(24)ディアボロス・エクス・マキナ
◇ ◇ ◇
そもそもベルセルカはこの日、レイナートとともにブラッタ伯爵ウヌス・カエルムを追跡していた。
ところが途中でウヌスが下劣な行為に及ぼうとしたところでレイナートが乱入したので、ベルセルカは助けられた少女にバレない角度で、レイナートに目で合図した。
ウヌス卿のほうを、ベルセルカが引き続き尾行する、と。
レイナートは少女を連れて去り、ベルセルカは逃げ出したウヌス卿を追った。
そうしてしばらく彼女は、退屈な尾行時間を過ごすことになった。
ウヌス卿は発散できなかった肉欲をもてあましたのか、王都でも人気の高級娼婦の家を訪問しては門前払いを食らっていた。
当たり前である。彼女たちは自分を安売りしないし、自分たちに対して敬意を払わない相手はすぐに見抜く。無礼な男が連絡なく訪問して、入れてもらえるわけがない。
最終的には彼は馬車を拾い、王都の外れの娼館まで行った。
(最近は王都も、あちこちきれいになりましたね)
娼館周り、ゴミさえない道を見て、ベルセルカは感心した。
王都知事コルリスは、防火と公衆衛生に力をいれている。
王都民の間では彼はすでに人気が高く、コルリスが悪を裁く演劇まで最近は流行っているのだとか。
ただ、残念ながらいまのところ悪の黒幕は国王にされているらしい。
索敵魔法で様子をうかがってみたが、娼館を何かの連絡場所に使っている様子もない。
どうやら普通にいたしにきたようだ。
しばし、待ち、出てきたウヌス卿を再び尾行すると、彼はまた馬車を拾い、まっすぐ邸宅に戻った。
王都の屋敷の大きさは、爵位の序列できっちり決められている。
ブラッタ伯爵カエルム家の邸宅は、ベルセルカの家であるムステーラ侯爵アースガルズ家の屋敷よりも一回り小さいが、歴史ある美しい館である。
(帰りましたね。
あとは、誰か、この家に訪問してくるでしょうか……)
馬車から降りたウヌス卿が、門のなかに入り姿を消した。
その塀の中を覗き込みながら、ベルセルカは、そんなことを考えていた。
そうしたら。
ぽん、と誰かに肩を叩かれ「おつかれさま」と至近距離でささやかれる。
さぁっ、と、血の気が引いた。
振り向いた瞬間、喉に男の肘が食い込み、漆喰の塀に身体を押しつけられた。
かはっ……乾いた音が喉の奥から漏れる。
つい先ほどベルセルカの肩に触れ、“純潔の加護”で焼かれたほうの手が、目の前で綺麗に治っていく。
「――――なんで、あなたが、こんなところに……」
死んだ。これは、死んだ。
銀髪の死神が麗しい顔で、ベルセルカの顔を覗き込む。
「シーミア以来だね。
でもなんだか、綺麗になった?
気のせいか」
「――――おほめにあずかり、光栄です、ユリウス王子……」
ユリウスが片方の肘ではベルセルカの喉をぐりぐりと容赦なく攻めながら、もう片方の、貴婦人のもののように柔らかく綺麗な手で、ベルセルカの頬に触れる。
「ちょっと、邪魔しないでくれるかな?」
フワッと、ベルセルカの意識が飛んだ。
「――――――――――!!」
目の前が、暗転したのち、壁にもたれて立ったままの姿勢で覚醒した。
しまった、目の前にユリウス王子がいない。
自分は何秒落ちていた?
「ブラッタ伯爵!!!」
ベルセルカは塀のなかに駆け込んだ。
……玄関の、重い木の扉が、砕かれている。
そうだ。ユリウス王子は、王族を鏖殺した。
その動機は、魔力の強い人間が死んだときに心臓が魔力の結晶に変異した“魔核”を集めるためではないかという仮説をレイナートは立てている。
もしブラッタ伯爵ウヌス・カエルムが、過去の国王の落胤なのであれば、王家の血を継いで、強大な魔力を密かに保持している可能性がある(ベルセルカはそんな話聞いたことはないけれど)。
だとしたら、ユリウス王子にとって、ウヌス・カエルムは命を狙う対象になりうる、ということになるのに。
玄関の中に入る。
開けた、吹き抜けのホール。
その中で、ユリウス王子の手が、ウヌス・カエルムの首筋をナイフのように切り裂いた瞬間を、ベルセルカは目撃した。
ウヌスの首から血が勢いよく吹き出、ぼとり、と、その身体が床に落ちた。
主人を迎えに出てきたらしい使用人たちが、恐怖に顔をひきつらせ、へたりこんでいる。
「〈捕魂〉!!!」
ベルセルカは指先からとっさに魔力を放つ。
捕魂魔法をウヌス・カエルムの身体にかけ、魂が抜けないよう固定する。
頭のなかで王城までの距離を計算し、自分の部屋の位置を正確に認識する。
少し前の自分なら、この距離でものを取り寄せる転移魔法など到底使えなかったが、一発勝負で試してみることにする。
「〈転移〉!!」
見事、王城の自分の部屋においておいた愛用の槍を、転移魔法で手元で取り寄せることに成功した。
大ぶりの剣がそのままついたような穂先に、三日月を重ねたような側刃。
レイナートからプレゼントされた、戦場の相棒である。
「皆さん。立って!!」
ベルセルカは使用人たちに叫ぶ。
屋敷に響くその大きな声に、弾かれたようにみな、立ち上がる。
「ひとり残らず逃げて、王城とカバルス公爵邸に走ってください!!
伝えるのは2件!!
ブラッタ伯爵死亡、緊急で蘇生魔法の使える医師をここに!
国王付き騎士ベルセルカ・アースガルズ、前国王陛下殺害犯(ユリウス王子)と戦闘中、と!」
使用人たちが走り出すのを尻目に、ベルセルカは槍をかまえながらユリウス王子にかかっていく。
地面を蹴る足の力を増幅。
放たれた矢のように、一気にユリウス王子との距離を詰める。
「んー?」
突き込んだと思ったのに、ほんの半歩かわしたユリウス王子の身体をかすめていく。
「ま、いいや。
たまには、君とも遊んであげる」
ぐりんと槍の軌道を変え、刃で頭を攻める。
綺麗な顔が楽しそうに、その刃を避けた。




