第九十三話 メッセージ
美鈴とエヴィーに伊万里のレベル上げについての方針を相談して、まず一階層では俺が伊万里の面倒を見る。そして二階層では美鈴が、次の三階層ではエヴィーが面倒を見て、エヴィーはそのまま四階層も伊万里の面倒を見る。
というのもエヴィーは本気で、ゾンビに慣れる必要性を感じているようだ。だから四階層に籠もるついでに面倒を見るというのだ。俺たちに反対する理由はなく、最終的に伊万里がそれでOKしたらということになった。
その後も結局、打ち上げと言いながらも、必要なことだけをしゃべってお開きにしようという流れになった。
今回は伊万里のレベル上げが終わるのに最低一ヶ月はかかると見ている。その間にいくらでも時間はあるし、俺は伊万里に『3月15日までにはダンジョンから出てくる』と連絡していた。なので、早く帰って伊万里を安心させてあげたかった。
「エヴィー。またアメリカに帰るの?」
「そのつもりよ」
エヴィーは一週間だけアメリカに帰り、家族に『一年間帰ってこない』と別れを告げて、仕事を山ほど入れているであろうボスにも応えてあげるらしい。
「アメリカは日本と違って危ないんでしょ? 気をつけてよ」
「まあ大丈夫。ロロンとゲイルがニューヨークダンジョンに入るようになってから、かなり探索者同士の争いは落ち着いてるみたい。デビットの話じゃ、『英傑が二人も乗り込んできた』って、みんな超ビビってるらしいわよ」
「まあそりゃ日本でもあの二人が来たらビビるもんな」
弓神ロロン。その弓から放たれた矢は月まで届くと言われている英傑。瞬神ゲイルは世界一の素早さを持っているらしい。『世界の裏側にあるものを1秒あれば取ってくる』とも言われていた。
この二人のコンビが世界最強との呼び声が高く、対抗できるのは日本の四英傑だけとも言われている。まあ例によってネットの噂なので、どこまで当てになるかはわからないが。
「まあ、たった二人の探索者にいいようにされて、アメリカじゃ面白くない人たちが多いらしいけど」
エヴィーはアメリカ人らしい肩のすくめ方をした。
「でも、逆らう人なんて居ないでしょ」
「そう思いたいところね。でもね……」
エヴィーの眉間に皺が寄り、難しそうな顔になった。
「『奴等はただの侵略者だ』って言っている人もかなり多いって話だし、まだまだどうなることやら。探索者同士の争いは落ち着いたけど、デモ活動やら暴動もかなり盛んになってきてるってデビットたちが言ってたわ。そもそもニューヨークの割譲なんて本来は法的にも不可能なはずなのに、ロロンはどうやってニューヨークを奪ったのかって、怖がってる人もいる」
「そうなの?」
「ええ、どんな事情があったとしてもアメリカの州が、アメリカから独立したりしたら、本来はアメリカが崩壊しかねないぐらいのことらしいわ。ロロンは龍炎竜美の協力を取り付けて、いつの間にかそれをやってしまった」
「ありえるな。探索者は脳筋だって思ってる人が多いけど、実際は知能も上がるから謀略も得意なんだよ」
「そういえばお姉ちゃんもいつの間にか上司が15歳の女の子になってたとか言ってたな……。帰らないほうがいいんじゃない?」
「家族が心配だし、帰らないとね。本当は家族もこっちに呼び寄せたいんだけど、日本はダンジョンに入らない人間の受け入れはしてくれない。私がレベル100を超えたら無条件で、家族を呼び寄せられるんだけど。——まあとりあえず今回はニューヨークに近付かないようにするわ」
エヴィーだけだと心配だけど、あちらの事情に詳しいデビットさんたちも『暴れてるのは探索者じゃない一般人だから大丈夫』と言ってたので、大丈夫なんだろう。俺はそんなことを考えながらもエントランスについた。そして、マークさんが車で送ってくれるというので、その車に乗り込んだ。
