(9)国王は部下の再教育を考える
◇ ◇ ◇
「――――おまえがいくら治癒魔法をかけても血が止まらなかったわけだ。
治癒魔法への防御がかかってた」
エレナの身体の出血をとめ、修復のための“聖王級”治癒魔法〈最上治療〉を引き続きかけながら、レイナートは言う。
ベッドの上で、息も弱々しくかろうじて息をつなぐエレナを、ベルセルカがじっと見つめる。
「……それって、確実にエレナを殺しにきたってことですか……?」
「わからん。侍女や従者は?」
「現場で治療を受けています。
動けるようになればこちらに来ると思います……」
いつもの明るさが掻き消えている。ベルセルカは、レイナートが意外に思うほどショックを受けている様子だ。
エレナはベルセルカをライバルだと言い、昔から何かと突っかかってきたようだったが、ベルセルカはたぶん、エレナのことが好きだったのだろう。
雑念を再び断って集中しながら、レイナートは、エレナの身体の損傷を丁寧に修復していく。
痛ましい、などの感情は治療中の集中力を乱すから極力排除するのだけど、エレナがこの短い期間に2度もこんなふうに殺されかけたことには、胸が痛む。
……俺たちのせいか?
……ノールトとの戦争で、俺たちに協力したせいか?
――――――その時、誰かのやかましい足音が聞こえてきた。
ナルキッソスを呼びにやらせた、アイツがやっと来たのだろうか。
「にゃ! にゃ! 来たにゃ!!」
黒猫ナルキッソスが影よりも速く医務室に飛び込んできて、レイナートの足元でにゃあにゃあ叫ぶ。
少し遅れて、荒い息の長身の美男子が駆け込んできた。
レイナート越しに、ベッドに寝かされた少女を見て、大きな目を見開く。
「……エレナちゃん?」
つい先ほどナルキッソスからエレナの重体を知らされた、ファランクスだった。
涙をこぼしそうな目で、山吹色の髪をぐしゃぐしゃとかきむしる。
「嘘……だろ…?
さっきまで、一緒にいたのに……」
「いまはまだ予断を許さない。
俺とメサイアの交代で治癒魔法をかける。
ファランおまえは…………ファラン?」
ふらふら……と、魂の抜けたような足取りで、ファランクスは医務室を出ていこうとしていた。
「……厨房。
……包丁取ってこなきゃ」
「包丁? おい、ファラン、どうした?」
「……オレの肉、切り取ってきます!!」
と、急に息を吹き返したように走り出そうとするファランクスを、待機していた衛兵たちがあっけにとられつつも咄嗟に押さえ込んだ。
しかし衛兵5人程度ではファランの怪力を止められず、ズズズ……とそのまま引きずっていかれそうなので、ベルセルカがファランの前に回り込んだ。
「ファラン? 落ち着いてください。
どうしたんですか?」
そのすきに、ほかの者が国王親衛隊の面々をさらに呼びに行く。
ファランは完全に正気の顔で、しかし思い詰めた顔で、ベルセルカに向かい合う。
「あのねベルセルカ様。
人魚の肉って、食ったら不死身になるんっス!!」
「……はい?」
一瞬ぽかんとするベルセルカ。
人魚の肉?
……てことはつまり。
「どいてください、ベルセルカ様。
下半身魚体化して、ちょっと魚肉のとこを包丁で切って、エレナちゃんに食べさせるんっス!!
そしたら不死身になって、死なないから!!」
ベルセルカを押しのけ、さらに自分につかまる人間がうしろに3人加わったのをモノともせず、ズズズズズ……と引きずって、ファランは厨房へ向かおうとする。
都合人間8人分の体重を引きずってる。
「ファラン!
ヨーロッパの人魚はたぶんそういうの、ないにゃ!!」
……ナルキッソス。異世界語を使うときは意味を添えてくれと言ったよな?
「食ってみなきゃ、わかんないじゃん!!」
……ファラン。食ってみなきゃわからんものを人に食わすな。
あとおまえら。頼むからちょっと静かに。
「―――だぁぁぁぁめぇぇぇぇぇ!
ファラン、早まらないでぇぇぇぇぇぇ!!!
メサイアさまとオクタヴィアさまも手伝ってくださいぃぃぃぃぃ!!!」
ベルセルカまでファランにつかまって止めようとして、引きずられていく。
………ベル。おまえは魔法つかえばいいのでは?
しかし名を呼ばれたメサイアも、え、あたしも行かなきゃいけない?と足を廊下に向けかける。
……行かなくていいから!!
嘆息して、レイナートは、ファランクスだけを自分の手元まで〈転移〉させた。
前のめりの体勢になっていたので、レイナートの足元で派手にすっころぶ。
ついでにファランクスにしがみついていた面々も、廊下で将棋倒しに倒れる。
「いっ、た!!!
何するんスか、若!!」
顔面をしたたかにうち、カバルス中の女が黄色い悲鳴をあげる整った容貌を鼻血で汚しながら、ファランは文句を言う。
レイナートはファランの胸ぐらをつかんで顔を引き寄せた。
「患者殺したくなかったら俺の足元でしずかにおとなしくしてろ」
「…………はい」
とりあえず落ち着いたら本気で全員の再教育を考えよう、と思う国王であった。
――――それから、数分のち。
「立て。傷はふさがった」
「た、助かるッスよね!?」
「ちょっと待て」
大丈夫なのかと念を押すファランクスを制止して、レイナートはすっかり待たせてしまった王女に向き直る。
「――――すみませんオクタヴィア。
うちの者が騒がしくて」
「いいえ。それより、エレナね。
清潔なナイフはあるかしら?」
そうオクタヴィアが言うと 騒がしい中でフェリクスを診てくれていた医師が、医療用の刃物をオクタヴィアに渡した。
「王女様、こちらを」
「ありがとう。
レイナート、私が飲ませる?」
「お願いします」
うなずいたオクタヴィアは、左側の手首をナイフで傷つける。
どくどくと、血があふれ出た。
その血は、不自然な動きでオクタヴィアの指先へと流れていく。
オクタヴィアの指が、エレナの唇の間に入る。
エレナの唇に血液を流し込んだ。
こくん、と彼女の喉が動き、飲み込む。
「……なんスか。
これ、一体、何やって」
「傷はふさがった。
あとは、血の不足。しかしつくりだすのに、エレナの身体は完全な魔力切れだ。
いまは魔法を使えないだけで、オクタヴィアの身体の血は俺のものよりはるかに多く魔力を含んでいる。
ほら、血色が戻ってきただろう?」
「……ほんとだ」
エレナの顔に血の気が戻ってきたのを、まじまじと、ファランクスは見つめた。
「もう、大丈夫?」
「たぶんな」
4歳下の主に対して甘えたような物言いをするファランだったが、その顔色は変わらず、暗かった。
床に膝をつき、ベッドのエレナにすがりつく。
その姿勢は、隣のベッドでフェリクスに寄り添う、アリアドネのようだった。
「……ねぇ、若」
やがて、ファランは、下からレイナートの顔を見上げて、悲し気に尋ねる。
「エレナちゃんが狙われたのって、オレのせいですか?」
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