(11)ノールト軍の動き
◇ ◇ ◇
ノールト側。
先日からレグヌムとの国境におかれた兵たちの士気は急速に下がりつつあった。
当初の士気は決して低くはなかった。
平和主義の女王フィリが追放され、好戦的な王配テセウスが王位についたことを、一番喜んでいたのは兵士たちだった。
「腰抜けの女王がいなくなって、最高の気分だぜ!」
「レグヌムなんぞ、さっさと攻め取っちまえ!!」
「英雄テセウス様についていけば、間違いはねぇ!!」
兵士たちはそんな気勢をあげては酒を酌み交わした。
戦争があるから懐が潤い、手柄が立てられ、立身出世への道が開ける。
兵士たちにとって戦争は生きる手段であり、生き甲斐であり楽しみであり、夢への道でもあった。
もちろん、その過程で他者を踏みにじり命を奪い不幸を撒き散らすことも、彼らは承知の上である。
春の戦いでは完膚なきまでに敗れ、領地を奪われ、多くの兵が死んだ。
その戦いに出ていた者たちは、また近年レグヌムとの戦争に出た者は、怯えて言った。
“レグヌム王は、恐ろしい化け物を飼っている”
“二度と、あいつらとは戦いたくない”
彼らの助言を、今回集まった兵たちは鼻で笑い飛ばした。
しかし……実際、国境沿いに留められて、兵は、戸惑った。
本格的な攻撃命令が下らない。
国境にはつい先日の戦いのあとに真新しい壁が作られ、攻めいる隙がない。
どう壁を壊し、攻め入るか。
足留めされた兵たちには、具体的な戦略が何も提示されない。
「もしかして、俺たち、オトリなんじゃね?」
誰かがそう呟き、そうかもしれないとみんなが信じ始める。
待機させられている間の食事も寝床もひどいもので、給金がもらえるのだと思わなければ皆やっていられなかった。
彼らは理解していない。
食糧も、給金の原資となる金も、『戦争さえすれば手に入る』ものではないということを。
女王が平和主義に見えたのは、慎重に犠牲を少なくするために戦うべきか否かを見極めてきたから。そして戦地に物資を十分に補給できるか、勝てたとしても無用に人死にが多くないかを吟味していたからだということを。
英雄扱いされてきた王配テセウスの名声は、味方の命を一顧だにせず、戦場に大きな負担と犠牲を強いた上でのものであったことを。
彼らは理解せず、その時を待っていた。
◇ ◇ ◇
「――――国境にある以外のノールト軍は……東に一部、動いただけか」
王城に戻ったレイナートは、執務室で、各所からの連絡を受け取っていた。
ベルセルカの開発した通信用の魔道具の鏡は非常に便利だ。
各地にとんだ間諜たちと、一対の魔鏡を介して報告を受けられ、指示を出せる。
『東?』
鏡を介して会話していたネフェルから、疑問の声が出る。
『タウルス、ティグリス、クニクルス……といった、レグヌムの東の辺境の地から攻め込もうとしているということでしょうか?
ずいぶんとモンスターの多い地帯ですわね』
「……という予備知識がない人間ならやりかねんが、さすがにテセウスは、8年前まで我が国にいた人間だからな……」
『興味のないことはまるで知らない大人も多いですわよ?
………というのはおいておいて、その地帯をさらに迂回することを考えているかもしれませんわね』
「徒歩でどれぐらいかかる?
食糧がもつのか?」
『実行したら、白骨で街道ができますかしら』
そういってネフェルは鏡の向こうで笑った。
母親になったら丸くなる、とか、本能的に母性が芽生える、などと人は言うが、
(たぶん嘘だな)
と、少なくともカバルス軍の子持ち女性たちを見る限りレイナートは思う。
実際ネフェルが率いる戦は、ベルセルカが率いる時と同じぐらい敵の死者が多い。
「……友軍の確保の可能性は」
ノールトの西側の国は、大なり小なりカバルスと付き合いのある国々だ。
もし、ノールトが同盟をくむとしたら東……と思ったが。
『ノールトの東は、……山脈と荒野の地帯を越えると、ゲア大陸の東端に至りますわね』
「海、だな」
『その山脈のふもとに湖が。
そしてそこから大河が伸び、ゲア大陸の南側の海へと流れ込んでいますわ』
海……か。
不意に、レイナートは思い出した。
「――――――海賊」
『陛下?』
「ローレンシウス帝国とカバルス軍とでここ十数年、海賊を討伐して数を減らしてきたよな?
けれど、根絶しきってはいない。
どうも、どこかに安全な根城をつくっているように、感じていたんだ」
『海賊がゲア大陸の東にいるのだと?』
「たとえば、普段、大河をさかのぼった湖の付近に海賊たちが潜伏しているとしたらどうだ?」
『ない考えではない、とは思いますわ。
できれば、早々に確かめたいところですけれども』
しかし、間諜をそちらに送るにも時間がかかる。
できるだけ早く、この仮説を確認するにはどうすればいいか。
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