(16)不信をあおるもの
◇ ◇ ◇
1週間後。
宰相の謹慎と、エレナ・オストラコンの襲撃により一時中断されていた枢密会議が復活した。
会議中の大臣たちの様子が、そわそわとして何かおかしい。
そう思っていたレイナートは、終了時に、自分より頭ひとつぶん背が低いオストラコン財務大臣に、すれ違いざまコソリと「のちほど執務室に」とささやかれた。
(………?………)
ベルセルカとともに執務室にて待っていると、しばしのちに、財務大臣がやってきた。
――――なぜか、数日前にベッドを離れられるようになったエレナを連れてきていた。
怪我はレイナートが完治させていて、失われた血と魔力もほぼ回復している。
大臣は、あたりまえのようにそこにいるベルセルカに一瞬目をやるが、感情は顔には出さず、微笑む。エレナは国王の前にもかかわらず、ギュッとにらみつける。
「元気になって良かったですね!」
という能天気なベルセルカの一言。半分わざとあおっているのでちょっとヒヤヒヤする。
「お話と申しますのは……昨日、怪文書が王都の貴族たちのもとに届いているということです」
「怪文書ですか?」
「ええ。わたくしのところを除いて……いえ、恐らくはカバルス公爵邸や宰相殿の家も除いてかと思いますが、こちらです」
レイナートは手渡されたものを見た。
淡々と、それを読み上げる。
「……不正な手段で王位を盗みとった偽りの国王レイナート・バシレウスは、いまもまた重大な事実を隠している。
すでに、先々代国王の一子であり真の国王である人物の存在をつかみながら、隠蔽し続けている。
先日の2名の襲撃は、その戦いゆえである。
真実を隠した嘘つき国王を、今こそ引きずり下ろすべし……と」
「わたくしのもとに届かなかったのは、おそらくはすでにわたくしが“国王派”とみなされていたからでしょう」
「……そうなのですか?」
「陛下、もう少しこう、物言いを慎重になさることをおすすめいたします」
オストラコン大臣は50歳を越し、政務の経験は宰相をもはるかにしのぐ。
レイナートにとっては敵に回したくない相手の一人ではあるが、どちらかというと抵抗勢力だとか、娘を王妃にさせて国の実権を握ろうとしている老獪な政治家と認識している。
「まぁ、宰相殿とはいずれ対立することが目に見えておりました。少し早まりはいたしましたが」
「どうして、これを俺に?」
「ひとつは、お話がうかがいたかったからです。
なぜ、我が娘エレナがあのような目に遭わなくてはならなかったのか。
先々代国王の落胤とは本当か。
陛下は、我々がまだ知り得ていないことを、何をどこまでご存じでいらっしゃるのか」
ひとつというわりにたくさんあげつらねてきているのだが、そこは突っ込まないでおこう。
「ひとつは……ということは、もうひとつは?」
「お話をうかがい、その上で、枢密会議の面々にそれを公表していただきたい。
そう考えております」
「!」
どこまで話し、どこからはどうごまかそうと考えていたら、予想外の言葉が返ってきた。
「公表、なのですか?」
「はい。
……宰相に対して優位にたちたいなどの理由ではないのか?と、お考えのお顔ですな」
「普通はそう、考えますが」
「他に何かたくらんでいるとお考えですかな?」
「…………ええ」
「陛下、やはり物言いにはお気をつけた方が良いでしょう。
いえ、政治家としての物言いを身に付けられた方が良い。
オクタヴィア王女殿下が師匠でしたら、そういった技術はお好きではありませんから陛下にお教えになられないでしょうが、やはり必要であると愚考いたします」
「――――――以後、気を付けます。
しかし、その。まだ仮説の段階で、推測や不確定なことが多いのです。言ってもただただ混乱を」
「仮説を共有してはくださらぬのですか?」
そう言われても不確かすぎることが多いのだ、宰相なら不確かな情報は持ってくるなと言うところだ。
はかりかねて、レイナートは次の答えを躊躇した。
「王と民の関係性は、親と子にたとえられます。子に嘘をついたり隠し事をしたりする親を、子は次第に疑います。それがたとえ、子のことを思って騙したのであっても」
言いながら、オストラコン大臣は、後ろについてきたエレナを、ちらりと見やった。エレナはこくこくとうなずいている。
確かに、レイナートのせいで色々と巻き込んでしまっているのに、エレナにきちんと、説明をしてこなかった。
「もうひとつ、こどもが親を信じなくなることは何か、ご存じですか?」
少し考えてレイナートは答える。
「過度のしごきとか?」
「……それはご自分がお父上にやられたことですね?
わたくしが申し上げたかった正解は、きょうだいの間での贔屓です。
いま、陛下は、王城には敵しかいないとばかりにご自分の周りをカバルス出身者や馴染みの方で固めていらっしゃる。
俯瞰してご覧になってください。それは、国の中枢の心をひとつにできるものですか?」
「――――盗人猛々しいおっしゃり方ですね」
ベルセルカが、思い切り喧嘩を売った。
いつものようなひねりを利かせたものではなく、ひどくストレートな言い方で。
「ベルセルカ」
「黙りません。レイナートさまを、誰がオクタヴィアさまの結婚式から排除したんですか。誰がずっといじめてきたんですか。誰が、隙あらば引きずり下ろそうと狙ってきたんですか」
「口を閉じろ、ベルセルカ」
「大臣や官僚を信頼して欲しいと? 信頼できないことをしてこられたのは、うちの兄を筆頭とした、王族貴族の皆様では?」
もうやむなし、と判断してレイナートはベルセルカの腕をつかみ引き寄せると口を手のひらでふさいだ。
むごご、と、ベルセルカの息がレイナートの手のしたで抗議する。
「……失礼いたしました、お話を」
「お味方を増やすべきと申しております。
確かに陛下をいまだに悪く言う方もおります。ですが、考え方の違う人間もまた、味方につけていくべきなのです。
……すぐにはお話をうかがえなさそうではございますが、ただ、お考えいただけますまいか。心地の良いお仲間だけで固まった中枢が、本当にあるべき姿なのか。
常にあなたさまのあるがままを肯定しかしないお方と、あなたさまにときに批判的助言もできる者と、陛下のお隣には、どちらが必要でございましょうか」
オストラコン大臣は、そう言って、胸を張る。
「もちろん、わたくしの娘エレナは、陛下のお隣に立つ資格を十分持っていると、自信を持っております」
「………話が、脱線していませんか」
「ひとつながりのことでございます。
もっと陛下は、我々を見ていただきたい。仲の良い、馴染みの方々ばかりではなく、広く見ていただきたいのです。我々こそが今までこの国を支えてきたのですから」




