第九十八話 伊万里とダンジョン②
夜の暗がりからいきなり太陽がさんさんと照りつける空間へと入っていく。
「ここがダンジョン……」
伊万里が噛み締めるように口にして、その姿に自分も初めて入った時のことを思い出した。もう見慣れてしまったゴブリンの姿がとても怖いと感じたあの日。きっと南雲さんがいなければ死んでたんだろうと思う。
「伊万里、もう戻っていいぞ」
天変の指輪で姿を変えていたのを元に戻した。伊万里は米軍装備を基本にへルメットもつけて、拳銃も携行している。マジックバッグもつけて、俺がプレゼントしたアリストも首にかけていた。
俺の方は防具は身につけることなく数打ちの刀を腰に差しているだけだ。さすがにこの階層ではもうダメージを受けること自体がなくなってしまった。
「果てが全然見えないし、太陽があんなに高いんだね。それに——」
伊万里の目がゴブリンの姿にとまる。人間で言えば、小学六年生ぐらいの身長。そして醜悪な顔。獰猛な瞳。それらが三体で徘徊している。
「じゃあ予定通り祐太は2キロ離れて見ていてね」
それは事前の話し合いで決まったことで、俺は伊万里のレベル上げに対してアドバイスをするが近くにはおらず手助けもしない。何しろダンジョンでは、上位の探索者が見守りながら、レベルアップするのはかなりのマイナス補正になる。
だから上位者はアドバイスだけをして、絶対助けられない距離まで離れるのが基本だ。
「怖くないのか?」
そう思った。たいていの人はゴブリンを見ただけでビビる。
「大丈夫。慣れた」
「……熊殺し」
「変なあだ名つけないでよ」
本当は反対したかったほど危ないレベル上げだ。でも、同レベル帯の美鈴ですら、最初に俺が守りすぎたせいでステータスが悪い。そして今、美鈴はそのことに悩んでいる。そう考えるとここで厳しくした方が伊万里のためになる。
そして良いステータスでレベル2に上がることができたら、その後がぐっと楽になることを俺自身がよくわかっていた。
「これぐらいいけるって思った瞬間、殺される。これは冗談じゃないからね。分かってるよね?」
「うん。その辺は経験済みだから大丈夫。一体目の熊を簡単に殺せて、二体目も楽勝だと思って油断したら、その二体目に仲間が現れてかなり焦ったもん」
「そうか……熊を殺したの一体だけじゃないんだ」
ダンジョンのない時代にこんな女子絶対いなかっただろう。しかし、今の時代には少なくとも一人は存在するようだ。
「うん。伊万里の覚悟はわかった」
俺は伊万里から離れることにした。
スマホの地図アプリで俺と伊万里の距離が、2キロまで離れたことが確認された。伊万里はギリースーツも身に着けていた。もしかしたら野生動物相手にそういうことをしてたのかもしれない。
伊万里の姿が見えなくなった。草むらに隠れてしまったのだ。
美鈴のような可愛げは一切なく、ゴブリンに怯えている様子もなかった。でも、もうちょっと怖がってくれてもよかったのにと思ってしまう。おびえる伊万里を優しく導いていくつもりが、逆に俺の方がそわそわしてしまう。
「美鈴の時とは違う。俺が近づくとレベル差がありすぎて絶対にマイナス補正が入るから……」
双眼鏡を取り出して伊万里の姿をもう一度探す。わずかに草が揺れているのが伊万里だと思った。
「慎重に慎重に」
ドキドキしすぎて口から心臓が飛び出そうだ。伊万里がゴブリンと3メートルほどの距離までに近づいたとき、ギリースーツを着たまま一気に駆けだした。ゴブリン達には草の塊が近づいてきたように見えたのだろう。
人間を見つけたら迷わず襲ってくるゴブリンにしては挙動が遅かった。逆に動物殺害プランを実行していた伊万里の動きが洗練されていて、流れるように、そして思いっきり力を込めて、ゴブリンアーチャーの首を迷わず刎ね飛ばした。
「そうだ。それでいい」