「ユウタ。今回の話マジでサンキューな。信用してくれて嬉しかったぜ」
「俺たちもほかに頼る大人がいませんし、おかげでずいぶん助かってますよ。って、なんだか道が違いませんか?」
エヴィーの泊まるホテルから出ると、まだ時間は昼過ぎだった。まず、美鈴を送り届けて、今は俺の家に向かっているはずだった。しかし、向かっている道順が俺の家の方角とは違った。
俺の家は、美鈴の家からそこまで離れていない。それなのにマークさんが高速道路に乗ったのだ。あまり高速道路には詳しくないのだが、いつもと違う道に来ていることだけは間違いなかった。
「ああ、お前、引っ越したんだよ」
「俺、引っ越したんですか?」
自分でもおかしな日本語だと思ったが、もともと引っ越す話は伊万里としていた。今回、俺たちがダンジョンに入っている間に、伊万里がそれを実行したのか。伊万里からのメッセージを確認すると、たしかにそういう内容が書かれていた。
「保証人はどうしたんですか?」
俺ならばダンジョンでレベル3になっているから成人だと認められるはずだが、伊万里はそうじゃない。いくらなんでも15歳の女の子が保証人もいない状態で、マンションを借りられるとは思えなかった。
「イマリからお前に『引っ越したから住所を教えておいてほしい』って、頼まれただけだ。保証人をどうしたかなんて、知らねーよ。お前の親父がどうにかしてくれたんじゃねーの?」
「父親ですか……」
伊万里は俺の親父のことが嫌いじゃない。たまに相談したりすることもあると言っていたから、親父に頼んだとしたらありえなくはない。今更、親父の世話になるのはいやだが、伊万里に対して時間をとらなかった自分が悪いとも思った。
「ああ、でもあれだな。正直、このままコイン集めするかどうか悩んじまうな」
「はは」
マークさんは急に話題を変えた。マークさんにとってはそっちの方が気がかりか。このままマークさんたちが俺達に協力してくれる方が、俺達にとってはありがたい。でも、それだとダンジョンに入ることを止めていることになりかねない。あまり余計なことは言うべきじゃないと思った。
「ちっ。混んでるな」
東京の街の往来は今日も激しいようで、真昼の高速道路は渋滞していた。
「——少し歩きたいので、この辺でいいです」
マークさんが高速道路の渋滞から逃げるように下に降りた。でも東京の街は一般道路も混んでいて、なかなか進みそうになかった。
「おう、そうか。新しい住所までまだ遠いぞ?」
「いいんです。電車を乗り継いでゆっくり帰ります」
「まあ、そういう気分の時もあるか。わかった。じゃあ気をつけて帰れよ」
マークさんと別れて、人混みの街に一人ぽつんと立つ。自分の見た目はレベル7のときの見た目にしていた。かなりの男前な顔だが、男前だからって昼間に襲われるほど、日本の治安は終わってない。
ひそひそと喋る声が自分の方に向いているのがわかった。レベル7の姿でも、周りから注目を集める。それでももう探索者として生きていくと決めたのだ。注目を集めるぐらいでビビってられなかった。
駅が遠いなと思って少し本気になって移動した。時速60キロぐらいになると歩道を走っていると迷惑なので、車道に移る。探索者はこれで法的に間違ってないらしい。たまに車より速く走る人間を見かけるのが当たり前の世の中。走っているバイクと並走すると変な目で見られた。
「バイクもいいな……」
そういえば、バイクや車の免許が成人だから取れるんだ。車はともかく、バイクの免許は簡単に取れるらしいし、取りに行ってもいいなと考える。並走していたバイクの人に声をかけたら「探索者か?」と聞かれて、返事をする。
