第九十九話 バイクとカラオケ。
あの二人はうまくいってるんだろうか?
そんなことが心配になりながらも、バイク免許の教習を受けていた。隣には榊が座っている。教習を受けているのは俺と榊の二人だけで、レベル10以上でバイクの免許が欲しい探索者が今日は二人しかいないようだ。
伊万里のガチャの結果は銅3、銀1であまりよいとは言えなかった。その後、美鈴と伊万里が、顔を合わせた瞬間にかなりやばい空気が流れ、その二人の迫力に、俺は追い出されるようにガチャゾーンから出てきた。
「ああ、心配だ」
「あんたちょっとは集中しなさいよ」
榊に声をかけられた。大学の講義室みたいな場所で、男の教師が俺と榊の顔をチラチラ見ながら、時折、頬を赤らめて一生懸命バイクの運転について説明している。読めと言われた学科教習の本はすでに丸暗記してしまった。
内容はバイクに乗るときの交通ルールとか、バイクの構造についてとか、まあ、バイクに乗るために必要なことを一通りだ。それが知能が上がっているだけあって、完全に頭の中に入ってきて、そして出て行くことがなかった。
どうやらこの頭はマルチタスクができるようで、別のことを考えても余裕で教習内容が頭に入ってくる。レベルが上がると滅多なことでは死なないし、病気にもならない。そして、あらゆることに対する理解力も増す。
「集中してるよ」
「全然そうは見えないわよ」
「美鈴と伊万里が今、ダンジョンで二人なんだ」
「伊万里って誰よ?」
「俺と一緒に住んでる元義理の妹。今は恋人同士だ」
「へえ、あんたって意外と女関係だらしないのね」
「そういう言い方以外の表現にしてくれないか?」
「どんな?」
「あのー、すみません。何か問題がありましたか?」
俺と榊が教習内容そっちのけで話し込むと教師が咎めるというよりも、気を遣って声をかけてきた。 探索者相手の教習であり、かなり気を使っていた。
「あはは、何も問題ありません。教習続けてください」
そこから俺と榊は話すのをやめて教習に集中した。そして昼からバイクに乗ることになり、一時間ほどで完全に乗りこなせるようになる。
「——はあ、すごいですね。初めて乗られるんですよね?」
「ええ、まあ」
学科教習の時と同じ教師の男がこちらに気を使いながら話していた。レベルが上がると、大人からこういう対応をされることがことが多くなるというが、それは15歳が相手でも変わらないようだ。
今は榊がバイクの教習コースを走っているが、見ていてなんの危なげもなく、ドリフトをあっさり決めていた。
「探索者様の教習はいつも私が担当するのですが、見るたびに自分もダンジョンに入るべきかと悩んでしまいます。しかし、私の知り合いは、ダンジョンでひどい目にあっているので、リスクを考えると、どうしても」
「まあ、わかります。怪我ですか?」
「ええ、まあ……」
教師の方は教えることをやめていた。レベル10を超えると教習は受けるが、試験すらない。事故ったところで、大して怪我をしない探索者が無茶な運転をする。そのことだけは注意してくれと言われるぐらいだった。
「——呆れるぐらい簡単だったわね」
大型自動2輪免許が、お昼までに取れていた。ちなみにお金は俺が榊の分まで払っている。榊はガチャ運3であり、伊万里と同じだ。お金など持っているわけがない。今は無事に免許証をとることができて、榊と共にバイクショップに来ていた。
「あの人最後のほう授業せずに俺とダンジョンの話しかしてなかったぞ」
もちろんここも俺の奢りである。今更バイクを買う程度の出費など、ポーションのことを思えば、大した金額とも思えなかった。
「まあそりゃダンジョンに興味津々なのは子供だけじゃないもの。レベル3ってだけで、今なら女にモテるのよ。仕事でもそこそこいいポジションにいけるしね。それが私たちのレベルになったら普通の会社員になってみなさいよ。年収1000万は固いのよ。頭の固い大人だってだんだんとダンジョンが気になって仕方ないのよ」
「レベルアップは、キャリアアップのための道具か?」
「だって、探索者自体は最初あまり儲からないじゃない。就職前のスキルアップで探索者って人が多いのも仕方ないわよ。Dランもそんな人だらけでしょ?」
「だろうな」
バイクを見ながら榊が渋い顔をする。彼女もまだまだ探索者として儲かるところまではいってない。俺におごられるのは悪いとは思っているようだが、彼女の欲しいバイクは結構な値段がした。ハーレーダビッドソンの最新モデルだった。
「331万……」
これを俺に強請っていいものか悩んでいるようである。
「ちょっとレベルが上がった時点で、普通に働く人の方が多いわよ。まあ、私はこっちのほうが好きだから、探索者一筋で行くつもりだけどね。それに六条の顔をずっと見てたいし」
「本当に俺の顔が好きなんだな」
「六条の顔が一生拝めるなら、命を賭ける価値はあるわ」
「それがあながち嘘じゃないところがな……。そんなにこの顔がいいか?」