レベルアップ前の人間は力が弱い。女なら尚更で、その弱い力でゴブリンを殺そうと思うと、かなり力を振り絞らないといけない。そのことを伊万里はよくわかってる。しかし、全力でゴブリンの体を斬ったことで、体勢が崩れてしまった。
ゴブリン達は、伊万里を脅威だとすぐに判断した。残り二体が刀と棍棒で襲い掛かってくる。伊万里はそれを受け止める挙動をとらなかった。ただ、アリスト頼みで受け止めて、全力で刀を持ったゴブリンの心臓まで刺し貫いた。
だが、
「ダメだ」
ゴブリンの心臓に刀を深く刺しすぎている。あれじゃあ、すぐに抜けない。だが、相手は棍棒だ。アリストで少し耐えている間に体勢を整えられる。俺は常識的にそう思ったけど、伊万里は簡単に刀を捨てて、携帯していたアーミーナイフを抜くとゴブリンの首を切り裂いた。
さらに心臓に突き刺して、深く抉った。
「うわー」
とどめも完璧である。
プルルルル、プルルルル。
伊万里からスマホで電話がかかってくる。
『祐太の目から見てどうだった?』
「お見事です」
手放しの称賛だった。きっと最初の俺はあんなことできない。いや、ほかの誰でも滅多にできないことだ。まあ元軍人のデビットさん達ならできたかもしれない。でも、軍人として考えて、武器を持った相手を射殺してしまうだろう。
「伊万里。10分休憩だ。アリストには限界がある。ステータス上で100以上のダメージを食らうと、防御膜が解けてしまう。だからダメージを受けたらアリストが回復する10分間は必ず休憩。わかってる?」
『大丈夫。わかってるから心配しないで。とにかくレベル2になるまでは慎重に。でしょ?』
「そうだ」
『安心してそこから見てて。愛してるよ祐太』
ダンジョンの怖さは、ダンジョンに入らないとわからない。いくら熊を殺したといっても、熊は人を殺すことを目的に生きてるわけじゃない。でも、ゴブリンは明らかに人を殺すことを目的に生きている。
なめてはいけない。しかし、そんな俺の心配をよそに、伊万里は二つ目の群れで、またもや三体を一気に倒した。
「合計六体」
あと四体倒せば最初のレベルアップだ。ここまで順調すぎるほど順調。だから、もう少し難易度が高いことをしようと思ったんだろう。ポリカーボネートの盾をマジックバッグから取り出した。
「正面から行くつもりか?」
四体いる相手を目指そうとしていた。
「あれを倒せたらレベル2になる。一つレベルが上がるだけで、あの伊万里ならきっとこの階層は大丈夫。そうしたら、ここで苦戦する事はなくなる。だから1レベルだけでいいから上がれば……」
俺は両手を合わせて神に祈る。かなり無茶な行為だが、もしこれが成功したら、伊万里はかなり良いステータスになれる。
「ギャ?」「ギャ?」「ギャ?」「ギャー!」
ゴブリン達が伊万里に気づいた。当然のようにアーチャー二体が矢を放った。そしてアーチャー二体はそれ以上近づいてこないで、刀を持ったゴブリン二体が伊万里めがけて走ってきた。
「……どうする?」
刀のゴブリンが伊万里の頭を攻撃してくる。そしてもう一体の刀が伊万里の足元を斬り裂こうとしてくる。その間にアーチャー二体が、より正確に伊万里の胴体に向かって矢を同時に放つ。
その全ての攻撃を伊万里は避けることができなかった。
「きゃ!」
四体、全ての攻撃を当てられて、アリストと盾で塞いでいるとはいえ、小柄な体格の伊万里は尻餅をついてしまった。だからってゴブリンが待ってくれるわけじゃない。
速攻でトドメを刺そうと二体が刀を振り上げて、全力で振り下ろす。無情にもアーチャー二体の矢も再度放たれた。伊万里は亀のようになって、しっかりと盾で防いだ。
「この状況で怯えずにいられるのか?」
一瞬後に死んでいてもおかしくない状況。伊万里の表情はそれでも冷静に見えた。伊万里のハートの強さは天性のものだろうか? あれこそ勇気だと俺は思った。
「うん?」
