第九十一話 第四回ガチャ収益
「ユウタが金カプセルが70個。銀が60個。銅が135個。私の金カプセルは2個。銀が2個。銅が26個よ」
前は打ち上げをしなかったから、今回はちゃんと打ち上げをしようということになって、俺たちは久ぶりにエヴィーのホテルまで来ていた。スイートルームのその部屋は相変わらず広くて、以前と同じように、俺たちはソファーに腰を下ろした。
デビットさんたちも、打ち上げの用意をして部屋の中に残ってもらっている。出て行ってもらうことも考えたが、デビットさんに以前渡した果実が「3億6000万円で売れた」と言われたのだ。
現金を目の前にうずたかく積まれて、俺たちの気持ちが変わった。デビットさんたちは10日に一枚のコインすらも出てこないと言われるガチャコイン集めをしている。信用はしているが、これほど大量の金カプセルを見れば、変な気を起こさないとも言い切れない。
何しろ、この金カプセルを持ち逃げすれば、一生遊んで暮らせる。バカな気を起こさせないためにも、見せないことが一番いい。それでも三人で話し合って、出来高の一割の報酬を渡すということで、金カプセルをお金に換えてもらうことにしたのだ。
「マジかよ? いいのか?」
「ええ」
法律上、探索者はダンジョンで得た収入に税金がかからない。その代わり、探索者には金遣いの荒いものが多いので、国はそこから十分な税収を得る仕組みになっている。だから俺たちは果実の代金、3億6000万円を全てもらえる。
その中から3600万円をデビットさん達に手数料として渡した。要は十分以上の報酬を渡すことで、裏切りを防止しようということになったのだ。
「すべてを持ち逃げして、私たちに恨まれるリスクを負うか。常に1割の報酬を受け取り続けるか、どちらが得なのかは判断できるわね?」
エヴィーが念を押した。
「当然だ。信頼には必ず応えよう。いいなマーク」
「お、おお。なんかガチもんの探索者のそばに居ると、金銭感覚狂うとは聞いたことがあったが、マジなんだな」
自分達の前に積まれた3600万円の札束をマークさんは、信じられないものでも見ているように触れた。
「さて、祐太の金カプセルの数はもう呆れるばかりだけど、まずはエヴィーからだね」
「専用装備が入っているのか、入ってないのかどっちだろう?」
エヴィーはかなり自分のガチャ結果に緊張しているようで、二つ持っている金カプセルが握りつぶせそうなぐらい力を入れていた。
「シュ、シュッ、シュレディンガーの猫じゃあるまいし、すでに結果は決まってるのよ。じゃあ、開くわよ?」
俺と美鈴が頷いた。すでに中身は決まっているはずなのだが、「お願い出てきて」とエヴィーは願う。そして出てきたのは、
「おお」
「おい、あれ、専用装備じゃないよな?」
「マーク静かに」
それはどう見てもポーションだった。青い色をした小瓶である。俺はそれを散々見てきた。死にそうなときにいつも助けてくれる大事なもの。間違いようのない姿だ。しかし今じゃなかった。
「……」
「エヴィー、まだもう一個、もう一個有るよ!」
美鈴が必死に応援している。エヴィーはガチャのとき以上に顔色が悪くなる。これでここから出てくる確率は1/6になってしまった。6回中5回は失敗する。確率的に考えても、エヴィーがこれ以上のガチャを回すのは不毛である。
種族進化した召喚獣に専用装備が出てきたこともあり、今回出てこなければ、エヴィーはもう『ガチャを回さない』と自分で宣言していた。俺たちが『回せばいい』と言っても、エヴィーの理性がそれを許さない。
だから今回出てこなければ、エヴィーは専用装備を手に入れる機会がもうない。エヴィーはゆっくりとカプセルを開けた。
「……」
それは、とても長い“杖”だった。
美火丸の炎刀にも似た特別感。
持ち手が黒で、 杖の先には青い玉がついていた。周りに輪っか状の飾りが付いている。今までエヴィーが使用していた杖と比べると、誰がどう見てみてもこちらの方が存在感がある。
「やっべえ! 専用装備かよ!」
マークさんは声を抑え切れずに叫んだ。
「祐太。これは間違いないよね?」
「ああ、やったねエヴィー!」
「え、ええ」
エヴィーがステータスを開いて、その名前を確認した。
「【コーリエの召喚杖】エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイク専用装備。間違いないわ!」
