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(10)王子の誕生日




   ◇ ◇ ◇



「まぁ、まぁ!!

 陛下、わざわざうちの姫をありがとうございます!!」


「いや、遅い時間まで拘束してすまなかった」



 レイナートは、疲れきって眠り込んだベルセルカを絶縁体のマントにくるみ、両腕に抱きかかえて部屋までつれていった。

 すっかり顔なじみになっているベルセルカ付きの侍女たちに、わらわらと迎えられる。



「本人が眠っている間には着替えさせられないし、俺のマントにくるんだままで悪いが、ソファにでも寝かせて置いていいか?」


「はい、結構でございます」

「大変でございましたね、一度におふたりも……」

「階下は大変な騒ぎでした」



 腕にのったベルセルカをそっとソファにおろし、横たえる。

 無意識にか、くるりと寝返りをうち、すうすうと、こどものような寝顔で眠り込んでいる。

 どんなときでもしっかり眠れるのがベルセルカの良いところだと思う。



「お茶を用意しますのでどうぞ」

「いや、俺ももう眠る。あなたたちも早めに休んでくれ」



 丁寧にお辞儀をするこの3人の侍女たちは、レイナートとももう、10年来の付き合いだ。

 2人は男と結婚して子持ちとなり、残りの1人は同性の伴侶(はんりょ)と養子を育てている。



「賊は今回討伐した者たちだけではなく、王城の関係者を無差別に狙う可能性がある。

 根絶したと確信が持てるまでは、申し訳ないがあなたたちも警戒を」


「「「はい」」」



 声をそろえ、侍女たちは返事する。



「ベルセルカ様にお仕えしてきたのですもの、危険があることは心得ておりますわ」

「わたくしたちも気をつけながら精一杯つとめてまいります」

「どうぞ陛下も、御身を大切になさってくださいませ」



 次々にはきはきと頼もしい言葉をきかされる。

 ありがたい、と思いながら、今日ばかりはほんのり複雑な気持ちもあった。



 部屋を出、レイナートは早足に医務室へと戻る。


 灯りが漏れる医務室。


 恰幅がいい体つきのオストラコン財務大臣が、娘のエレナに寄り添っている。

 事件の知らせをきいて、とるものもとりあえず駆けつけてきたのだ。


 しかし、侍女たちは、いない。

 今日の襲撃を受けて、恐ろしいからと皆辞めてしまったのだそうだ。


 元々、高圧的なエレナに対してあまり良い感情を持っていなかったらしい。そして、


『異世界転生者が産んだ男なんかを国王にするなんて。転生者にこの国が乗っ取られるわ』


と大っぴらに言っていた使用人もおり、彼女らはエレナが国王に見初められようとしていることやファランクスと交流があることに不満があったようで、これ幸いと辞めたようである。



(……衛兵もいるから、警護は大丈夫か)



 部屋周りをもう一度だけ確認して、自分の部屋に下がろうとしたとき。

 暗い廊下に、膝を折り曲げて座り込み(異世界語でタイイクズワリ、というらしい)うなだれているファランクスが目に入った。



「おまえは警護の担当じゃないだろう」



 レイナートに声をかけられると、ファランが、泣きそうな顔を上げた。

 レイナートから見てもこどもっぽく感じるぐらい感情の動きが素直な男だが、今回のことは相当ショックを受けているようだ。



「早くカバルスの家に帰って寝ろ。

 ここで寝たら干からびるだろ?」


「…………まだ大丈夫ッス」


「人魚の干物なんて誰も食わんぞ」


「そこはせっかくだから試してみてほしい気も」


「バカ」



 レイナートはため息をついた。


 そうはいっても、ファランクスは人魚だ。

 彼をカバルスから王都に連れてこないのは、長時間彼が水から離れたとき、人魚の身体に何が起こるかわからないから。


 極力毎日海水につかって眠るように、それが無理でも、24時間の間に1回は海水を浴びるように、と普段は指示している。

 その時間を、確実に超過するだろう。


 ポケットから白く丸い飴玉のようなものを出した。

 

「ファラン。

 いま水かぶって大丈夫か?」


「へ? ああ、うん」


「〈(アクア)〉」



 ぽよんぽよんと揺れる真水のかたまりを魔法で出現させて宙に浮かべ、その中に白いものを投げ込む。

 そのまま、その水を、ファランの頭の上からバシャリと落としてかぶらせる。



「これ……海水ッスか?」


「にがりとまぜたままの塩のかたまりを水にまぜた。本物の海水じゃないが、多少は潤うだろ」


「う……うん。

 ありがとうございます!」


「ほどほどにしろよ。俺は寝る」



 廊下にファランクスを残したまま、レイナートは、暗い廊下を急ぎ足で歩いていった。



 ――――国王の寝室に戻り。



 眠るために着替えを始め、シャツのボタンをはずしていたその時、ふと目に入ったものがあった。



『こちらは、どうしましょう?

 王太子殿下のお誕生日にお贈りするため、お作りしていたものですが……』



 そういってレイナートのもとに持ってこられた、半年漬け込んで仕上げた、鮮やかなブラッドオレンジのリキュールの瓶。


 去年、父の死の直後であわただしく、何も“王子の誕生日に贈るにふさわしい”贈り物を用意できなかったので、名産のオレンジ酒を贈ったところ、ひどく気に入ったユリウスが、来年もこれを飲みたいとねだってきたのだ。



(だから、半年も前から準備させてるのに)



 自分がねだったくせに、王族貴族を虐殺して、オクタヴィアやエレナのことも殺しかけて、その上逐電したユリウス。

 感情としては憎しみはあるし、危険視もしているし、王子の居場所がわかったとしてもこれを送りつける義理もない。

 誰かにやってしまおうとも思ったが、それも気が引けた。


 レイナートはふと思いついて、手元の紙に一筆記し、それを折って瓶の口に結びつける。



「〈転移(テレポルタティオ)〉」



 転移魔法で、それを、()()場所に送りつける。



 王子は、きっと気づかないだろう。

 気づいたら持っていけばいい。

 どちらでもいい。

 そんな気持ちでしたことだった。



    ◇ ◇ ◇



「――――へぇ」



 王城の小宮殿の一画に、なぜか小さな屋根裏部屋がある。

 今はレイナートとナルキッソスしかつかっていないその部屋に、今宵、天窓からの訪問者がいた。



「今年の誕生日プレゼントはレイナートだけだよ。義理堅いねぇ」



 ふふっと笑いながら、ユリウスは瓶につけられた手紙を眺めた。



『約束のものです。

 お誕生日おめでとうございます』



とだけ簡潔に書かれた、それでいて怒りのこもったその手紙を。



「狙わなきゃいけない相手が()()()増えて忙しいけど。

 少しはお返ししなきゃね」



   ◇ ◇ ◇

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『王子、婚約破棄したのはそちらなので、恐い顔でこっちにらまないでください。』

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