(14)少女のたくらみ
「ヴェーラお嬢様、ウヌス卿がいらっしゃいました」
外からの声を聞くと、少女の顔がパアッと明るくなった。
ほほを赤らめ、見た目相応の、恋する乙女の表情だ。
「こんなに早く来てくださるなんて、やっぱり素晴らしい方だわ。すぐに行くわ」
外に声をかけると、ヴェーラと呼ばれた少女は、すぐにうってかわって冷たい目を、本を拾っている女に向ける。
「いつまでやっているのよ。
おまえも、着替えてくるのよ、グラヴィス。
きちんとした格好に」
「わたし、も……?」
「当然でしょう。
ただしそんな格好で来たら、裸に剥かせて森のなかに放り出させるわよ。
3分以内にくるのよ、お兄様」
ヴェーラはそう言って、スカートをひるがえし、さっと部屋の外に出ていってしまった。
グラヴィスと呼ばれた女は、よろよろと力なく立ち上がり、ドレスのボタンをはずし始める。
はずしきったボタン。
なめらかな胸は、つるりと身体の線にだけ沿った凹凸のほぼないものだった。
ほとんど肉のない身体から、ドレスを剥いでいき、やがて服は床におちる。
少しくびれた、痩せたウエストの下は、細すぎる腰、細すぎる足。
そうして、見たくもない下半身の象徴。
せめて、女の身体に産まれてくれたら、この運命も諦めがついたのだけど。
男物の衣服を、グラヴィスはまとっていきながらため息をついた。
◇ ◇ ◇
「ウヌス卿!!
ここまでいらしてくださるなんて、感謝しかございませんわ」
華のような笑顔でヴェーラが出迎えたのは、27歳ほどの男だった。
ショースにキュロット、国王が禁じたはずの髪粉で優雅に髪を染めたその格好は、まず間違いなく貴族のそれだ。
ウヌス・カエルム卿は伯爵であり、一方、グラヴィスとヴェーラは、子爵家に産まれたきょうだいだった。
それにしても年の差がありすぎるし、ヴェーラは結婚適齢期というには幼すぎた。
「今日のお召し物も本当に素敵。
ウヌス卿こそ、この国で一番美しい男性に違いありませんわ」
「嬉しいことを言ってくださいますな。
ヴェーラ殿こそ、きっとこの世界で一番美しいわたくしの花、わたくしの宝にございます。
輝くばかりのその笑顔、国教会から異端とされ火刑に処されるとわかっていても、うっかり改宗してしまいそうですな、貴女という女神に」
「そんな! わたくしなんて!
この国一の美女は、オクタヴィア王女様と謳われていますのに、不敬ですわ」
王国の二大美女と言われているもう一人であるベルセルカ・アースガルズを、ヴェーラはおそらく意図的に抜いた。
侯爵令嬢であり宰相の妹であり、身分的には明らかに上にいるベルセルカ。しかし誰よりも国王の近くにいる彼女を、ヴェーラは憎み、誹謗中傷していた。
うっかり見てしまうと魂をぬかれてしまいそうなほど美しいあのベルセルカと容姿で競えば、死ぬまでヴェーラに勝ち目はないようにグラヴィスさえ思うのだが。
「ご謙遜もまた、愛おしさを増しますな。
兄君、グラヴィス殿もご健勝のようで何より。ヴェーラ殿によく似て、本当に、ごきょうだいとも美男美女ですな」
妹の後ろに影のごとく控えていたら、ウヌス卿に声をかけられた。
男の服装に戻ったグラヴィスは、ウヌス卿の品定めするような目と、妹の刺すような視線を感じながら、無難に見えるよう深々と礼をする。
――――産まれたときから男の身体であるにもかかわらず、グラヴィスは女だった。男ではなかった。そうとしか説明のしようがない。
『お兄さまは転生者なのよ。
前世が女だったから今も心が女なのだわ』
と2つ下の妹に言われれば、いつも反論はできず、
『お兄さまは罪人。本当なら奴隷になったはずなのに、私が黙っていてあげているのよ』
と言われれば、従うほかなかった。
妹から転生者だ転生者だと言われているうちに、確かに、行った覚えのない場所や見たこともないはずのものの記憶がよみがえるようになってきて、
(ああ、自分は本当に転生者だったのか)
と絶望するようになった。
――――しかし、それでも、自分は。
「正直、お話をうかがったときは大変ショックでした。
わたくしの母が不貞をはたらいており、そのお相手が、先々代の国王陛下だったとは。。。。
そうして、わたくしの亡き父が、子を成せない身体であったと」
「ええ。
間違いなく、ウヌス卿こそが先々代国王陛下のお子であり、正しい王位継承者ですわ」
「それを、もうほんの少し早く知りたかったです。
わたくしが、もう少し早く知っていれば……あのような奴隷の子に、転生者の産んだ男などに、王位をむざむざと渡したりはしなかったものを」
ああ、と、ウヌス卿は、おのれの運命を嘆くような気取ったポーズを取ってみせる。
「しかし、すでに彼は国王の座についてしまった。
それもおぞましい虐殺というやり方で」
彼らの陣営は皆、現国王レイナート・バシレウスがモンスター襲撃を装って、先代国王や王佐公を虐殺し王位を奪い取ったのだと信じていた。
グラヴィスもまた、同様だった。
レイナート・バシレウスは、王佐公の父と、異世界転生者という大罪人の母との間に産まれた。それは彼にとって不幸なことであったかもしれない。だからといって、自分以外の王位継承権保持者を皆殺しにするなどという不正で残虐な手で国王になることなど許されない。……と、そこは妹と考えを同じくしていたのだ。
「これから、わたくしが、先々代国王陛下の血を引いていると、どう名乗り出てどう証明していくか。。。
はっきり申しまして、ヴェーラ殿が手にいれてくださいました母の書簡。そしてヴェーラ殿が見抜いてくださいました、わたくしの血。
それ以外に証拠として見せられるものが、わたくしにはないのです」
「心配なさらないで。
国王の地位に着くにあたり、必ず魔力の高い方がウヌス卿を鑑定いたしますわ」
「でしたら、良いのですが……」
「あとは計るべきタイミングですわ」
「タイミング?」
「わたくしたちを支持する者たちが少しずつ増えておりますわ。
転生者の王など仰げないと気づき始めたのです。
各地で、同じように気づくものを増やしていくのです。国や領主に頼らずとも、一人一人の手で、同じ考えの者を増やしていくのです。
数か月かかるかもしれませんが、いずれ声は王城に届きますわ。必ず宰相グリトニル・アースガルズを中心に不和が起こります。そこへ……」
「わたくしが名乗り出る、ということですな」
フフフフと、ウヌス卿は笑った。