「まだ若そうなのにすごいな。探索者ならバイク免許は行けばすぐにもらえるよ。バイクと並走できるってことはレベル10以上だろ?」
「ええ」
「なら簡単な講習を受けたら、一日で大型自動二輪免許を試験なしで貰える」
と教えてくれた。一日で取れるなら、本気で取りに行こうかなと思った。
「まあそんなに速く走れるのに、バイクに乗る意味があるのかどうかはわからないけどね」
「はは、確かに」
「俺もレベル3までは頑張ったんだけどゴブリンライダーが怖くてさ」
「あれは確かに怖い」
そんなことをしゃべりながらバイクと並走していたら、目的地の駅を通り過ぎていた。アホなことに、結局走って国分寺駅まで戻ってきてしまった。いつもなら到着する駅である国分寺駅で切符を買って、そういえばタクシーを使っても良かったんだなと、2億円を持ち歩きながら貧乏性が抜けていないことが笑えた。
駅のホームのベンチで腰を下ろし、
「ふぁっ!?」
隣に座った女子高生が、なんだか変な声を上げている。俺は電車を待ちながらスマホを確認した。そうすると榊さんからメッセージが来ていた。
【出てきたら絶対に電話して】
と10通ぐらい同じような内容で届いていた。
【お願いします】
と、さらに何度も何度も来てる。それはもはや懇願である。なんでも【魅力がMAXまで上がった六条のご尊顔に是非とも拝謁したい】そうだ。これって一歩間違えばストーカーだな。いや、間違えなくてもストーカーだ。
榊さんも魅力がMAXまで上がったそうで、なぜか裸の写真を送って来ていた。美鈴ほどじゃないにしても、飛び切りの美人になっている。おそらく魅力が4ずつ上がったのだ。胸部装甲がやはり大きいなと思いながら、削除した。
【連絡をくれたらなんでもしていいから】
自分だって美少女になることができたんだから、ここまで卑屈にならなくてもいいだろうに……少し考える。榊さんは二階層のクエストでS判定をとっている。そして中レベル探索者の神楽さんたちにアドバイスをもらいながら、三階層のクエストでもSをとったらしい。
自分のステータスを画像付きで俺に送ってきていた。中レベル探索者に手伝ってもらったとしても、三階層のクエストでSを取れたなら相当優秀だ。
「完全に突っぱねるには惜しい気はする……」
もう二度と榊さんには連絡しないでおこうと思っていた。なのに考えてしまった。
「【ジェネラル二体を単独討伐】か」
単独で三階層に挑んだ場合のクエスト詳細も教えてくれた。この情報は伊万里のレベル上げの役に立つ。やはり榊さんは付き合いを続けていく方がメリットは大きい。そう考えてしまっている時点で、彼女の術中にハマっている気もする。
「今回はメッセージが多いな」
伊万里以外とはほとんど連絡を取り合ったことがなかったのに、ダンジョンから出てくるたびに連絡をする相手が増えている。次に届いているメッセージは……、
「彼女か……」
目を通すと榊さんのことともつながっている内容だった。
ダンジョンで助けたクリスティーナさんからのメッセージだ。
【関わり合いもない私たちを、助けていただいたこと心より感謝しております。
私達の体が不浄でなければ、すべてをあなた様に差し上げたいと思っているほどです。ですが、この体はすでに穢れてしまっています。
神の如き美しいあなた様に差し上げるには、あまりにも汚物といっていいでしょう。
ですが、この不浄の体でも、あなたさまの何かの役に立つかもしれません。
あなた様にとって不快極まりない申し出かもしれません。
ですが、何か一つでもあなた様のお役に立つことがあれば、いつでもこの汚物にお声をかけてください。
この命に代えても、クリスティーナはあなた様のお役にたってみせます】
「……」