伊万里は何故か奇妙な行動をとった。ヘルメットをとってしまったのだ。おまけに倒れた状態のまま動かなかった。そうするとなぜか二体のゴブリンが武器を捨ててしまったのだ。
「もうちょっとでゴブリン達が勝つはずだったのに、どうして? いや、そうか、伊万里が“女”だと気づいたんだ。最初からそれが狙い?」
軍服を着ていると男女の見分けがつきにくい。戦いの最中ならなおさらだ。しかし伊万里の顔が完全に分かるとどう見ても女だ。ゴブリンは男は問答無用で殺すが、女はなんとか自分たちで飼おうとする。
伊万里が怯えて動かないように見えた。ゴブリン達は女を無力化できたと思ったのだろう。そのまま伊万里に抱きつこうとしてくる。伊万里は盾を構えたまま膝をつき、腕をゴブリンに向けて開く。ゴブリンはそれを見て喜んで飛びついてきた。
一体が完全に抱きついて、伊万里の米軍装備を脱がしにかかった。
伊万里の前が完全にはだけた。豊満な巨乳が見え隠れしている。我慢できないもう一体のゴブリンも、伊万里を後ろから抱きしめた。伊万里はまだ盾を構えることをやめていない。アーチャーを警戒しているままだ。
しかし、アーチャーもだんだんとバカバカしくなってきたのだろう。伊万里の方に走り寄ってくる。
「よし」
伊万里の口がそう動いたのがわかった。
「こわっ」
ゆっくりとマジックバッグからナイフを取り出す。伊万里の体に夢中になっているゴブリンの喉を突き刺した。きっと声を出されて後ろのゴブリンに気づかれたら面倒だと思ったんだろう。
後ろから伊万里に抱きついたゴブリンはまだ気づいていない。走り寄ってきていたアーチャーは気づいたが、盾を構えたままなので、矢を当てることができない。
「私、あなたのことが好きだよ。前においで」
アホのゴブリンにそう言っていた。言葉が通じたのか、本能が理解したのか、喜んで前に来たゴブリンは仲間が死んでいることに気付いた。だがその時には自分も心臓を突き刺されていた。そこからは一方的だった。
盾をしっかりと構えた伊万里にアーチャーは、弓による決定的な攻撃ができなくなってしまう。そして逃げるということを知らないゴブリンは、追い詰められて棍棒で向かってきて、二体とも伊万里に殺された。
「——ハニートラップ作戦。女しか使えないけど、意外と最初のゴブリンには有効らしいよ」
さすがの伊万里もあの状況は疲れたのだろう。小休止となって、俺と並んで休んでいた。
「あんな状況でよく冷静でいられるね。正直ビックリだよ」
「まあね。祐太がいない間、どうやってゴブリンを殺したら一番いいのかずっと考えてたから。熊を仕留めた時も多分こいつとゴブリンじゃかなり違うだろうなって思ってた。実際、戦ってみると本当に全然違って、ゴブリンの方が多彩で面白かったな」
「面白い?」
「うん。面白い。作戦通りに向こうが動いてくれたりすると、快感を感じちゃうの。変かな?」
「いや、いいと思う。俺も最初ゴブリンに殺されかけたとき、生きてるって感じがして楽しかった。それに下に行くともっと厳しいから、それぐらいじゃないとやってられないよ」
俺と同じ気持ちで伊万里がいてくれることが嬉しかった。伊万里との距離がまた近くなった気がした。
「それよりさ。レベルアップした?」
「うん。レベルアップを知らせしてくれる女の人の声が聞こえたよ。えっと、【ステータスオープン】でいいんだっけ?」
伊万里にとって当たり前のことすぎるのか、本来誰にも見せないはずのステータスをなんの躊躇もなく俺の目の前で出した。
名前:東堂伊万里
種族:人間
レベル:1→2
職業:探索者
称号:新人
HP:8→15
MP:0→13
SP:0→13
力:8→15
素早さ:9→15
防御:9→15
器用:10→14
魔力:0→13
知能:21→25
魅力:36→38
ガチャ運:3
装備:ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
