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(27)復讐は用意周到に




 広い部屋の中には天蓋のついた大きなベッド。

 傍付きの侍女は一人だけおり、しかし、眠気に襲われたのか、椅子に座り眠り込んでいる。


 この時のテセウスはおかしいと気づくことなく、ベッドに近づいていった。


 暗い中、うすらあかりで見えるのは、白い楚々とした寝間着をまとい、ねむりについている女性の姿。

 横を向いて丸まり、顔がよく見えないが、耳からあごにかけてのラインだけでも、期待どおりの美女に成長しているように見える。


 しいて言えば子どもの頃よりも髪の色が濃くなっている気がするが、記憶など、さほどあてにはなるまい。


 テセウスは、ベッドの上にのぼり、眠る美女を逃がさないようにのしかかった。

 


 ……しかし、その時、窓の外で雲が流れ、隠れていた月が出た。

 さああっと、入り込む月光。

 テセウスは瞠目した。



(…………赤髪)



 美女の髪は記憶にないほど、真っ赤だった。王女の髪では、ない。

 何者だと問いかける間もなく、テセウスは再び(宰相グリトニルの身体だが)顔面に頭突きを食らうことになる。

 レイナート・バシレウスにくらわされたのとそっくりな頭突きを。


 布団越しに、眠れる美女がテセウスの(宰相の)局部を蹴り上げた。



「ぐ、ぅぅう!?」


「よりによってこの人の身体を使うとか、趣味悪すぎなんですけど」



 そこから何をどうされたのか何もわからないまま、テセウスは腕をとられ投げ飛ばされ、背中から床にたたきつけられた。



「……い、たい……なにを……するんだ、この僕に!!」

「夜這いにいらした殿方のセリフとしては、後世に残したいほど最高にダサいですね!」



 小鳥のようなかわいらしい声で言うので、罵倒だというのに一瞬聞きほれてしまう。


 立ち上がった美女は……いや美少女は、上半身には白い寝間着のようなシャツを着ていたが、下半身は、軍人がはくようなズボンだった。


 そんな恰好なのに、つややかに零れる長い赤髪も、白桃のような瑞々しい肌も、すらりと長い手足も、花弁のような唇も、緑の宝石のような瞳も、長いまつげも繊細な芸術品のような鼻も、すべてが。


(美しい……)


 見とれるほどに美しい。

 なんだ、こんな美少女が存在するなんて?



 ……欲しい。

 そう思ったテセウスは、ベッドの上に残していた“魔剣”を手に取った。

 どうにか屈服させて、隙あらば押し倒しモノにしたい。

 この期に及んで尽きない欲望が、テセウスを支えた。



「キミは何者だ?」


「私ですか、私は―――」少女は微笑んで続けた。「単なる(おとり)ですよ?」


「おと――――」



 聞き返そうとしたテセウスの後頭部を、重い鈍器のようなものが殴りつけた。



「!!??」

「あなたのお相手は、そちら」



 テセウスは振り返る。

 さっきまで眠っていた侍女が立ち上がり、古木のような太い杖を握りしめている。


 確かに服装は侍女のそれだったが、よくよく見るとオーラがまったく侍女のそれではない。

 豊かな胸と、派手な顔立ちの美女であり……。

 まとっている魔力が、とんでもない量だ。


 そう、元の身体の自分を上回りかねないほどの……。



「覚えていないんですか?」



 赤髪の美少女がそう煽る。

 テセウスは記憶を漁った。

 そう、誰かの面影がある気が――――。




「…………ア、アリアド……」



 最後まで名前を言わせず、かつてテセウスによって捨てられただけではなく奴隷に落とされた美女――――アリアドネ・グラは、再び杖を振るった。


 テセウスの(宰相の)身体が宙を飛んだ。



 壁に叩きつけられ、床に落ちる。

 手に取った“魔剣”は抜くこともできずに、抱え込んだままだった。



「ク、ソ……」



(なんでおまえがこんなところで、僕の前に立ちはだかるんだ!?