これはこれで判断に悩む内容だった。どうして俺の周りには極端な人しかいないんだろう。あれほどクラスの高嶺の花で、手の届かない存在だと思っていた美鈴が平凡に見えるぐらいである。
そしてクリスティーナさんとアンナさんのステータスも写真に撮られて送られてきていた。家族にすら教えないと言われるパーソナルなステータス。ダンジョンから出てきたら、三人の女の子が画像で送ってきていた。
「榊さんと、クリスティーナさんと、アンナさん。ううん……」
ステータスを見る限り、この三人の相性がかなり良かった。おそらくこの三人でパーティーを組めば、うまく機能する。この三人がレベル200まで育って、俺達のサブパーティとして米崎と組めば、俺達の探索もかなりはかどる。
「どうしよう……」
考えながら電車を待っていたら、ホームに電車が到着した。立ち上がって乗り込むと、席が空いてなかったので、立ったまま他のメッセージの確認をつづけた。榊さんを通じて小野田と後藤からも、メッセージが届いていた。
【本当に申し訳ありませんでした。自分たちは最低なことをしていた】
要約するとそういう内容が長々と反省文のように書かれていて、
【もう二度と視界に入らない。中学の卒業式にも行かない】
そんなことも書かれていたが、俺はこのことへの怒りがもうなくなっていた。自分が恵まれるとこういう事って、だんだんと腹が立たなくなるもんだ。何よりも池本のことがある。俺はあいつを殺した。
あの一件で自分の中にあったマグマのような怒りが、体の中から蒸発して出ていった気がする。人を殺してそんな状態になるとはなかなか笑える。
むしろ、池本の母親に対する申し訳なさは今でもあった。いくらDQNの母親だったとはいえ、それでも親である。ショックを受けて悲しんでいるのは可哀想だなという気がした。だが、それ以上の感情はなかった。
基本的に自分は冷たい人間なのだろう。
「はあ」
電車に揺られながら、ふと視線をあげると、サラリーマンらしき男の人がこちらをガン見していた。赤らんだ顔で視線を送られる。せめてそういうのは女の子にしてくれと思った。そう思っていると女子大生らしき三人組にも見られていた。
なぜか手を振られたので、手を振り返すと喜んでいた。
視線をスマホに戻すと父親と元義母からもメッセージが届いていた。一度どちらも【会いたい】と書いていた。探索者になって順調にレベル上げができている。その俺にすり寄ってきている気がした。それが不快ではあったが、この機会に会うのもいいかとも考えた。
また会う時間を作ろうとだけ考えて、この二人のことを考えるのはやめた。電車から降りると、東池袋駅だった。池袋ダンジョンのすぐ近く。伊万里はここでマンションを借りたようだ。
「東池袋……」
池袋ダンジョンまで、歩いて10分ぐらいだった。俺は南雲さんから池袋ダンジョンはまだ早いと言われていた。せめてレベル100は越えろと言われているのだ。
「まあ、ダンジョンに入るわけじゃなかったら、別に安全なんだけどさ」
南雲さんが危ないと言っていたのは、あくまで池袋ダンジョンに入ることである。池袋の全てが危ないわけではない。
「ここでいいんだよな?」
俺は一つの高層ビルを見上げた。外観からして高級感の漂うビルだ。外から見ただけでもわかる。ここはお値段がお高い。伊万里はこんなマンションを借りたのか?
「いや、良すぎない?」
親父が高級物件なんて借りる協力をしてくれるとは信じられなかった。そもそも本当にここで合っているのかと不安に思いながら、エントランスから中に入り部屋番号を選択して呼び出しをかける。
すぐに伊万里が返事をして開けてくれると、エレベーターに乗り49階まで登った。それはこの高層ビルの最上階のようだ。最上階は一番お値段がお高いのではないだろうか?