「最高ね。こんな男と一緒に歩けてるだけでも幸せ。ああ、でもそれにしても高いな」
バイクについている値札を見ながら、ため息が出ていた。
「それがいいんだろ?」
「でも高いし」
「気にするな」
協力者に破産されても困るので口にした。俺だから免許費用50万円とかいうぼったくりも平気だし、そのついでにバイクを買えるのだ。新人探索者は出費の方が多くて、儲かっていない者がほとんどである。
だから自分に投資しないかとスポンサーをつける探索者も一定数いるそうだ。榊ぐらい安定して探索者をやっていれば、もうそろそろスポンサーをつけることもできる。まあ、どこかの企業の紐付きになってしまうので、嫌う者も多いが。
《六条》
「うん?」
《六条。あんた一体ガチャ運いくつなの?》
急に頭の中で声が聞こえた。榊が【意思疎通】を使ったのだとわかった。
《急に使うなよ》
《だって外でガチャ運のことを堂々と喋るわけにはいかないでしょ。あまりにガチャ運がいいと狙われることもあるし。ひょっとして4とかなの?》
俺は榊に自分のことを教えるかどうか、その答えはもう決めていた。
《あとで教える》
榊をサブパーティのメンバーにしようと選んだ。米崎に話したところ、彼自身もパーティメンバーを悩んでいたらしく、二階層と三階層のクエストでSを取ってる人材なら問題ないと喜んでくれた。
ただ、クリスティーナさんとアンナさんについては、せめて三階層のクエストをクリアすることが条件だと提示された。
『まあ、それ以前に彼女たちが僕をパーティーメンバーとして受け入れるとは思えないけどね』
米崎がそんなことを言っていた。その問題がどうなるかはともかく、こちらの望みを言うわけだから、榊にこちらのことを隠してばかりいるわけにもいかなかった。
「いいの?」
こちらがステータスを教えるつもりがあるということに、榊が驚いていた。
「それだけ無理なお願いをするつもりだ。ここの金も心配するな」
「そう。じゃあ、ありがたく受け取っておくわ」
俺は黒のニンジャと呼ばれる車種のバイクを買った。1000ccで160万円。こんな高価なものを安いなと思える。そういう自分に優越感を持ってしまう。何しろ100万円するポーションぐらいなら、結構簡単に消費する。
それどころか、1000万のポーションでもあまり使うことは悩まない。ほかの人ではそうはいかないのが俺もよくわかってた。榊も俺と同じくもう少し安いものにしようとしたが、
「俺にとってはどっちでも誤差だ」
とハーレーダビッドソンを買ってやることにした。榊も前からバイクには興味があったみたいで、こういうでかくて、エンジン音がうるさいやつに乗ってみたかったそうだ。即金で払ったことにニコニコ顔になった店主に見送られ、店を後にする。納車は2週間後らしい。
「サンキュー。なんかこのままずっと六条とどこかに行ってしまいたいわ」
「無理だな。それより落ち着いて話せる場所に行こうか」
「じゃあそこらへんのカラオケ屋さんに行く?」
「ああ」
——カラオケ屋に到着するとピザを注文。チキンとポテトも頼んで俺がジンジャエールで、榊はオレンジジュースを頼んだ。そしてついにカラオケである。マイクを持つ手が震えた。
最近ゴブリンを殺すことにはもう緊張しなくなったけど、これには結構緊張した。曲の選び方はネットでちゃんと調べてきたけど、やはりもたついた。
「六条、ひょっとしてカラオケ初めて?」
「初めてだ。どうやるんだこれ?」
榊相手に格好をつける意味がないので、素直に聞く。意外と優しく丁寧に教えてくれた。何曲か流行歌を頭の中にインプットしてきたのだが、48人いるグループの歌を率先して唄おうとしたら、突っ込まれた。
「いやいやあんたはドルオタなの? なんか推しとかあるの?」
「いやないが」
残念ながら、つい最近まで俺にとって三次元はあまりにも遠い存在だった。だから三次元のアイドルを好きになるなんてこともなかった。
「じゃあやめとかない?」
「どうして?」
「そんなイケメンとイケボで、 カチューシャがどうとか歌われても困るのよ。自分が好きな歌を歌いなさいよ」
「……俺が好きなのは全部アニソンだぞ?」
「いいわよ。私もアニメ結構見るし。どんな歌?」
「残酷な悪魔」
「OK。それなら私も知ってるからデュエットしましょうよ」
アニソンを歌ったら榊がデュエットしてくれたので、なんだか嬉しかった。榊も結構アニメを見ているようで、アニソン合戦になった。2時間ほど楽しく歌っていると、時間を延長する電話がかかってきて、あと一時間だけ延長する旨を伝え、今回の本題に入ることになった。
「——米崎ってテレビによく出てるあの人でいいのよね?」
まず俺は米崎の説明と、米崎の仲間になってほしいことを伝えた。
「そうだ」
「かなり頭のいい人よ。低レベル探索者なのに国と繋がりが強いとも聞くわ。たとえレベルが上の探索者でも米崎を敵に回したがらないとか。そんな人とどうやって知り合ったの?」
