込む。
頼むから、早く逃げてほしいのに。
「質問。君、レイナートの騎士ってことになってるよねぇ。
なんで蘇生するつもりなの?
このニセモノ」
(ニセモノ?)
なんの偽物だというのだろう。
“落胤”の偽物だという意味なのか?
だとしたら――――どうしてユリウスにはそれがわかる?
「……証言をさせないといけないからです。
“転生者狩り”一味の全体像をとらえるためです。
それに、今その人が死んだら、レイナートさまが王位を奪われたくなくて殺したと皆が思うでしょう」
ふぅん?
と、ユリウス王子が首をかしげた。
「王家の血を引いてようが引いてまいが、大事なのは、このニセモノが『王になろうとしている』ことじゃない?
“転生者狩り”を捕まえるかどうかより、最優先はレイナートが王で居続けることでしょ?」
「――――レイナートさまが王で居続けるかどうか?
あなたも、レイナートさまは王にふさわしくないと?」
言った瞬間、ピキリとユリウスが一瞬こちらをにらむ。
そしてベルセルカはみぞおちに恐ろしい衝撃を感じた。
膝蹴りの重いのを思い切り食らったとき、いやそれを何倍したような重さの、見えない打撃。ユリウス王子は一歩も動いていないから魔法か、これは。
胃液がせりあがり、身体が宙に浮き、そして、道路の石畳に叩きつけられる。
痛みに身体が動かない。騒ぎになっているようなのに、音が一瞬聴こえなくなった。
「あぁ、ごめんね。つい。
顔は避けたけど、レイナート怒らせちゃうなぁ」
「………………」
呼吸する。
呼吸さえ詰まっている感じがする。
声がでない。
綺麗な顔のユリウスは、ベルセルカが苦しんでも特に感慨はなさそうな顔で見つめている。
「レイがまた口きいてくれなくなったら、やだなぁ」
とか、それはいま言うセリフなのか。
「……誰だって一緒。
どこにどういう立場で産まれようが、王になるのも、王でいるのも、当たり前のことじゃない。
言ってる意味わかる?」
「………」はぁ、ハァと、吸いきれない深呼吸を繰り返し、ようやく整ったところで、ベルセルカは言葉を探す。
「私に、王を守る、危機感が……レイナートさまが王で居続けられるよう守る危機感が、足りないと?」
「うん。しかも、本気だしてないし」
「本気……?」
「本気なら、呼び出す武器はさっきのじゃないよね?」
「!!」
ユリウス王子は、魔剣のことを知っている?
身体を起こすベルセルカのもとにユリウス王子は近づき、膝を折る。
ベルセルカの細いあごを、その手で掴んだ。
「――――結局、君たちが弱くて、心もとないんだよねぇ」
「……あなたが、気にすることですか?
陛下を、殺しかけたくせにっ」
「特に足手まといの君。
レイの一番の弱点なのに、そんなに弱くてどうするの?」
ぐさぐさと容赦なく、王子の言葉がベルセルカに刺さる。
「弱いだけじゃないな。
なりふりかまわない覚悟もないんだね」
「街が……こわれるじゃ、ないですか……」
脳裏にこの間使ったばかりの魔法〈竜巻〉を思い出す。
こんなところでやったら巻き添えで何人死ぬだろう。
「あれ、君、千人殺しとか呼ばれてなかった?」
王子は、嫌なことを思い出させる。
確かに自分は、何万人殺した女だ。
理想のためじゃなく、恋しい男のために。
いや、だからって。
「……なんで、さっきから、あなたに採点されなきゃいけないんですか?」
ベルセルカは、自分のあごをとっていたユリウスの手をグッと掴む。
「――――〈雷撃〉!!!」
自分ごとユリウスに雷魔法を落とした。
キツイ、キツイキツイキツイ、脳が焼き切れそうだ!!!
それでも放すものかとユリウスの手を握っていた。
――――なのに。
雷が尽き、ベルセルカの意識も身体もこときれる限界に達していたとき、目の前のユリウスは「今のはちょっとマシかな」とけろりと言いはなった。
「まぁ、今日は帰るね。
君がそんなだとレイも集中してくれなさそうだし。
そうだ、今度は君の相手も連れてきてあげる」
ふざけないでほしい。
そう、口を開こうとしてもできないベルセルカの耳もとで、ユリウスは「――――って、レイに伝えて」と、ささやいた。
◇ ◇ ◇
気がついたら、視界にはカバルス公爵邸のベルセルカの部屋の天井が広がっていた。
ベッドのうえに、いるらしい。
「レイナート、さま?」
首をちょっと起こしたところで、そばに寄り添っていた男が無言でガバリと抱きついてきた。
「だ、ダメです焼けます焦げますよ!?」
言っても聞かず、布団越しに抱きしめるレイナートの身体がジュウジュウと音を立てている。
一瞬遅れて〈加護〉を解いた。
「陛下!! ベルセルカさまは重傷ですよ!!」
「そうっスよ若!! つぶれちゃう!!」
横からかかるペルセウスとファランクスの声も耳に入らない様子の国王の身体を、ベルセルカは抱きしめた。
自分の肩の上にレイナートが頭をおいていて表情は見えないけれど、わずかに震えている。
さっき見えたレイナートの表情は、蒼白に見えた。
愛おしくて、彼の背に回した手で、その身体を撫でる。
全身の痛みはなくなっているから、レイナートが相当丹念に治癒魔法をかけたのだろう。あとは消費した魔力と、精神の回復……か。
「……ユリウス王子は」
「いなかった、俺が来たときには」
「ウヌス・カエルムは」
「蘇生魔法を終えて、回復待ちだ」
――――あの男の、心臓を奪わないでいてくれたのか。
到底感謝などできる気分ではないけれど、それだけは良かったと、ベルセルカは思う。
「あの、レイナートさま」
「どうした」
上にのった男の体重に心地よく耐えながら(レイナートが男にしては細身とはいえ、本当はたぶん結構重いのだけど)すぐ近くにあるレイナートの耳に、口を寄せた。
「ユリウス王子から、『来年もオレンジ酒がほしいな』だそうです」
「………………」
ユリウスへの腹いせなのか、レイナートは、コツン、と、ベルセルカの頭に自分の頭をぶつけてきた。




