(9)女王の好意
◇ ◇ ◇
「……その後、いかがですか?」
「! レイか」
国境線沿い、レグヌム側の陣。
王都から、転移魔法と駿馬ポダルゴスを駆使して、またもラットゥスまでやってきたレイナート。
テントの中に入り、ノールト女王に声をかけると、女王フィリは、驚きの表情を浮かべた。
レイナートも甲冑だが、フィリも、この暑いのに鎧をきちんと着込んでいる。
起きているうちは、いつ何が起きても動けるように、というだろうことか。
「すまぬ、この前は。
知らぬ間に魔法をかけられていたのだと、起きてからイヅルに知らされた」
「いえ、お気になさらないでください。
その本は、イヅルからですか?」
彼女の手元にある本を見てレイナートが問うと、フィリはわずかに微笑み、うなずいた。
切りそろえられた髪が、肩の上で揺れる。
「平易な文章で、読んだこともない物語がたくさん書かれていて、とても面白い」
彼女が笑むと、釣り目ぎみの目が妙にかわいらしくなり、年よりもぐっと幼い印象になるのが不思議だ。
イヅルは、有り余る時間にせめてもの心の慰めをと思って本を貸したのか、あるいは即興で女王のために作ったのだろうか。
そういえばレイナートの子供の頃にも、イヅルはよく、自分がいた異世界の物語を思い出せるだけ思い出して、手書きの本を作ってくれたものだ。懐かしい。
レイナートは、フィリに向かい合うように椅子に座る。
フィリは軽く居ずまいを正した。
「……それにしても、レイ・アースガルズ。
こんなに短い期間で王都まで往復してきたのか?
レグヌムは決して小さい国ではない。
国境から王都まで馬でも数日はかかるであろう?」
「良い馬に乗っておりますので」
転移魔法のことは伏せて、レイナートも笑んでみせる。
演技はさほど得意ではないのだが、異国に1人とらわれ、女王は不安だろう。
極力、仏頂面にはならないように。
そう思ってのことだったが、フィリは一瞬息をのんでこちらを見つめ、なぜか急に顔を伏せる。彼女の耳がなぜか赤い。
やっぱり俺が微笑んでも限界があったな……と、イヅルとの顔面偏差値の差を呪うレイナートだった。
いや、いまさらな話だ。そこは気を取り直していこう。
「身の回りに、何か不自由はありませんか」
「ない。皆にはよくしてもらっている。
レグヌム国王には報告をしたのだろう?
何かおっしゃっていたか?」
「ええ。
……女王陛下の意図は理解した。
こちらもノールト民を虐殺する気も、ノールトを亡ぼすつもりもない。
だが、死者の数をどれだけ抑えられるかは、こちらがどれだけ余裕をもって勝利できるかにかかっている。
ゆえにこちらからの質問に、正確に答えていただきたい
――――と、このように」
「書簡ではなく、記憶してきたのか?」
フィリが目を丸くする。
しまった。すらすら言い過ぎたか。
「……ええ、書簡では、時間がかかるうえ、奪われれば内容が漏れてしまいますので。
すべて頭に叩き込めばよい話です」
「そ、そうか………記憶力が良いな。
それにしてもレイは、若くして、国王からの信頼を勝ち取っているのだな」
「ま、まぁ、そうですね」
(帝国の使節は帰国した。もう、国王本人ですと名乗ってしまっても問題はないか?)
そうも思ったレイナートだったが。
不意にフィリは寂しげに微笑む。
「……陛下?」
「身分や家柄もあるとはいえ、レイは、実力で認められたのであろう?
同じ年でも、ただ、その位置にいたというだけで国王になった私とは、大違いだ。
素晴らしいな」
「……ありがとうございます、と言いづらい言い方をしないでください」
つい、ベルセルカのような言い回しで応えると、ぷっ、とフィリが吹き出した。
「ふふ。すまぬ。
本当にそのとおりだ。
いや、己を卑下したかったのではない。
ただレイはすごいと誉めたかっただけなのだ」
「……まぁ、そうでしたら、お受け取りしましょう。ありがとうございます」
「無礼だなおぬし」そう言いながら、楽しげにふふふふと、フィリは笑った。
最初の時の印象よりも、だいぶ柔らかい。
レイナートにも心を許してきたと考えて良いのだろうか?
しかし、少し笑ったのち、フィリは、不安げに目を伏せた。
長いまつげが、そっと陰を落とす。
「――――では私は、まだレグヌム国王には会えないのだろうか?」
「我が国王陛下は、フィリ女王陛下のご意見が最も必要なのはこの国境の地であると考えております。
ゆえにしばらくは、女王陛下にはここにいていただきたく」
これは本音である。
必要な箇所に都度転移魔法で連れていくわけにもいかない。
「なるほど、考えあってのことか。
おぬしの主を疑うようなことを申して、すまない」
「いいえ」
「質問があると申したな。
レグヌム国王は、何を聞きたいと?」
「いくつかございます。
まず、ノールトの正確な戦闘力。
――――いえ、まずはいまの、テセウスの正確な力を教えていただけますでしょうか?」
「……夫の、か」
「テセウスが女王陛下の身体を使い、こちらを挑発してきた際、ノールトに来てから強くなった……と申しておりましたので。
あの男にしては珍しく鍛練や修行などしたのか、それとも、実戦で力をつけたのか」
「すまない。
我々の落ち度だ」
「陛下?」
「あんな男に―――国の宝を、“魔剣”を渡してしまった、私たちのせいだ」
「――――魔剣?」
女王はうなずいた。
「王家に伝わる秘宝で、魔鋼の剣を、唯一無二の秘密の製法で鍛え作ったものだ。
魔力量の増大、魔力の出力量の増幅、それに、持つだけで魔法の技術が上がる」
「そんなものが?」
要は、剣を魔道具にしたものということか?
レイナートは少なくとも聞いたことがない。
オクタヴィアなら知っているだろうか?
あるいは配下の、この世界からの転生者たちなら。
「夫は、政略結婚直後にレグヌム攻めの提案を行い、見事成功させて、先代の王である父と臣下の心をつかんだ。
それ以降も、対外的に積極的に戦争をしかけては領土をうまく広げ……民衆からも支持をされるようになった。
――――魔剣は、本来ならば、歴代国王が即位した際に前の王から継承されるのだが」
「テセウスに奪われたと?」
「いや。
『陛下はもはや陣頭には出ないのだから、実際に戦うテセウス様にお渡ししておくべきです』
という奸臣の言葉にのって、父が、自分が死ぬはるか前に夫に渡してしまったのだ」




