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(2)転生黒猫は少女を慰める

     ***




 約1時間後。

 タウルス公爵領の中心、タウルス城にて。


 レイナートとベルセルカは、城の中の豪奢(ごうしゃ)な応接室に迎えられていた。



「いや、まさか本当に、巨大マンティコアを5頭仕留めてきてくださるとは。

 出来(でき)(ごころ)でもお願いしてみるものですね」


「フェリクス領主代行?

 あなた出来心で国王モンスター討伐(とうばつ)に行かせたんですか?」


「ベルセルカ様、そう(おっしゃ)いましても。

 陛下に『なにかこの週末に解決できそうな困っていることはないか』と無茶ぶ…急に訊かれて、その場で返答したのですよ?

 それにしても、国王がモンスター討伐ってちょっと面白すぎませんか………ぷぷぷ」


「そうか。残りのマンティコアは自分で狩ってくるか?」


「く、食われる自信しかないので、えんりょします……ぷぷぷ」




 応対しているのはシックな色合いの礼装をまとい、鼻筋にひっかける片メガネを付けた、灰色の髪の三十路の男。

 キリッとした男前な顔立ちとは裏腹に、さっきから笑いのツボがおかしい。


 彼がフェリクス・グール。

 現在タウルスの領主代行を務める男だ。



 先日、王国の各地を直接見て回ろうと決めたレイナートはまず、各地方の領主および領主代行に、何か困っていることはないか、あれば力になるという手紙を書いた。

 手紙を地方まで届けるのに数日から半月以上かかる。すぐに返事は来ない。

 ただ、たまたまフェリクスが王城に来ていたので、レイナートは上記の質問をし、まず最初の訪問地をタウルスに決めたのだった。



 ここ、タウルスは、王佐公爵家第三位である、グラ家が治めていた。

 先日の“血の結婚式”の惨劇によって、グラ家は全滅。もともと領主代行として(やと)われていたこの男、遠縁の伯爵家の次男坊のフェリクスがそのまま、統治をつづけている。



「────失礼。

 そもそも“王国史上最強”とうたわれた陛下が、領民のためにモンスター討伐してくださるなど、まことにもったいない限りです。

 あの5頭には、牛もですが、領民も多数殺されていたのです。

 早速(さっそく)、国王陛下の強さと深い慈悲のお心を、領内に、喧伝(けんでん)────」


「あ、いや、それはいい」


「はい?」


「村の者たちにも、領主代行からの依頼で王都から派遣された者であるとだけ、名乗った。

 村の者たちは、領主代行様に深く感謝すると。

 明日、村長たちが、マンティコアの肉と毛皮その他を手土産(てみやげ)に、城に礼に来るそうだ」


「国王だと名乗らずに?

