(23)どんなに魔法が使えようが
◇ ◇ ◇
「――――海賊どもが、ようやく来たか」
テセウスの腰の黒い“魔剣”が震えた。
思った以上に早く、夜のうちにカバルスにたどり着く海賊たちの気配をつかみ、テセウスはにんまりと笑う。
「さぁ、上から爆裂魔法をどんどん落としていこうか」
テセウスは剣を抜き、その黒い刃に魔力を集めはじめた。
しかし。何時間も空中にて際限なく羽ばたいて静止させられていたペガサスは、すでに息も絶え絶えで、空中をふらついている。
ぐらぐら安定しないペガサスに、テセウスは舌打ちした。
「おい、何だよ、この駄馬が。
しつけがなってないじゃないか」
ペガサスのたてがみをつかむ。
悲鳴のような声をあげ、テセウスを振り落とそうとするペガサス。
「こ、こいつ!?」
完全な自業自得ながらペガサスに振り落とされ、テセウスは真っ逆さまに地面に落ちていく。
「嘘、うそ、だろ!?
――――なんとかしてくれ!!」
地面が迫ってくる。目がくらくらする。
抜いた“魔剣”を握りしめ、願う、懇願する。
頭頂部から地面に落ちた。
……ド、グォォォォォォォォォォオオオンン………
“魔剣”の放つ光に守られ、頭は砕けずに済み、命を失いはしなかった。
しなかったが……
その分、味わったことがないほどの激痛がテセウスの頭を襲った。
「い、い、い………たあ………………!!!!」
痛い! 痛い痛い痛い痛い!!!!
頭をぶつけたのは土の地面なのに、大きな巌でぶん殴られたように、痛い!!!
「なんでこの僕が、こんな目に遭わなければならないんだぁ!!!」
その理由を教えてくれる人間は、とうの昔に彼のそばに誰一人いない。
「………クソ、クソ……!!!」
さっきまでは町の真上にいたというのに、あのペガサスのせいか、城壁に囲まれた町の、外に落ちてしまったようだ。
せめて自分が落ちたことで、町がめちゃくちゃになったり大勢が死んでいればスッとしたのに、と、テセウスは心中で悔しがる。
「まぁ、いい。これからめちゃくちゃにすれば済むことだ」
落ちた時に手放してしまった“魔剣”を、拾う。
夜の闇に溶ける真っ黒な剣だが、いまはうっすらと光を放っていた。
「改めて爆裂魔法だ―――
〈深噴火、二十連撃〉!!!」
火山の噴火を模した巨大な炎の球が城壁目掛け走っていく。
剣から次々次々に出てくる炎の球は全部で二十個。
からめとるように城壁を、町を、あらゆる角度から襲い。
―――一斉に爆発した。
「ひゃあっはぁぁあああああっっ!!! やってやったぞ!!!」
自分のところまで反動で帰ってくる爆風に、思わずテセウスは吠えた。
ここまでの苦労(9割自分のせい)が報われるような心地に、天に向けて拳を突き上げる。
しかし。
二十連撃の爆発の後、風が炎と煙を吹き流すと……テセウスは目を疑った。
「城壁が……まったく傷ついていない……?」
一切崩れていない。
まさか、町の中までも無傷だというのか?
「むにゃー。
もっと無敵の人っぽい特攻テロするかと思ったにゃー。
全然拍子抜けにゃ」
「………なっ!?」
ものすごくテセウスをバカにするような声が下のほうから聞こえ、テセウスは、きょろきょろと見まわす。
“魔剣”の光が強くなり、あたりを少し照らした。
そしてようやくその声の主が、地面でバカにしたように毛づくろいをしている黒猫だということに気が付いたのだ。
―――カバルス軍幹部、異世界人から転生した黒猫ナルキッソスである。
「……ば、バカにするなよ!?」
きっと遠すぎたせいだ。そうに違いない。もっと近づけば。
テセウスはそう自分に言い聞かせながら、走って、町の城壁に近づいた。
地図では、ここがレイナート・バシレウスの城、カバルス城がある町だ。
こここそ一番めちゃくちゃにしなければ。
「〈深噴火、三十連撃〉!!!」
今度は炎の球を三十個、すべて城壁の上から投げ込む軌道にしてみた……。
しかし炎は、恐ろしいことに、城壁よりもずっと高い位置で爆発しつつも、爆風が外にすべて向いているのだ。
「………結界だと?」
「正解にゃ」むかつく猫が、意外と近くまで来ていた。
「もっとなりふり構わず来ると思っていたから、みんな全力で警戒していたにゃ。
おまえの位置はずっと把握していたから、もっと早く攻撃しても対処できたけど、時間の余裕があったからもっと楽だったにゃ」
「クソ……!!! ならば、氷魔法ならどうだ!?
〈破壊氷〉!!」
氷の大きな岩をいくつも作り出して城壁にぶつける。びくともしない。
「……クソ、だったら水攻めか!」
「いい加減あきらめるにゃ」
「おまえ、猫のくせに!!」
「おまえの動向は全部把握しているということの意味がわからないにゃ?」
「……は?」
「どうして、おまえの位置も何をしようとしているかもわかっていて、オレしかここにいないかわかってないにゃ?」
「どうしてって……この、この僕を恐れてだろう?」
「恐れてたって、陛下が命じれば命がけで応じるにゃ。それがカバルス軍にゃ」
何か合図をするように、黒猫がしっぽをブン、とタテに振った。
すると「!!」四方八方どこから来たのかわからない矢が立て続けにカカカカカッ!とテセウスの足元の地面に、すれすれに刺さっていく。
「おまえのちからと性格をつかんだうえで、陛下がみんなに命じているにゃ。
死なないように戦えと」
「また、矢か!? ひ、卑怯だろう!?」
「死なないように戦う、という勝ち方を選べるほどオレたちに余裕があるということにゃ。
敵が、自分の独断で仲間を置いてきぼりにするアホすぎたせいにゃ」
「!」
「おまえの力ならもっと脅威になったはずなのにゃ。
でも、仲間を切り捨てて一人になったおまえは、召喚したモンスターたちも大事にできないおまえは、どんなに魔法を使えようが、まったく何にも怖くないにゃ」
「うるさい――――〈噴火〉!!!」
「〈大楯〉!!」
テセウスは猫にも容赦なく爆裂魔法をぶつけるが、あっさりとナルキッソスの魔法に阻まれる。
「……おまえ、王族しか使えない上級魔法をつかえるだと…!?」
「ああ、普段は魔力が足りなくて使えないにゃ。でもいまは」
「――――くそっ」
何か手はないのか。そうだ。そろそろ、海賊たちが来るはずだ!
テセウスは、城壁の反対方向を見た。
暗闇だ。月明りや星明り程度だ。
しかし、海面に、かがり火を焚いた船が見えた。
「……ばかめ、もう海賊は来ているぞ!!」
テセウスが叫んだ時。
海賊船から、恐ろしい金属の球が飛び、着弾した地面で爆発して大きくえぐった。
「――――どうだ、思い知ったか!!
南の帝国から海賊どもが略奪した火薬武器だ!!!」




