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(7)客人の価値



   ◇ ◇ ◇



「レイナートの魔力残量は?」


「最大値の70%を残しています。

 開始時は80%でした」


「最後まで続けても、問題ないわね。

 ただすこし休憩をはさみましょう?」



 30人目の烙印を消したところでオクタヴィアがベルセルカにレイナートの魔力残量を確認させ、休憩をうながした。


 集中力しきっていたところから、レイナートの肩にどっと疲労感が乗ってきて、ため息を漏らす。



 カバルス陣営と国王親衛隊の烙印もちはあと少し。王城の使用人の中にも烙印を隠して働く元奴隷がいるのでできればその皆も、今日終えられると良いのだが……。


 王佐公爵家の面々はほぼ退出しており、なぜかルーシーだけが、レイナートの魔法を見届けるつもりかのように残っていた。


 持ってこさせた長椅子に、レイナートは身体を投げ出すように座る。

 知らない間に汗がじっとりと身体にしみだし、さらに体力を奪われるような気がした。


 通常の治癒魔法と違い、すでに治癒した箇所についてその痕を消していくので、なにか不自然さが残っては元も子もない。周囲の肌色と違わないよう、非常に細かな調整が必要になるのだ。


 レイナートは、魔力以上に集中力をごっそりと消費していた。



「おつかれさまです。

 汗をお拭きしますね」


「……ん?」


 休憩を想定してのことだろうか、いつの間にか水を張った洗面器が用意されていて。

 ベルセルカが白いさらし布を水に浸してきゅきゅっと絞り、レイナートの頬に触れさせた。


 ……いや、戦場では確かにたまにベルセルカに汗を拭いてもらったりもするし、その冷たさは心地いいのだけれど。


 皆の前で当たり前のように拭かれ始めたことや、侍女や国王親衛隊の面々に


「あの!! ベルセルカさま、それは我々が……」


と止められても、ベルセルカがその位置を譲らないのは、若干恥ずかしかった。



(これはわざとやって面白がってないか?)



……とさえ、レイナートは思ったり。



「でも、身体欠損の修復までできる上級魔法をこのペースで行って1割、ね。レイナートあなた、魔力が以前より強くなったかしら?」



 オクタヴィアが声をかける。



「と、思います。

 さすがにもう、魔力を使いきるような間抜けな負け方はしたくありません」



 レイナートとしても、魔力の最大値を上げようと少しずつ時間を見つけては鍛練していた。

 今後“血の結婚式”と同じような状況に至っても部下を危険な目に遭わせないぐらいには『持久力』も上がったと思いたい。

 測定のしようもないのが難点ではあるが。



「…………陛下」



 レイナートのもとまでやってきたのは、元修道女の公爵令嬢、ルーシーだった。

 こわばった面持ちでレイナートを見つめる。



「部下の方を守りたいのは、わかります

 陛下が善良で慈悲深いお方であること、転生者の方々の中にも良い方がいらっしゃるということもわかっております。ですが」


 やがて開いた口は、緊張ぎみに思いの丈をまくしたてることになった。


「このような神をも恐れぬ所業を、……どうしてなさるのですか?」


()()が押した烙印を消すことがですか?」


「神の名のもとに下した決定を(くつがえ)すことが、です」


「神の名のもとに、()()が下した決定では?」



 レイナートにそう返され、ルーシーは詰まる。


 それを嘲笑するつもりはない。少なくともここで詰まるというのは誠実に話をしようとしているからだ。

 ただただ言い負かされないことを目的にするなら、

『いや、神が下した決定を人間が代行したまでです、我々は皆神の声を聞いているのです』

などと、思ってもいないことを言い張ればいいのだから。

 それをする聖職者を、レイナートは何人も知っている。



「……確かに、神の御名のもとに、多くの聖職者が間違いの決定を下している、ということは認めねばなりません。

 それに、転生者のなかにも、少なくとも善良な方はいらっしゃるということを知りました。産まれたことだけで火刑に値する罪なのか、という疑念もございます。

 ですが、それを以て、神の名誉をおとしめてよいのか……」



 本当なら彼女は『転生者はみな悪である』として切り捨ててしまえば、楽に生きられるはずだ。


 しかし彼女なりに、そんな簡単なところには答えはないことに気がついてしまった。

 だから国教会ではなくレイナート側につき、自分なりの答えを探そうとしている。


 それでも、物心ついたときからずっと神への信仰を叩き込まれたであろう彼女は、簡単には価値観を変えられないのだろう。



 言葉を切り、ため息をつくルーシー。

 根気よく話していくしかない、とレイナートが密かに腹をくくったとき。



 衛兵があわただしく駆け込んできた。



「――――――タウルス領主代行さまが!!!」



 叫ぶ声。悪い予感は次の瞬間現実となる。



「タウルス領主代行フェリクス・グール様、生死不明の重体!!

 王都からの北東方向への街道手前で、公爵令嬢様とともにくせ者の襲撃を受けました!!!」



 レイナートとベルセルカは弾かれたように立ち上がる。



「街道手前、正確な位置は!?」

「関所から王城寄り95パッスス!!」

「医務室と馬車の準備を。

 全員、王城の自室ないしカバルス公爵の部屋で待機」


 指示を出し、レイナートとベルセルカは〈転移魔法〉で姿を消した。



   ◇ ◇ ◇



 オストラコン家の部屋。



「ごちそうさまでした」



 階下で一大事が起こっていることも知らないまま、ファランクスは出されたお菓子をすべて平らげて手を合わせた。



「お口にあったなら良かったですわ。

 ……カバルスの方々は、皆さんこんなにたくさん召し上がるの?」


「魔法を普段からたくさん使う人間は、たくさん食べるッスよ。陛下も少食な方ッスけど、これぐらいなら余裕で食べられるかなぁ」


「なるほど、陛下をお茶にお招きするときはかなりお菓子を多めに用意しておくべきですわね。

 いいことをうかがいましたわ」


「じゃ、失礼します。またね」



 頭を下げて部屋を退出しようとするファランクス。エレナは立ち上がり、見送る。



「陛下とちゃんと仲直りするんですのよ。明日もお茶に呼んで聞きますわよ?」

「うん、ありがと」

「では、また、ごきげんよう」



 ファランクスが出ていくと、侍女のひとりが、はぁっ……と力が抜けたようにへたりこむ。

 転生者。それも異世界人。恐ろしい人間たちだと国教会が吹聴する存在。

 いくら(エレナ)の迎えた客人といっても、恐怖を覚えてしまっていたらしい。



「ファランクスは、恐くはないですわよ?」

「お嬢様、明日もあの者を、呼ばれるのですか?」

「呼びますわよ。何か問題があって?」



 エレナが強く言うと、侍女が黙る。

 これは良くない、と、エレナはピキッと警戒した。

 どんな身分であろうが、主の客人は丁重に迎えるのが使用人の義務である。

 とくにファランクスは、国王陛下に非常に近しい存在なのだ。

 それを相手の身上によって軽んじるようでは、使用人失格だ。


 ここは手を抜かず、大切な客人なのだという姿勢を自分がしっかりと見せなければならない。そうエレナは考えた。



「料理人に、明日のお茶のお菓子の支度をさせますわ。

 馬車の用意をしなさい。

 オストラコン家に戻りますわよ」



   ◇ ◇ ◇

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