(4)8年前の婚約破棄
◇ ◇ ◇
――――ノールト王国 首都 王宮
「……殿下!!
テセウス殿下!!」
王宮の廊下を、ある人物を目指して走る騎士。
彼の私室の扉を、バンと開くと、多くの美姫の中心にいた男が、鬱陶しそうに舌打ちをした。
「うるさいなぁ」
言いながら、男はお気に入りの美女の弾力あふれる膨らみから手を離さない。
髪はやや淡めの金髪、薄い水色の瞳。
顔立ちはかなりの美形と言って良い。
どこか、征魔大王国のオクタヴィア王女やユリウス王子に似ていた。
ただ、若づくりではあったが、30代も半ばをすぎている歳であるのは確実だった。
「じょ、女王陛下が……」
立ち上がった男は、平伏しながら報告する騎士の腹に思いきり蹴りを入れる。
「ぐ!!!!」
「元女王だろう?
言葉は正しくつかいなさい」
「は、はぁ……申し訳ございません、で、殿下……。
も、元女王さまが、その、……レグヌムにて捕らえられたようにございます」
「フフン、そんなことかぁ」
男は再度、騎士に蹴りを入れる。
「予定どおりのことだ。
わざわざ報告してくるなよ。
酒が不味くなる」
「は、ハハッ」
無事に報告が終わった、と安堵した騎士がその場から去ろうとすると、
「あ、おまえ、もうひとつ言葉を間違えていたねぇ?」
「は? え、ええと」
「殿下、じゃなく、陛下、だろう?」
男が手のひらの上に、魔力の火球をつくりだしているのを認めたとき、騎士は悲鳴をあげて駆け出した。
部屋を出て廊下を走るその背に、無情にもあっさりと追いついた火の玉は、その火力で騎士の身体を焼きつくしていくのだった。
「――――いやぁ、興が醒めた。
ベッドに行こうか」
目の前で人が焼かれ怯える女たちの様子を見て楽しむように、男は、美姫たちに声をかける。
震えながら女たちはひきつった笑顔をつくり、続き部屋にある、ベッドに向かう。
満足した顔で男は、お気に入りの娘のドレスを引き裂いた。
――――欲しいものは、残さず手に入れる。
女たちの身体をむさぼりながら男は、8年前にただひとり自分を袖にした、13歳の少女のことを思い返していた。
男の名は、テセウス・プリームス・ドゥ・セルクイユ。
レグヌム王佐公爵家第1位フェレス公爵プリームス家の長男であり、オクタヴィアの元婚約者。
そして彼は今、ノールト王国の国王の座を奪い取ろうとしていた。
◇ ◇ ◇
テセウス・プリームス。
王佐公爵家第1位、フェレス公爵をつとめるプリームス家の長男に生まれた彼は、若い頃から端麗な容姿で次々と女性を魅了していた。
しかし、彼が22歳となった15年前、思わぬ罠が待っていた。
王佐公爵家第3位、タウルス公爵をつとめるグラ家の、当時14歳であった令嬢アリアドネに手を出したことが発覚してしまった。
彼はここで、結婚を回避するために悪魔的手段を取る。
『アリアドネは、僕にだけ明かすといって、前世の記憶の話をしました。
彼女は、転生者だったのです』
そう、まことしやかに国教会に訴えたのである。
目論見どおり、アリアドネは転生者裁判で有罪となり、奴隷として売られていき、テセウスは結婚を回避したのだった。
危機を脱したテセウスは、次第に万能感を抱き始める。
それから7年後、巧妙に国王や宰相にとりいったテセウスは、当時13歳だった王女オクタヴィアとの婚約にまでこぎつけたのだった。
女という女を粗雑に扱ってきたテセウスだったが、オクタヴィアのその美貌と愛らしさにだけは、心を奪われていた。
少なくとも、16歳も下の彼女にだけは本気だったと、テセウスは思っている。
だから…………あの屈辱は、今でも覚えている。
『国王陛下。
これが、この10年でテセウス・プリームス様が起こされた問題ですわ』
突然、国の中枢の者たちが集まる枢密会議に呼び出されたかと思うと、その場で、13歳のオクタヴィアが自分の配下の間諜に調べさせたテセウスの過去を、全員にさらしあげた。