「甲府の三階層でゴブリンの出産観察をしていた」
「ああ、あの噂は本当なのね。私はその男の仲間になればいいわけ? あと、クリスティーナとアンナ?」
「ああ、この二人は多分三階層のクエストをまだクリアしていないと思う。だから、まずこの2人をクエストクリアさせてやってくれ」
「簡単に言うわね」
「無理か?」
実際、無理なことを言っているのは自覚していた。榊はもうクエストが終わっているので、彼女たち2人での挑戦になる。榊も一緒に参加できるならともかく、あの2人だけでは結構なハードルになる。
「ううん。ステータス的には私と相性が良いのよね?」
「ああ、クリスティーナさんは完全な前衛型で、アンナさんは回復型だ」
「ガチャ運は?」
「……3だ」
「私も3なのよね。でも私に無い部分がある2人なのは間違いない。それにやる気があるみたいだし、いいわよ。あんたの頼みだし、じゃあ私は三階層でその2人探しだして、甲府で本格的に探索者すればいいわけね?」
「最初の顔合わせまでは俺も同行するつもりだ。しかし、自分で言っておいてなんだが、いいのか?」
榊だってまだ15歳だ。親に相談もしなきゃいけない。それにDランに入る予定だったのも変更しなきゃならなくなる。友達関係だって本当の本気で探索者になるのだとしたら、きっと崩壊してしまう。
「うちは弟がいるのよ。両親は言うことを聞かない私への当てつけみたいに、そっちを一生懸命可愛がってるわ。私は正直出て行ってほしいぐらいみたい。どうも顔が変わりすぎて、私のことを本当に自分たちの子供だと思えなくなってるみたい」
「そうか……」
協力は求めている。だからといって俺は榊の期待には完全には応えられない。その代わり、それなりに見返りもあることを話しているつもりだが、きっと榊が本当に欲しいのは俺との繋がりなんだろう。
「大丈夫。だからって恋人になりたいとか思ってないから。特等席で六条の顔が見れると思ったらそれで報酬としては十分よ。私とこれからも会ってはくれるんでしょう?」
「まあ、それはもちろん。美鈴たちにも協力者になることは話すつもりだし」
「六条。この話には私にもメリットがあるわ。正直、Dランは緩いって、悪評があるのよ。それが最近急に表に出てきた。就職への足がかりとか考えてる奴らはそれで良かったでしょうけど、本気のやつらは行く気をなくしてる。だから、やる気のある仲間を紹介してもらえたのなら、こちらがお礼を言うくらいよ」
「すまない」
「やめてよ」
「お前を本当に利用するようなことをしている」
「そもそも私が余計なことしてなかったら、あんたは誰も殺さずに済んで、私みたいな面倒な女と関わらずに済んだのよ」
「俺は池本を殺した事は良かったと思っている。あいつはどのみち永遠に俺を恨んでいた。いずれは衝突する運命だったんだ。探索者として下手に強くなる前に始末できてよかったぐらいだ。だから、お前を恨んではいない」
「優しいのね」
「明日一つだけ用事を終わらせて、昼から米崎のところに行こうと思っている。ついてきてくれるか? 時間は銀の鈴に12時だ」
「OK」
自分で勝手にどんどんと決めていってしまっているので、ほかの人たちの反感を買わないかと結構ビクビクしている。しかし、今のところ俺の周りに居る人間は好意的に接してくれて、俺のやることに対して文句を言わなかった。
「榊、それとな」
「何?」
「お前に対して俺も誠意を見せておく。今の俺の顔だ。そして俺のガチャ運は5だ」
俺は天変の指輪でまだレベル7のときの姿のままでいたが、今の本来の姿へと変えた。顔が本来の姿に戻った瞬間、榊が息をのみ、こちらを食い入るように見ていた。榊の綺麗になった顔が赤らんでいた。
「……ふ、ふ、ふうう」
そして腹式呼吸をしていた。
「大丈夫か?」
「ひうっ」
俺がそう言うとなぜか榊の体全体が震えた。そして一瞬後。
「あっ」
革張りのソファーの上にシミができていく。
「榊……漏らすほど嬉しいのか?」
「六条、ちょっと姿戻してくれる。だめ、興奮し過ぎて死にそう」
「興奮……はあ。わかった」
俺が姿を戻すと榊は、俺に「後ろを向いてほしい」と言ってきて、俺が後ろを向くと、何かごそごそしだした。そして戻っていいと言うと、ソファーの上の液体がどういう訳か綺麗に消えていた。
「ごめん。想像以上過ぎて、声を聞いただけで果てたわ。決して漏らしたわけじゃないからね」
「お前も幸せな性格してるな」
「はあ。それにしても格好良くなったものね。六条のその綺麗すぎる御尊顔が見れただけで、もう自分の人生になんの悔いもないわ」
「まだこれからだ」
「わかってる。六条。私、その顔に付き従っているんだって思うだけで幸せ」
「命にもかかわることだ。それでもいいんだな?」
「言ったでしょ? 私にもメリットがあるって」
「そうだったな……榊」
「なーに?」
「ありがとう」
「餌をくれる六条も素敵」
榊が幸せそうだった。





