(21)急襲
◇ ◇ ◇
船を曳くヒッポカムポスたちは、まるで急流を下るような恐ろしい速さで西へ走り続けた。
テセウスはその舳先で満足げに水面を見つめ、まるですでに世界を手にしたような締まりのない笑みを浮かべていた。
まる1日かかるはずの距離を瞬く間に走り切り、なんと日没まで余裕をもって、カバルスのとなりであるアングイス公爵領の海岸線に達していた。
カバルス公爵領の海岸線は、泳ぐのにも適した遠浅の砂浜が長く続いていて、大きな船を接岸できるポイントは意外と少ない。
テセウスの配下の兵士たちは、主の恐ろしさから地図を完璧に頭に叩き込んであったし、船はその箇所まで行くのだと思いこんでいた。
しかし。
「―――さあ、ここから上がるぞ」
主がそう叫んだのは、日没を迎えようとする時間、そして場所はカバルスよりも5ミッレ(約7.4km)も手前の岸壁であった。
「どういうことですか!?
カバルスはまだ先では!?」
「カバルスの海岸は警戒されているに決まっているだろうが。
人目につかないここから上がり、アングイスを荒らしながら、カバルスに入るんだよ」
そんなこと何も言わないのに、兵士が岸壁をのぼる装備を準備しているとでも思っていたのだろうか。
もちろん、誰もそんなものは持っていない。誰も。
「―――恐れながら、陛下」
疲弊を顔ににじませた一人の兵が、テセウスの前にひざまずいて、頭を船の甲板に擦りつけた。
心底うんざりしていたが、どうにかこらえ、切々と訴える。
「……我々の足りない知恵では、陛下のご見識にははるか及ばず。
皆、陛下のお考えをくみ取ることができずおります。
この先、陛下の足手まといとならぬよう、お考えの計画を、お話しくださいませ」
テセウスは先のことを何も話さない。
自分ひとりで、直前まで何も言わなかったことを決定事項として突きつけ、兵たちを振り回してきた。
しかも、今回は身内のみならず、同盟を組んでくれた海賊たちにも失礼なことをした。
確かに使う魔法は素晴らしいが、せめて考えを、少し先のことを、どうして教えてくれないのか。
「なぜ僕のほうが、おまえたち無能のバカに合わせなければならないんだ?」
しかし、テセウスは、必死に訴えた兵士の頭を踏みつけた。
「ですから、陛下のお邪魔になりたくはないと……!!」
「一から十まで言わないと僕の考えていることがわからないと?」
乱暴に兵士の身体を蹴りつけ、踏みつける。
「―――まぁいい。
おまえたち無能は、遅れて来ることをゆるしてやろう。
僕はレグヌムに戻れて、機嫌がいいんだ」
テセウスは、船の舳先に結び付けたヒッポカムポスの手綱を1頭分ほどく。
そのヒッポカムポスは、蛇のように細長く鱗のある身体を弾ませて、船の上に跳びあがった。
テセウスは当たり前のようにその背にまたがると、ヒッポカムポスはえげつない声で嘶いて、岸壁を軽々超えていった。
「お、おひとりで行かれるのですか?」
「そんなわけがないだろう?」
再びテセウスは魔剣を抜き、何事か詠唱をする。
すると、海からボコボコと、不気味な泡が浮かび始め……
奇声を発した、大きな大きな魚の頭をした化け物たちが、ぴょい、ぴょいと船に跳ね上がってきた。
「サ……サハギン!?」
「サハギンも召喚できるのですか!?」
魚の頭と、鱗で覆われたたくましい身体、強靭な手足をそなえた海のモンスターである。
人間よりもひとまわり以上も大きなサハギンたちは、手に手に、牙のような三叉の槍と鱗模様の楯を持ち、テセウスのあとを追って、恐ろしいジャンプ力で岸壁へ駆けあがっていく。
見る間に彼らは増えていき、ざっと150頭以上は、テセウスのそばに上がっていっただろうか。
召喚したモンスターたちとはいえ、それは、確かにひとつの軍であった。
サハギンはそれほど知能の高いモンスターではないのだが、テセウスの前に、綺麗にひざまずいたのだ。
それをみたテセウスは、満足そうに笑った。
「―――さぁ、城を奪って、略奪の限りを尽くすぞ、兵たちよ!」
ヒッポカムポスは魚の形から足を四つ足へと変異させる。
テセウスが進軍を合図しようとした、その時。
テセウスの乗ったヒッポカムポスの頭を、鋭い矢が貫通する。
「……なんだ!?」
いっしゅんうろたえたテセウスとサハギンたちに、矢の雨が降り注いだ。
「!!!」
カバルスから? 否。
矢は、南から、つまり海から彼らに降り注いでいる。
「船―――船か!?」
船に乗って、待ち構えていた者たちがいたというのか??
サハギンたちは楯で防ぐ。
しかし、その矢は、楯すら貫通してサハギンたちに届いていく。
崖の上から、サハギンたちはボロボロと海へと倒れて落ちていく……。
それにしても……強化魔法のかかった矢、だと!?
(そんなもの、聞いていない!!)
――――そう、テセウスは聞いていなかった。
もしもテセウスが、進言をする者や報告者を安易に殺したりしなければ、彼の耳にも入っただろう。
カバルス軍の魔弓騎兵隊が、恐ろしい矢を放つことを。
どこだ、どこだ。
日が暮れ、すでに視界がぼんやりとする中、海中に浮かぶ、それほど大きくない舟を2隻見つけた。
小さい。
櫂だけはたくさんあるが、軍船とはとても思えないほど小さい舟だ。
そして、その舟に乗って矢をつがえているのは……目を疑ったが、全員が女たちだった。
少女から老女まで、良くは見えないが恐ろしいほどの早さで矢をつがえては射ち続ける。
(………ふざけるな!!)
テセウスは、その舟に、魔剣を向けた。
10月15日夜更新です。
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