 それでは全部私の手柄になってしまいます。

 陛下は、それで良いのですか?」


「別に」


「名声に無欲であるというのは美徳のように思われておりますが……

 失礼ながら、『名声』、良いイメージは、陛下にとって今、喉から手が出るほど欲しいものでは?」



 フェリクスは、レイナートの首に刻まれた烙印を露骨に見つめながら、ぶしつけなことを言う。

 ベルセルカが領主代行をジロリとにらんだ。


 国王(レイナート)の首におされた烙印は、転生者の母から産まれた証。

 本来、父親が誰だろうと関係なく奴隷とされる運命だった。

 その身で今回、王になってしまった。

 だからこそ、口さがないものを黙らせる名声が必要なのでは?と、フェリクスは問うているのだ。


 レイナートはテーブルに出された紅茶のカップを手に取り、静かに口に含む。

 紅茶も陶器のカップも、この国では生産できない輸入物。

 ぜいたく品の最上位である。



「別に、領主代行(おまえたち)に貸しを作ることは悪いことではないと思っている」


「なるほど?」


「というのは冗談だ。

 王になるには未熟な俺が、修行のつもりで各領地を知りたいという、それ以上の意図はない。

 現場にいる人間の邪魔をする気もない。

 それにむしろ評判が立ってしまったら、宰相の邪魔が入りかねんしな」


「フフフ。宰相の敵対は、妹君を盗られたくない兄のやきもちかもしれませんね」


「寒気のする冗談は女性に嫌われますよ」



 ぴくりと眉をひそめた宰相の妹(ベルセルカ)が応戦した。



「貴重なご忠告をまことにありがとうございます。

 ところで陛下。

 グラ家、我が(あるじ)一家を虐殺した、ユリウス王子の行方(ゆくえ)はまだ?」


皆目(かいもく)わからん」



 自分の姉の結婚式を血の惨劇の場に変えた、犯人、ユリウス王子。

 (おおやけ)には、国王やほかの王族たちとともに、

『王城を襲ったモンスターに殺され命を落とした』

と発表されている。

 葬儀も盛大に行った。

 事件の真相を知るのは、限られた人間のみだ。



「ただいまは王城も混乱し、王子の行方を追うどころではございませんでしょうね。

 しかし、消息を追わねば今後も王家にとっては脅威となりかねない……。

 王城襲撃の際、悪魔が加わっていたとか。

 ユリウス王子と悪魔が手を組んだのだとしたら、ぞっとしますね」


「……悪魔信仰者のもとにいた()()から、悪魔はそうそう簡単に人間が利用できない存在だと聞いている。もとの(あるじ)も、悪魔に食われたと」


「なるほど。

 『合理的であることはやさしさに似る』ともうしますが………カバルス陣営は、奴隷を禁止したがゆえに各地から転生者が集まり、結果、他では得難(えがた)い情報が集まってくる、というお(うわさ)はかねがね聞いております」



 微笑むフェリクス。

 実際彼もまた、非常に合理的な男だ。

 それまでさして関わりもなかったのだが、“血の結婚式”の直後、関係者のなかで最も早くレイナートのもとに国王就任の祝いと挨拶(あいさつ)に訪れたのだから。

 そのほうが、こちらとしてはやりやすいが。



「ああ、そういえば。

 恐れながら、ユリウス王子と国王陛下は仲がおよろしかったと聞いておりますが」



 ゴブッッ!と飲みかけた紅茶をレイナートは吹いた。



「おや?

 どうされました?」


「――――いや?

 ……誰がそう言った?」


「何やら、ご婦人方が…。

 というより、ご令嬢様方が?

 なんでも、王妃や愛妾の地位を狙い、ユリウス殿下を射止めようと試行錯誤されても……殿下が楽しそうにお話されるのは決まって、レイナート・バシレウス様の話題だったとか」


「誤解がはなはだしい!」


「誤解なのですか?」


「あんまり言いたくないんだが」



 ベルセルカが紅茶のかかった鼻先を(ぬぐ)おうとしてくるのをとめて、自分の手巾(しゅきん)で紅茶を拭きながら、渋い顔で答える。



「こどもの頃から王子(あのひと)は、何か魔法を一つ開発したら、いつも真っ先に俺を実験台にしてきた」


「陛下を……ですか?

 10歳前後ですでに将軍クラスにお強いと噂されていたと記憶しておりますが」


「だからだろうな。俺を倒せる魔法は自分の中で合格で、俺が防げる魔法は不合格、とね。

 あの人にとって俺は、王城に出入りする人間たちの中で、一番頑丈(がんじょう)で壊れないオモチャだった。……って、毎回、本当に殺されかけてたんだけどな……」


「―――最後のお言葉に積年(せきねん)の恨みを感じます、陛下」




 話が切れたところで「さて」と、フェリクスは立ち上がった。



「おふたりのお部屋もご用意しております。

 このまま、ご一緒に」


「ああ、それなんだが。

 連れが増えていてな。

 別室に待たせている」


「連れ?」



     ***



「あ、遅いですにゃー、おふたり」



 別室にて、先ほどの狩人らしき少女が、泣きはらした顔で待っていた。

 彼女に寄り添っていたのは黒猫である。



「終わりましたにゃ?

 カルネも泣き止みましたにゃ」


「ごめんね、ナルキッソスがついていてくれたから、落ち着いたわ。

 お話ししてくれた異国のおとぎ話も、すごく面白かった。

 猫とおしゃべりできるなんて、夢みたい!」



 少女はカルネというらしい。

 黒猫ナルキッソスは肉球でカルネの顔をてしてししていたが、カルネに抱き上げられると、にゃあ、とかわいこぶって鳴いた。

 ちなみに、「にゃ」のつく語尾は彼なりのこだわりだそうだ。ちょっとよくわからない。


 黒猫ナルキッソス。

 レイナートの配下でも数の少ない、異世界人である。

 2年前、この世界で黒猫に産まれかわった。


 本来なら、猫には人間の言葉を話すことも魔法を使うこともできない。

 異世界の経験や知識など使いようもなく、一生ただの猫として暮らすはずだった。

 しかし、とある悪魔崇拝者に拾われ、使い魔としての術をかけられ────そこらの人間よりもはるかに魔法を使えるようになったのである。



 普段はカバルス軍の諜報を担当している幹部であるが、今回、


『冒険的なものには異世界人のオレが絶対役にたちますにゃ!』


という本人の謎に強い希望で同行させた。



 それはさておき。



「じゃあ、カルネの話を聞かせてくれるか?」

「う、うん!!あのね!!……」



 話し出そうとしたとき、カルネの腹が、ぐきゅるるるる………と大きな音を立てた。



「あ、いや、あのね、これはその……」



 クスッ、とレイナートは笑い、「城の調理場を借りようか」と言った。

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