「やったじゃんエヴィー!」
エヴィーが美鈴と抱き合って喜んだ。エヴィーのその他の銀と銅のカプセルは金額計算に入れるまでもないような、ストーン級の一般アイテムが出てきた。
「これでもうエヴィーはガチャを本当に回さないの?」
「ええ、あなたの虹が無事に出たらまた考えるわ。それまでは私のガチャはお預け」
「エヴィー……」
「はあ、でもホッとしたわ」
「俺も開くけどいい?」
「OK、いいわよ」
エヴィーが喜んでいるところを悪いが、俺の金カプセルも開くことにした。
「なあデビット。金カプセルってこんなにあるもんだっけ?」
「ユウタ。お前……」
マークさんが呆れ、デビットさんは何かを察した。そして二人ともそれ以上は追及してこなかった。
エヴィーの時とは違い数が多いので、次々と開く。スイートルームの高級そうなテーブルの上には、それ以上に高級な金のアイテムが所狭しと置かれた。
「デビット。こんなガチャもあるんだな……」
「ああ、正直、意味が分からん」
デビットさんとマークさんは、もはや思考放棄したような呆けた顔で俺のガチャ結果を見ている。俺は二人には悪いと思いながらも全ての金カプセルを開けた。そして、俺の金カプセルの内訳をエヴィーがパッドに打ち込んで、画像を開いてテーブルの上に置いた。
美火丸の脛当て 売却不可
美火丸の陣羽織 売却不可
美火丸の物理護符 売却不可
美火丸の魔法護符 売却不可
美火丸の短刀 売却不可
美火丸の履き物 売却不可
1000万円のポーション 売却不可
合成素材×16
溶岩の魔法陣×9
HPの果実×7
SPの果実×8
力の果実×6
素早さの果実×10
器用の果実×3
防御の果実×12
「これって以前見たような顔ぶれだよね?」
「ええ、ユウタは金カプセルを出し過ぎて、ガチャから出てくるものは一通り出てしまってるのね」
「お前、どんなガチャ運してたらこうなるんだ?」
マークさんが、大量の金のアイテムを見て恐れおののく。
「マーク。詮索はなしだ。死にたいのか?」
「あ、ああ、すまんデビット。気をつける」
できることなら、いくらこの二人が相手でも、俺のガチャについて教えたくない。しかし、それだと結局、金カプセルのアイテムをどこで売るのかという話になる。ダンジョンショップで売るとしても、結局、間に人を挟むしかない。
ダンジョンショップの人間も100%信用できるかと言えばそうではない。よほどのことがない限り探索者を裏切らないが、高レベル探索者に有利な情報を流さないとは言い切れなかった。
それでも誰かを信じるしかないのなら、デビットさんとマークさんを信じる。それにデビットさんはそういうことによく頭の回る人である。マークさんもその辺は弁えてくれる人だ。間違っても馬鹿な事はしないと信じたい。
「——さて、資金としてどこまでを割り振るかね」
銀カプセルと銅カプセルも開封した俺たちは、さて、ここからどうするべきかと話し合った。
「とりあえず、精力増強剤は全部売っていいんじゃないかな」
銀カプセルで唯一の高額アイテムである精力増強剤。女性の不妊治療に役立つとしてショップでは、たったの一個で300万円の価値になる。ショップで売れば8割で買い取ってもらえるので、240万円も収入が発生した。今回はこれが20箱出てきていた。
一箱で10個入っているので、200個。
全部売り払えば不妊治療で悩む人が200人助かることになる。
「精力増強剤だけでも全部売れば4億8000万。これだけで今回の探索費用が賄えるわね」
ひょっとすると、本来の目的で使いたいなどと言われるかと思ったが、エヴィーの理性はそれを拒否したようだ。美鈴も15歳で人の親になる気はないらしく、少し興味がありそうには見えたが何も言わなかった。
「いや、待てユウタ」
しかし、そこでデビットさんが口を挟んだ。
「いくらなんでも20箱は売りすぎだぞ」
「そうですか? 銀ですよ?」
「銀でも金額を考えてくれ。俺達の伝手は果実だけでもかなりビビってたんだ。こんなもの大量に渡したら妙な気を起こさないとも言い切れん。まだ、直接の伝手は大丈夫でも、その周りが分からん」
「ま、まあ確かに」
デビットさんの言葉に俺もうなずいた。以前ダンジョンショップで7箱売ったのは不用意だっただろうか?
