(16)イヅルの予言
◇ ◇ ◇
――――再び、この世ならぬ空間の、漆黒のベッドの上。
寝そべって、水晶玉を見つめている黒髪の女悪魔に、
「ただいま」
寄り添うようにベッドにもどってきたのは、ユリウス王子だった。
「なぁに。
僕がいない間も見ていたの?」
女悪魔は、こくりとうなずく。
「レイナートたちは見れないからねぇ。
あ、あの娘か」
水晶玉の中では、青髪の少女と、それよりも一回り身体の大きな青髪の人物が闘っていた。
レイナートの世話係だったイヅル・トマホークのことはユリウスも昔から知っている。
イヅルは拳足で闘い、少女は人とも思えない動きに、手足を大きく変異させ鋭い爪で斬りかかる。
だがその刃を防御するのにイヅルはもはや魔法すら使っていない。
手足の防御ですべてをはねのけているのだ。
「雛型と複製の闘い。
面白いね。全然動きが違う」
イヅルの動きは、明らかに何かの武道を達人レベルで修めたもの。
ユリウスは徒手格闘には素人だったが、その素人目にも、効率的で攻守ともに手堅い動きだとわかる。
一方で少女の動きは、身体に宿った悪魔の力で無理矢理動かしているようなもの。
確かに地の身体の魔力は互角で、悪魔が宿った少女の方がそこからさらに魔力が上積みされているはずだ。
だが、明らかに疲弊していくのは少女の方だった。
――――同じ身体というだけでは、遺伝子が同じというだけでは、イヅルがつけた技術や重ねた鍛練は、少女の方には引き継がれなかったのだ。
少女が何か、イヅルに向けて火の玉を撃つ。
あっさりとイヅルはそれを手のひらから放つ光の楯で受け止め、かき消してしまう。
万策つきた少女がイヅルに掴みかかり、軽々とつかまって、絞め落とされた。
「付け焼き刃で身につけさせた魔法も、簡単に敗れたみたいだけど。
複製でお手軽に、なんて、さらにあさはかだったよねぇ」
ユリウスはフフッと笑い、水晶玉の中の光景を消した。
◇ ◇ ◇
「――――――イヅル、終わったか?」
「ええ。時間がかかり申しわけございません。
援護に間に合わなかったようで」
「シスターの案内のおかげで、どうにかぎりぎり太陽がのぼるまえに悪魔は掃討しきった。
……で、それは?」
馬に乗るイヅルの膝には、3歳ほどに見える幼女が眠りについていた。
ただし、その身体からのびる右腕だけが、大人の男のもののように、ひどく長すぎる。
「……色々問いただしたかったのですが。
この子の身体についた悪魔の力を完全に祓うと、こうなってしまいました」
「3年前からつくられたなら、本当なら3歳にもなっていない歳だものな……」
レイナートはため息ひとつついて、シスターへ目をやる。
シスターは目を丸くしてしばし幼女を見つめたあと、首を横に振り、
「……悪魔にとりつかれ利用されたとはいえ、幼子の無垢なる魂を、神は奪えとは申しませんわ」
そう言った。
レイナートは手を伸ばし、イヅルの膝の幼児の腕に魔法をかける。
とたんに、その腕は、もう反対側の腕と同じ大きさまで縮んでおさまった。
「…………イヅルにまかせる」
「ありがとうございます」
「早々に戻るぞ。
シスターを教会で下ろしたら、俺はシーミア城にいって領主代行に会い、これからのことを協議してくる。
ファランクス同行しろ」
「うっす!」
明るくなり始める荒野を、三騎がかける。
幼児を抱き抱えたまま並走していたイヅルは、「あの」と、レイナートに話しかける。
「あまりベルセルカ様の処分を重くしないで頂けませんでしょうか?
もとはといえば、すべて3年前のおれが原因。
ベルセルカ様はその遺恨を、すべてひとりで背負われるおつもりで」
「ひとりで背負えないものを背負おうとして派手に落とした。
それがあいつが今回やったことだ」
「しかし」
「処分には私情は入れん」
もうそれで話は終わり、と言いたげに、レイナートは馬の速さをあげた。
王国最速の馬ポダルゴスと王国最速の乗り手がペースを上げると、それだけで追い付けなくなる。イヅルはため息をついた。
「……うーん。うまくいかないッスね」
イヅルに並走したファランクスが、そう漏らした。
「今回のことも、イヅル先輩のせいじゃないッスよ。
わけーな、っつーか。青いな、っつーか。痛々しい、っつーか。
………まぁ、若が国王じゃなかったら、一領主のままだったら、もっと話は簡単だったんでしょうけど」
「……そういう話なのか?」
「だって、ほんとは、若がベルセルカ様に言いたかったことなんて、ひとつでしょ?
ぎゅっと抱きしめて『俺から離れるな』。それだけなのに。
────国王って、ほんとめんどくさい」
「………そうか……そうだな」
それで済んだかもしれないし、そもそもベルセルカもそのような暴走をしなかったかもしれない。
「ただ、おれは、そこだけは心配していない」
「へ?」
ファランクスは、つい、変な声を出していた。
そこ、とは、つまり、レイナートとベルセルカの関係。
国王という、いつどこから政略結婚を押し付けられるかわからない地位にレイナートがなった結果、おおげさに言えばカバルス陣営の(レイナートに思いを寄せる者を除く)圧倒的多数が、一向に婚約とも男女の関係ともならない二者にやきもきしているのである。
当然、ファランクスだってそうだ。
(いやエレナの感情を知った結果、そっちを応援したい気持ちもほんのり出てきてるけど!)
なのに。誰より過保護かつスパルタに、レイナートのあらゆる要素を心配しているであろうイヅルが、そこに関しては、『心配していない』と言ったのだ。
変な声も出てしまうというものである。
「え、なんで……ッスか……?」
「18年間若を見てきた。
若は生真面目で、自己評価が低くて、あれだけの能力をおもちのくせに、人に譲るくせがあって。
そんなあの方が、ベルセルカ様のことだけは、誰にも何ひとつ譲ったことがない。ベルセルカ様自身に対しても、だ。
いまは、どんなに遠回りに見えても」
イヅルは、幼子を抱き直しながら、自信満々にというのではなく、あたかもごく必然の当たり前のことを語るように、言いきった。
「若は、ベルセルカ様だけは絶対に逃がさない」
【第7話 了】