「どうやってこんなところ借りたんだ?」
部屋の前でチャイムを鳴らすと、すぐに伊万里が開けてくれた。
「た、ただいま。で、間違いないんだよな?」
相変わらず胸が大きくて、かわいい伊万里の顔を見ると、やはりここで俺の家は間違っていないようだと思った。
「祐太、おかえり。無事に帰ってきてくれて良かった」
中に入ってドアが閉まると、すぐに伊万里が抱きついてきた。
「こんなところよく借りられたな」
広い玄関の床が大理石になっていた。東京のマンションの中とは思えないくらい長い廊下。壁にはなんだか高そうな絵画までかけられていた。
「借りたっていうか……うん。祐太。南雲さんっていう人に私の事を話したでしょ?」
「ああ、話した。まずかった?」
「いや、全然。あの人、何か凄い人なの?」
「ああ、うん。高レベル探索者だよ。どうしてそんなこと聞くの? というか、南雲さんと会ったのか?」
南雲さんは前に俺の家に来たことがある。アメリカから家まで送ってくれたことがあるからだ。そのとき、俺にもしものことがあった時、伊万里の後の面倒を頼んでいた。
「高レベル探索者か。どおりで大人がみんなペコペコするわけだ。南雲さんって人がね。私たちの前のマンションに尋ねてきたの」
「へえ、なんで?」
「なんか祐太がダンジョンから出てくる時に会えそうにないんだって。でもそれだと私たちがそのまま一年間ダンジョンに入るから、しばらく会えないことになるでしょ?」
「ああ、やっぱりそうなのか」
やはり今回は会うことはできないのかと残念がっている自分がいた。
「だから、私に『伝言役を頼みたい』ってやってきたの」
「南雲さんがわざわざそんな事のために?」
「うん、でね……驚かないでね?」
「あ、ああ」
「『“伝言代”に何かして欲しいことがあれば聞いてやるぞ』って。それで私、その時ちょうど住まい選びを頑張ってたんだけど、探索者じゃない15歳の女の子じゃ、どこのマンションも借りられなくてさ。それでダメ元で南雲さんに『お金は自分たちで払うから、マンションを借りる手伝いをしてほしい』ってお願いしてみたの」
「親父に頼んだんじゃなかったの?」
「だっておじさんに頼むのは祐太が嫌がるかと思って」
「まあ、それは嫌だけど……だからって南雲さんに頼んだの?」
南雲さんは龍炎竜美に間違いないだろうし、相当忙しい人のはずである。 というか、あの人の正体知ってたら絶対に頼まない。そもそもあの人に頼んでしまうと、なんでも絶対に大事になる。
「頼んだって言っても、電話一本しただけだったんだよ。それで住所を教えられて、『ここに行け』って言われたの。『行けば、そこに居る大人が全部相談に乗ってくれる』って。なんかすごかったよ。言われたとおりの住所に行ったら、ペコペコする大人たちが、次々に住むところも家具も全部用意してくれたの。このマンションの値段を教えてあげようか?」
「え? うん」
「6億円だって」
「……お、お、お金どうしたの?」
さすがに全然足りないはずである。今回得ることができた報酬ですらまったく足りない。そもそも借りてるんじゃなくて購入してしまっているようだ。
「わかんない。『本当は6億円必要だけど、お金はいらない』って言われたの。私、南雲さんに連絡先を教えてもらえたから、慌てて『お金いらないって言われました』って言ったら『いらないって言ってるなら、いいんじゃね』って言ってた。高レベル探索者って6億円がロハになるんだね」
「そうだね……」
父親の手垢が付いたあそこに住み続けるのはいやだった。それなら南雲さんのお世話になっている方がはるかに良かったのは間違いない。
「南雲さんに返さなきゃいけないお金がまた増えたな」
「祐太。なんだか嬉しそうだよ」
「はは、それで南雲さんの伝言ってなんだったの?」
