(5)烙印を消す意味と消したくない理由
「教会が押した烙印を、消すと言うのですか?」
驚きの声をあげたのは、その場でルーシーだけだった。
「そんな……
神のご意思に逆らうようなことを」
と言いかけたルーシーだったが、周囲の者たちが誰も自分に追随しないことに気づき、口をつぐむ。
ラットゥス公爵のカロン・セネクス────65歳、エルフと人間のミックスである。今は少年の姿だったが────は、クックッ、と、さも予想どおりと言いたげに笑った。
「ふん。
やはり、おぬしの治癒魔法〈再生治療〉は、ニセ物本物関係なく烙印を消せるんじゃな」
「結局は多少魔力を付与しただけの火傷の跡だからな」
「神が押したわけでもない、人間がおしたものであるしな」
国教会の聖職者がいかに魔力をこめてその奴隷の烙印を押そうが、レイナートにとっては何もないに等しかった。
「つい先日も、あたしの烙印を消したものね」と、アリアドネが口を挟む。
彼女の細い首筋には、ついこの間までくっきりと目立っていた烙印の痕は、もう残っていない。
レイナートが消したのだ。
先日、元フェレス公爵嫡男テセウスが、隣国ノールトの王位を簒奪した上でこちらに戦争をしかけ、捕らえられた。
テセウスは15年前、結婚を免れるために、恋人であったアリアドネを転生者であると教会に偽りの密告をした。それによってアリアドネは奴隷の身分に落とされた。
今回、レイナートがテセウスを尋問して、その密告が偽りであるという言質がとれた。そのため、アリアドネを転生者であると決めつけた過去の裁判の判決がくつがえったのである。
そしてレイナートは、国教会の上層部がそろっているその場で、アリアドネの烙印を消してみせたのだ。
『そんな魔法は……あってはならない!!』
『神の意思に反する魔法だ!!』
そう言って噛みついてくる者たちもいた。
しかし、
『間違いの判決だったのだから、烙印は消して当然だろう?
それとも神は、罪なき人が罰せられ続ける不公正をお望みだと、あなたたちは思うのか?』
とレイナートが切り返すと、答えられなかった。
こうして、晴れてアリアドネは奴隷身分から解放されたのである。
「まぁ、俺はもうとっくに陛下に消してもらっているが……」
元転生奴隷グラッドが呟く。
レイナートが〈再生治療〉で烙印を消せないか試行錯誤しているときに、真っ先に被験者を買ってでたのが彼だった。
たくましい首には、とうの昔に烙印の痕はない。
「わたし、は……」
元転生奴隷、魔狼からの転生者のレマは、迷うように自分のドレスの襟元のボタンを外した。
高めの襟をはぐと、少女の、なめらかで健康的な首筋があらわになる。
レイナートにいつでも消してもらうことができるのに、今まで自分の意思で残していた烙印が、見えた。
「陛下とおそろいだから、烙印、残していたかったんですけど……。
陛下がご迷惑なら、もう、消します」
レマの言葉に、元転生奴隷の者たちの中で烙印が残っている者は、前に出て、レイナートのもとへ並んでいく。
しかし。
同じく首筋にくっきりと烙印が押されているファランクスは、動く気配がなかった。
複雑そうな顔で、うつむいている。
「どうした? ファラン」レイナートが声をかける。
「――――だって……。
オレたちは烙印消せても、若は消せないんスよね?」
「は? あ、まぁ。
俺の生まれは、皆が知っているしな」
そして、レイナートが自分の烙印を消すということは、国教会へ宣戦布告するに等しい行為だ。
全面衝突は避けられまい。
勝てはするだろう。
膨大な数の犠牲と、その後にのこる大きな歪みとともに。
さすがにまだそれは、極力回避したかった。
「……オレ、これ残したい」
「やめろ、ファラン。わざわざ狙われる印をつけておくことはないし、おまえは、本当なら“転生奴隷”じゃないだろう?」
「だって……」
ファランクスは、いまは人間の見た目をしているが、海の人魚だ。
幼い頃人間に捕まり、奴隷としてというよりも、珍しいペットとして高値で取引された。
カバルス軍に保護されその身分からは解放されたが、海には戻らず、かつ、わざわざ自分で首筋にほかの皆と同じ烙印を押したのである。
レイナートには砕けた態度を取りがちだが、それでいて逆らったことはない。
そのファランクスが、烙印を消すことを拒んでいる。
「……この烙印がついていたら狙われて当たり前、というのが、間違ってると思う。
確かにこの烙印は……みんなにとっては無理矢理押されたものだし、嫌な思い出がいっぱいあるのが普通だし、消せるって思ったらみんな消しちゃいたくなるッスよね。
でも、それと、狙われるから烙印を消さなきゃ、って、烙印がついてたら狙われて当然みたいな感じにつながりそうじゃないッスか?
えっと、うまく言えなくてごめんなさい。でも、その」
ガバッ、と頭を下げたファランクスは、
「ちょっと考え整理してくるっス!!」
と叫んで、部屋から出ていった。
「慕われているわね」
微笑むオクタヴィアに言われ、渋い顔をしてレイナートは頭をかいた。
「……今回は譲れないです。
誰一人襲われてほしくはない。我慢ならない。
……ファランは後で捕まえる。ほかの皆の烙印は、いまから順番に消していこう」
そう、レイナートが言うと、ファランクスに続く者はなく、皆素直にうなずいた。
◇ ◇ ◇
「あーーもう!!
若を困らせる気なかったのにっ!!」
1人、王城の中庭で、ファランクスは叫ぶ。
うっかり出してしまった大きな声に自分で恥ずかしくなって、植木にゴツンと頭突きしてみる。
折れないように加減しないと。
「いや、若の気持ちはわかるんスよ?
俺たちのためッスよね?
でも、やっぱ、その」
ファランクスは、無意識に自分の首筋の烙印に触れていた。
手触りだけでわかる、火傷の凸凹と、ただれ。
「簡単に、消したくないよ……」
木に体重をゆだねながら深くため息をつき、落ち込み続けるファランクス。
しかし、不意に「いだっ!?」鋭い痛みが背中に走った。
「え、なに………あれ、エレナちゃん?」
16歳の侯爵令嬢エレナ・オストラコンが、美貌になぜかたっぷりと怒りをのせて、ファランクスをにらみつけていた。
さっき痛かったのは、握りしめた扇子で思い切り背中を打たれたらしい。
「え、どした……の?」
「どうもこうもありませんわ!!!
ファランクス、どうしてさっきの集まりに、わたくしも呼んでくれませんの!?!?」
「………はい?」
「わたくしだって……がんばって、ノールトとの戦いに加わりましたわ。
それは、この前は何の役にも立てませんでした。
だけど……!!!!」
「…………え、でも、今回の件は転生者に関することで」
「それは、陛下も他人事ではないことですわね?
でしたら、れっきとした王妃候補のわたくしも、それを聞く資格があるのではなくて?」
「うーん。。。」
色々論理の飛躍があるのだけど、要は、大事な話を聞かせてもらえなくて悲しかったのだなこの子は、とファランクスは把握する。
何をどこまで話して良いか。迷いながら、ポリポリとほほをかいた。
「じゃ、ちょっと、オレの愚痴も一緒に聞いてくれる?」
◇ ◇ ◇