魔法:ストーン級【閃光弾】(MP4)
スキル:ストーン級【光輝一線】(SP3)
「すごい。二つ生えてる。それとステータスの上がり方が俺の最初より良いぐらいだ」
「本当?」
「ああ、というか、この【光輝一線】ってなんのスキルだ? 光属性の何かだと思うけど、伊万里聞いたことあるか?」
俺は少なくとも聞いたことのないスキルだった。伊万里の方も聞いたことがないのか、首を振る。
「じゃあ多分、伊万里はレアジョブだ。それなのに、ガチャ運2じゃない。これはかなり良いステータスだよ」
俺は興奮した。これでうちのパーティーは、ガチャ運5の俺と召喚士のエヴィー。光属性の何かである伊万里。そして虹カプセルを美鈴が出せば本気でレベル1000を超えるパーティーになるかもしれない。
「うん……」
ステータスの上がり方としてはこれ以上ないほど良い結果だった。しかし、伊万里はなぜか冴えない声を出した。
「祐太と同じくらいがよかったな。レアジョブとかいらない」
「バカ。俺だってガチャ運5だぞ。南雲さんですら初期レベルでのガチャ運5は見たことがないって言ってたぐらいだ。余計なこと心配しなくていい」
ガチャ運5になれば絶対と言っていいほど専用装備を揃えることができる。ガチャ運3だとどれだけ頑張っても専用装備が揃えられることはほぼない。その差は思ったよりも大きいのだ。
「そっか。それならよかった」
「伊万里はどこまで行っても俺基準だな」
「もちろん。私は祐太と一緒に居られるならそれでいいだけだもん」
純粋にそう言ってくる伊万里の頭を撫でた。
「ごめんな。俺が探索者を諦められないせいで、伊万里にまで命がけの人生を送らせることになってしまった」
「ううん。祐太のおかげで探索者に対して本気になれたよ」
「あまり無茶して死なないでくれよ」
「ねえ、スキル使ってみていい?」
「もちろんだ。まあ最初はMPとSPがなさすぎて、あんまり使えないけどな」
それが下に行くと遠慮なく使いまくれるようになるのだから不思議なものだ。伊万里が刀を構えた。居合いの構えだ。そして振り抜いた。
「【光輝一線】!」
振り抜いた刀が光っていた。スキルを習得すると、同時にスキルの使いかたが頭の中に浮かんでくる。それをそのまま言葉にして、体を動かせば、スキルは再現できる。
「おお、なんか光ってる」
「祐太。これなんの光?」
「さあ」
俺が触ってみようとすると光が消えてしまった。
「良いなあ伊万里。なんか俺のより格好いい」
「そう? なんかおもちゃのライトセーバーっぽいな。まあ、実際使ってみればわかるか。なんだか急に体が動くようになったし、このままちゃちゃっとレベル上げするから、祐太は離れて」
「いいけど、レベルが上がってから調子に乗って死ぬ人もいるんだからくれぐれもっ」
「大丈夫!」
再び俺が距離をとると、伊万里がゴブリンを狩りはじめた。レベル1の時ですらゴブリンを安定して狩れていた伊万里である。レベル2になった今、苦戦している様子もなかった。俺もあれなら大丈夫とすっかり安心した。
「え?」
しかし、俺は伊万里のやろうとしていることが、いくらなんでも危ないのではと目を瞬いた。五体の集団を間引きせずに狩ろうとしていた。レベル3になれば俺にもできたことだが、レベル2ではかなり危険だ。
案の定、伊万里は三体同時に向かってこられて、アリストの防御膜がすぐに砕ける。さかしいゴブリンが米軍装備の隙間から上手くナイフを刺しこんだ。
「刺されてるよな?」
先ほどまで元気だった伊万里の腹にナイフが突き刺さっていた。
「クソ! 【韋駄天】!」
ステータスを気にしている場合じゃなかった。俺は伊万里を助けるために走った。しかし、その間を待ってくれるゴブリンではない。
『どうして殴り返さないの?』
