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(21)不可解な招待




   ◇ ◇ ◇



(こいつ、完全に俺の顔忘れてるな)



 レイナートは誰何してきたウヌス・カエルムに対して、心中でため息をついた。


 ブラッタ伯爵ウヌス・カエルムは、もちろんレイナートの即位式にも出席しているし、顔を見てもいるはずだ。

 というか、王位につく前、レイナートがカバルス公爵であり征北将軍であった頃も何度かすれ違っているし、名前を聞いてすぐ顔を思い出せるほどだった。



 ――――といって、『俺の顔を見忘れたか』などと言って思い出させるのも微妙な感じなのだ。



 何故なら今レイナートは、“転生者狩り”の首謀者の手がかりをつかむために、こっそりウヌスを尾行していたところだったからだ。


 あとを密かに追っていたら、予想外に女性を暴行しようとしたので、静観するわけにもいかず、つい、引き剥がして蹴り飛ばしてしまった。



「……大丈夫ですか?」



 へたりこみ、ひきちぎられた服の胸元を押さえる女性の、その顔を見た。


(………?)


 この間、アリエスで、転生者とされた女の子の家族を襲っていた連中にいた女の顔に似ている。


 もっと言えば、うっすら記憶にある、ウヌス・カエルムの『婚約者』、ヴェーラ・ソロルの顔にも。

 いや、そういえば、2歳上の兄が確か居たような?

 長男やヴェーラと違い、何故かほとんど王城に連れてこられることがなかったので、何か訳ありなのではないかと貴族たちの間で噂されていたようだが……。


 そう思い出していると、ウヌスが小汚ない声で叫んできた。



「じゃ、邪魔をしないでくれないか!?

 人の恋路を、逢瀬を邪魔するなんて、無粋極まり……」



 ドゴォッ!!



 あ、しまった。

 イラッとして、ついまたぶっ飛ばしてしまった。



(しかし、本当にうちの国の男どもは、強姦と合意の上での行為の区別がついてないんだな)



 今後学校をつくっていくにあたり、倫理面での教育をいれていくべきか。性教育は当然いれるとして。


 そんなことを考えながらレイナートは、完全にのびてしまったウヌスから、視線を再び女の方にやる。


 女は、大きな目で、にらみつけるように、しかし怯えもにじませながら、こちらを見つめている。



 ――――完全に思い出した。


 ヴェーラ・ソロルの兄、グラヴィス・ソロルだ。

 確かに、服の上から見てとれる身体の線は、未成熟な少年のそれだった。先ほど一瞬魔法で膨らませられたらしい胸は、もう縮んでいる。



 こちらは、さすがにレイナートに気づいているのだろうか。

 逃げようとして後ずさっているようだが、どうも身体がうまく動かないようで、顔色もひどく悪い。



「…………失礼、少し身体に触れる」



 レイナートはグラヴィスを横抱きに抱き上げた。



「!?!?」



 驚きすぎて抵抗することも忘れたようにレイナートに抱き上げられたグラヴィス。その身体は紙のように軽い。


 レイナートは、そのまま、王都のカバルス公爵バシレウス家の屋敷に〈転移〉した。



   ◇ ◇ ◇



 ――――意味がわからなかった。

 突然、気がついたら、グラヴィスが見たこともない大きな屋敷のなかに連れてこられていた。



(これは、……カバルス公爵邸?)



 さすが王佐公の屋敷というべきか、ソロル家のもつ家とはまるで違う。


 華美ではなく、質実剛健の風合いであるが、とにかくけた違いに広く、調度品がいずれも一級品ばかりだとわかる。


 思わず屋敷のなかを見回したグラヴィスを、国王はその腕から下ろした。

 メイドを呼び出し、風呂と着替えの用意を申し付ける。



「一度、風呂に入って着替えて休め。

 その間に服は直しておく」


「…………?」



 どういうことだ?

 てっきり捕まえられたのだと思ったが、グラヴィスが“転生者狩り”の一味とはバレていないということなのか?


 わからないまま、グラヴィスは、使用人たちに案内されるまま、たっぷりの湯を満たしたバスタブの置かれた部屋に入る。

 特に服を脱ぐのも手伝われることなく一人にされて、それはホッとした。


 ――――湯から上がると、上位の女性使用人用と思われるドレスと肌着が、着替え用に置いてあった。

 シンプルなものだったが、グラヴィスが着ていたものよりもだいぶ上等なものには違いなかった。



(……金持ちめ)



 軽く反感を覚える。

 王佐公の領地のなかでもカバルスは元々一番豊かで、近年は転生者たちを中心として諸々の事業を回し、非常に金回りがいいと評判だった。



(不浄の財産だ、こんなものは。。。。)



 といってそれを引き裂いてしまうわけにもいかず、着替えて部屋の外に出る。コルセットがないぶん、身体は楽だった。

 茶色のもふもふもした髪の17歳ぐらいの少女と、自分よりも年下だろう少年がそこに待機しており、微笑みながらもまったく隙のない2人に、どこかへと連れていかれる。



 ――――やや開けたスペースに、支度されたテーブル。軽食と飲み物が並んでいた。

 座席のひとつは国王レイナートが占めている。そして



「――――?」



 破けたドレスを、サクサクと、レイナートが縫い直していた。

 グラヴィスが会釈すると、ちょうどそこで修復が終わったらしいレイナートが糸を噛みきり、直しの終わったドレスを手渡してくる。



「こんなもんか?」

「は、はい……ずいぶん、お上手で……?」

「裁縫は行軍の基本だからな」



 そんなこと聞いたこともない。

 しかも縫い目がお針子なみに綺麗だ。グラヴィスでも、それどころかソロル家のメイドだって、こんなにきれいには直せなかっただろう。

 相当手先が器用なのだろうか?

 思わず、国王のテーブルに置かれた手を見つめる。骨ばって長い指だ。18歳だというが、もっと大人の男の手に見える。


 それはそうか。武器を持ってたくさんの人間を殺してきた男の手なのだから。



「……名前は?」



 レイナートがそう尋ねてくる。



 これはどう、とればいい?

 やはり、国王レイナートとしては、ただ襲われている女性を助けただけのつもりなのか?

 それとも、そう思わせておいて、思ったよりも国王がこちらの情報をつかんでいるということもありうる……。


 偽名を名乗りたいところだが、本名を知っていた場合に、怪しまれない程度にしたい。愛称のような(てい)なら良いだろうか。


 迷った挙げ句、



「ヴィス、と申します」


と、グラヴィスは名乗った。

 女の名前として適切なのかどうかは、正直わからない。



「あの、先ほどは、まことにありがとうございました」



 自然に。ごく自然な受け答えを。

 グラヴィスは自分に言い聞かせながら、ひどい緊張を押さえこみながら、顔がひきつらないよう気をつけながら、言葉を選ぶ。



「ああ。少しは落ち着いただろうか」


「は、はい」



 おそるおそる、口をつける飲み物。

 はちみつ漬けの柑橘が浮かんだ飲み物は温かい。残暑のこの時期なのに、身体に温度がしみる。



(…………美味しい)



 ビスケットを口にする。バターとほのかな塩気と、広がる甘味がやさしい。



(…………あれ)



 目頭が、急に熱くなり、ボロッ、と涙がこぼれていた。

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