『……特にこちら、気になりますわ。
タウルス公爵令嬢の告発以来、テセウス様が若い女性を告発する例がこんなにも続いているのです。
これは、果たして偶然と言えるのか、皆様、どうお思いになりますか?』
テセウスは、アリアドネの件の成功に味をしめ、同じように、別れたいのに手が切れない女を手軽に棄てられる方法として、転生者であると密告しては奴隷におとしていた。
それを、オクタヴィアは、見抜いたのだ。
見抜いたものの――――当時の枢密会議の面々はこれを握りつぶし、“神判”を撤回しなかった。
国教会に対決姿勢を見せていた“剣聖大将軍”カバルス公爵がこの頃戦場に出ており枢密会議に不在だったのが幸いした。
国教会は、自らのあやまちを決して認めず、テセウスもそれに便乗すればよかったのだ。
しかし、婚約は当然のごとく白紙に。
さらにテセウスの父は、息子の所業に怒り、テセウスを跡継ぎとはしないことを希望した。
――――結果、ちょうどその頃ノールトから持ちかけられた、王女との政略結婚の相手としてテセウスが選ばれ、厄介払いのように隣国へ送られることになったのであった。
(……第8位のカバルス公爵ごときが、国王だって?
序列で言えば、王佐公第1位のフェレス公爵家長男の僕が、国王になるはずじゃないのか)
(こともあろうにその国王とやらが、王国の二大美女を2人ともはべらせて、どっちが王妃になるかと噂されてるだって?
しかもその1人は、オクタヴィア?)
――――ちがう。それは全部、僕のものだ。
◇ ◇ ◇
征魔大王国レグヌム、北の辺境ラットゥス。
ノールトとの国境付近。
……本来ならネフェルを取り急ぎノールト国境に送って、守備を固めたいところであったが、まだ帝国からの使節団は滞在中だ。ネフェルはすぐには動けない。
かわりにカバルス軍総長イヅルに、国王親衛隊の精鋭および王都に置いていた遊軍500をつけて、国境にはりつけた。
そして、その国境に、レイナートは単身来ていた。
「いらっしゃって大丈夫だったのですか?
まだ使節団の皆様はいらっしゃるのでしょう?」
総長イヅルに問われ、ふぅ、とレイナートはため息をつく。
「今日はオクタヴィアが相手をしてくれている。
ようやく時間がとれたので、俺1人だけ、転移魔法でこっちに来られたんだ」
「よほどにお忙しいのですね、へい…」むぐ。
陛下、と言いかけたイヅルの口を、レイナートはふさいだ。
「……国際問題になるから。
絶対に、俺がここにいることをばらすんじゃないぞ。箝口令を徹底してくれ」
「女王様とは偽名でお会いすることになりますが、それで良いのですか?」
「かまわん。それであとから騙されたと文句を言うような人間なら、王としても器が知れている。
レイ・アースガルズ、宰相の弟だと名乗って会うなら立場的にも問題ないだろう?」
「……まぁ、聞く人間が聞けばすぐにわかりそうな偽名ではありますが」
イヅルに案内された先には、簡易なテントがあった。
中に入ると、鎧で武装した、騎士のような姿の女が、姿勢の良い座りかたで椅子にかけ、2人を待っていた。
レイナートは、まずはひざまずく。
「ノールト国王陛下。
お初にお目にかかります。
レグヌム宰相の弟、レイ・アースガルズと申します」
「私がノールト国王、フィリ・ドゥ・セルクイユだ。
ご足労をおかけした」
口調に合わない透き通った少女のような声で、女王は名乗る。
ピンクゴールドに輝く長い髪は肩で切りそろえられ、ややつり目ぎみの眼差しは、強くレイナートを見据えた。
小さな唇を頼りなげにかみしめて、不安を押し隠しているように見える。
ノールトはレグヌムとは違い、女も当たり前のように王位につく。
フィリ女王は、3年前に先代国王が亡くなり、王位についたというが、予想以上に若い。
8年前に結婚したはずなのでレイナートよりいくつか歳上であろうとおもっていたが、同い年ぐらいに見えた。