俺が虐められている時に伊万里から言われた言葉。可愛い顔をしているが伊万里はすごく勝気だ。やられたらやり返す。その時に手加減だってしない。
「伊万里! 根性だ!」
すごい声量で叫んだ。声が届いたのかどうかは知らないが、伊万里は飛びかかってくるゴブリンを斬り裂いた。しかし、ゴブリンが次々と跳びかかってくる。
「【閃光弾】を使え!」
この言葉は聞こえたようで伊万里は自分の魔法を唱えた。まだ1キロほど離れていたこちらまでその光が届いた。凄まじい光量で眩しくて、ゴブリン達が目をつぶった。 これで勝てると思ったが、伊万里が膝をついていた。
「動け! 殺されるぞ!」
伊万里が膝をついた状態からなかなか立ち上がれなかった。よほどお腹が痛いのだろう。
「拳銃! 拳銃だ! M17を使うんだ!」
さすがの伊万里もホルスターに入れていた拳銃を取り出して、まだ眩しさから回復し切れていないゴブリン一体を射殺した。伊万里の口から血があふれて呼吸困難になる。よほど刺された場所が悪かったらしい。そこで俺がようやく追いついた。
「【蛇行三連撃】!」
速攻で残り三体の首が消し飛んだ。
「大丈夫か? ちょっ、すごい血が出てるぞ。ほら、ポーション」
伊万里は喋るのも痛いのか顔を歪めながら受け取ったポーションを飲んだ。
「——死ぬかと思ったー」
「俺も一瞬そう思って、焦ったよ」
「まだまだだな」
「何を言ってるんだ。十分すぎるよ。俺より伊万里の方がはるかにできてる」
「ううん。そんなことない。私が無茶出来るのも、やっぱり祐太が見てくれているって思うから。いざって時は助けてくれるって思ってる。今回も言葉で助けてもらったし。ああでも、これはマイナス判定かな?」
「それも大事だけど、命あっての物種だ。死んだら終わり。それだけは忘れないで」
「うん。気をつける」
「いくらポーションで回復しても休んだ方がいい」
ゴブリンの姿は少し離れていた。俺のレベルだと、ここでは大した危機感がなく座って休憩した。
「ゴブリン達がいるのに座って大丈夫?」
「大丈夫。この階層ぐらいじゃ何も起きるわけがないよ」
俺の余裕そうな顔を見て安心したのか、伊万里も横に座ってきた。
「チョコ食べる?」
「食べる」
伊万里が口を開けたので、アーモンドチョコを中に入れてあげた。南雲さんとのことを思い出す。あの人にも同じようにしてもらった。今は自分が同じようなことができる。それでもまだあの人には全然追いついてない。
「甘くておいしい」
「はい。もう一つ」
「できれば一人で勝ちたかったな」
「そんなに甘くないさ。それに最初に苦労がなさすぎると後が怖いよ」
変に強くてゴブリンに楽勝で勝てる人ほど下の階層で死ぬらしい。レベルが上がるから、どこまでも自分が優位で戦えると勘違いしてしまうのだ。 しかし、ダンジョンは一つ下の階層に降りるだけでも、すごく敵が強くなる。
ゴブリンライダーでも、普通の人間の身体能力だったら、まず間違いなく負ける。そしてどれほど鍛えたものでも身体能力的な差はすぐになくなってしまうのだ。
「だからちょっとぐらい苦労してるほうがいいよ」
「ふーん。それもそっか」
休憩が終わると伊万里はそこからはもう危機的状況に陥る事がなかった。お昼を挟んでレベル3に上がる。順調な探索と言えた。しかし、ひとつだけ問題があった。伊万里の手元にまだガチャコインが一枚もない。
ガチャコインがないとガチャが回せない。伊万里はこういうところで、かなり不利である。ただ、ダンジョンはその辺を考慮してくれる。新規加入に限り、一階層で五日間だけコイン集めが許されると言われていた。
普通の排出率で五日間だけ、モンスターがコインを落とすそうだ。
伊万里がレベルアップをしたのは、夕方の6時だったので、伊万里と俺は交代しながら休んで、翌日からコイン集めを始め、予定どおり五日目に6枚のコインを携えて、ガチャゾーンに来ていた。ここで俺と美鈴が交代するのだ。