「聞いたまま伝えるね。『米崎から話は聞いた。お前がそうするべきだと思うなら、そうすればいい。米崎には俺のダチだとも伝えておいたから、裏切ることはないだろう。あと、無事に一年後に出てきたら俺の本当の龍の姿を見せてやる。だから死ぬんじゃねーぞ』って。これ、部屋鍵になるカード」
「そっか……」
廊下を抜けて一室の中に入ると、もはや意味がわからない。というレベルの高級マンションだった。高級そうな壺とか絨毯とかシャンデリアとか、エヴィーの部屋の物よりも高そうな黒いソファーとか、俺にはよくわからないが、多分南雲さんの部屋と比べても遜色がない内装だ。
リビングで高そうなソファーに腰をかけるとカーブを描いた迫力のあるでかい窓がある。自動的にカーテンが開いていく。東京の街並みが一望できた。
「はは、もはや意味がわからない」
伊万里が横に座った。俺は南雲さんにお礼のメッセージと、『今度出て来たときにちゃんと全部お金を払います』と伝えておいた。何気に果実を二つ売ることにすれば、簡単にお金を払ってしまえる。
まあ南雲さん相手に無理してお金を払う必要はないだろうから、一年後にするが、払えない額でもない。そう思うと、不思議な感覚だった。
「祐太、南雲さんに一方的にお世話になっちゃって不味かったかな? それにいくらなんでもお金は払わなきゃだよね?」
「いや、ほかの誰かならともかく南雲さんにお世話になったんなら別にいいよ。それにお金はなんとかなると思うから心配しなくていい」
「だ、だよね。祐太のガチャ運5だもんね。南雲さんも、『祐太なら生きてさえいれば、金は簡単に用意できるだろ』って言ってた。『どうせ払いたがるだろうから、一年後にちゃんと用意しとけ』だって。ろ、6億円払えるよね?」
「大丈夫」
ちょっと甲府からは離れてしまったが、伊万里のレベル上げが終わったら一年間は甲府ダンジョンの中で、その後は池袋ダンジョンに入るつもりだ。むしろこの方が良かったかと思えた。
「よかったー。『さすがに6億円は無理』って言われたら夜逃げするしかないって思ってた」
「ありがとう伊万里。いくら南雲さんに頼んだって言っても、一人で引越は大変だっただろう」
「まあおかげで考えてたよりはずっと楽だったよ。それと、後、もう一つだけ伝言」
「それも南雲さんから?」
「ううん、違う」
それを言う前に微妙な顔になったので、父親関係じゃないかと思って身構えた。
「前のマンションにまだ居た時に担任の先生だって人が訪ねてきてね。祐太がダンジョンから帰ってきたらすぐに『中学に連絡がほしい』って。伝言頼まれたよ」
「担任が?」
「うん」
俺は伊万里の伝言を聞いて、探索者用のスマホとは別の元から使っていたスマホを久しぶりに取り出した。
【連絡がほしい】
何度かそういう内容が届いていた。もしかすると池本の関係かもしれない。母親がやはり文句を言ってきたのか? でもダンジョンの中で起きたことは罪に問われない。何よりもあれは正当防衛である。
何を言われたところで大丈夫だと思いながらも、さすがに人を殺した手前、緊張するものはあった。
「いや」
【こんなこと言うと心配しすぎなのかもしれないけど、池本君の事は無事に解決してるから安心してくれていい。それとは別件です。できれば電話でちゃんと伝えたいことなので、連絡をください】
と最後のメッセージに書いていた。
「……」
もしかして、卒業証書ぐらいは取りにこいということか? 俺は学校にいい思い出が一つもない。できれば行きたくないなと思いながらも、放置するのも気が引ける。
「電話するか」
太陽が西に沈んでいき、夕焼けを見ながら、スマホの電話帳に入っていた担任のスマホに電話をかけた。しばらくコール音が鳴る。担任としゃべるぐらいなら卒業証書は無しでもいい。
卒業アルバムだっていらないし、学生時代の思い出など何一つ必要ない。そう強がりたいところだが、こういうのは後でじんわり後悔するのだ。そういう小市民的な考え方もあって、ちゃんと電話した。