 死にぞこないの年増が……!!)



 あの時も、まだ22歳だったテセウスの将来を邪魔しようとした。

 唐突に激しい怒りを感じ、テセウスは“魔剣”を抜く。


 抜いた瞬間、違和感をおぼえた。軽い。魔力をほとんど放っていない。



「??……………!?」



 抜いた剣を見て、そして次に鞘を見た。

 剣の刃も柄も、そして、透かし彫りのような繊細な模様が入った鞘も、さっきまでのような黒ではない。

 美少女の赤髪のような、ルビーのような赤に染まっていたのだ。


 さらに柄についていた、今まで黒に埋もれて目立たなかった飾りの宝石が……少女の瞳のような、エメラルド色に変わっていた。



「お、おい……“魔剣”よ、どうしたんだよ」



 アリアドネと美少女の怪訝そうな顔もかまわず、テセウスは“魔剣”に話しかける。

 いつものように、こたえが返ってこない。



「どういうことだよ、なんでいま、なんでいまなんだよ!?」



(どうしていま――――主人を替えるんだ!?)



「あの、どうしたんですか……」



 美少女が、手を軽く上げる。

 その手のひらに、薄墨で描いたような紋様が浮かんでいるのが、テセウスの目に見えた。



「!!!!」



 驚きのあまり硬直したテセウス。

 その手から、剣と鞘が、それぞれ落ちた。



「……この女が……いや、もしかして、そもそも“魔剣”(おまえ)は、この女のもとに来るために……?」



 つい、考えをぶつぶつと呟き始めてしまうテセウス。



「ならばこれは…8年前から、おまえの……計画どおりなのか……? 僕を利用して……?」



 改めてアリアドネが杖を振りかざし、


「〈蜘蛛の糸(アラネウム)捕魂(アニマム・カピト)〉!!」


魔法でテセウスの魂を、宰相の身体から抜き取った。




   ◇ ◇ ◇




「お疲れ様ですアリアドネ。

 それから――――」



 ベルセルカが声をあげる。

 続き部屋の扉を開けて、顔をのぞかせたのは、いまのいままで気配を完全に断って潜んでいた、王女オクタヴィアだった。


 アリアドネは、糸でがんじがらめに捕らえられたテセウスの魂をくっつけた杖をベルセルカに預け、つかつかとオクタヴィアに近づく。


 そうして顔を上げてから、スカートのすそをつかみ丁寧に(カーテシー)をしながら頭を下げた。



「ありがとうございます、オクタヴィア王女様。

 ぶちのめす役を譲ってくださって」


「こちらこそ、ずっと助けられなくてごめんなさい。

 あなたたちの行方が追いきれなくて」


「いえ、このような機会をいただけたこと、心より感謝申し上げております。

 国王陛下に引き渡したうえで、きっちりと、今までの罪を明らかにして裁いていただこうと思います」



 レイナートに対してとは打って変わって丁寧な言葉だった。



「さて、私は表向きまだ謹慎中です。

 兄の身体を部屋まで運んでから失礼いたしますね」


「待って。

 宰相の身体、だいぶ2人に殴られたのでしょう。

 私が治癒魔法をかけるわ」


「―――すみません、、、積み重なる日ごろの恨みがつい出てしまい」



 苦笑しながら、ベルセルカは床に転がる、真っ赤に染まった剣と鞘を拾い上げた。

 あれ?先ほどは真っ黒だった気がするのだけど……そう思いながら両方を手に取る。

 鞘に剣をおさめ、なにげなく先ほどまで鞘を握っていた手を見て、



(……!?)驚愕した。



 凹凸の透かし彫りのある鞘を握ってついた、その跡は……ベルセルカの手のひらに産まれつきある紋様と、酷似して見えた。



   ◇ ◇ ◇

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