「というか、下手を打つと俺達が殺される」
そこからデビットさんが説明してくれた。ダンジョンアイテムの市場は億単位で金が動く。そしてそれに一番関わっているのは、自分たちの我が儘をいくらでも押し通せる探索者である。危ない考え方をする探索者はいくらでもいるのだ。
「気をつけろよユウタ」
「俺ですか?」
「お前以外いねえよ。正直、ユウタみたいなのが一番狙われる。ガチャ運の割にレベルが低い。おっと、ガチャ運がいくらかは言わなくていいぞ。そんな厄ネタ聞きたくもねえ」
「言いませんよ」
マークさんはかなりひどい言いようである。
「だろうな。だが、果実を売った時点で相当ガチャ運が高いのは分かる。ユウタ。悪いことは言わん。あんまり派手にダンジョンショップでもアイテムを売らないほうがいい。精力増強剤は五箱。果実は二個。合成素材を二個だけにしておけ。なあデビット」
「ああ、俺たちだって、まだ死にたくはない。まあそれで10億は超えるだろう」
マークさんの意見にデビットさんも賛成した。やはりそちら側の事情に精通している人間に早めに相談したのは正解だったかもしれない。いつもいつも南雲さんを頼れるとは限らないし、せめて自分たちが手に入れたアイテムの販売ルートぐらいは、自分たちでちゃんと確保しておきたかった。
「エヴィー。資金はそれでいける?」
「ええ、大丈夫よ。デビット、少なくとも儲けは10億以上にはなると考えていいのよね?」
「ああ、大丈夫だ。合成素材はこの緋色のアレキサンドライトと灼熱石でいい。3億ぐらいで売れるはずだ。何しろ探索者のマーケットは巨大市場だからな。それぐらいなら、まあ、あまり目立たないだろう」
10億以上のお金が動いてもあまり目立たないという。改めて探索者というものは恐ろしくもあり、夢があるとも思った。
「ユウタ。それなら、二人に一割渡して、今回使用した分と次への資金を置いておくとして、3億円は自由に使えるわ。デビット。あなたたちへの報酬は収入が発生してからにするわよ?」
「もちろんだ」
「これで1億円かよ。ひょえー」
「ごまかしは無しでお願いね?」
「探索者相手にそんな恐ろしい真似しねえって」
マークさんが首を振った。デビットさんも、
「そんな命をかけた行為はしない」
と言った。何しろ探索者はどんなスキルが生えるか予想がつかない。嘘を見分けるスキルだって普通にあると言われているし、変にごまかして後で雇用主である探索者に嘘をついていたことがバレれば、本当に恐ろしいことになる。
「まあ、それもそうね。ユウタ、二人はもう出て行ってもらうけど用事はないわね?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあ二人とも、待機していて」
「了解だ」
「俺たちは隣に借りた部屋で待ってるからいつでも呼んでくれ」
デビットさんとマークさんがほくほく顔で出て行った。
「じゃあ早速だけど、今回の取り分を決めてしまいましょう。残ったお金は3億ね。私はユウタが2億。美鈴と私がそれぞれ5000万。これでいいと思うけどどう?」
またもや凄まじい格差配分であった。でも美鈴はあっさりと「OK」した。
「前も聞いたけど……いいの?」
俺の方が遠慮して聞き直した。
「祐太より、むしろ私がこんなにもらっていいのかと」
美鈴が5000万を触ることも恐ろしいというように、ちょんちょん突いている。デビットさんたちが前回の果実を売った現金を机に積んでいた。それが、そのまま今回の俺たちの報酬となったのだ。
「ほとんどのコインはミスズが見つけたんだから、いいじゃない」
「まあ、そうなんだけど……。なんか祐太の傍にいたらそのうちお姉ちゃんよりお金持ちになっちゃいそう」
美鈴はいそいそとマジックバッグに5000万円を入れていた。俺も2億円を先ほどのマークさんと同じく畏れ多い気分でマジックバッグに収納した。ふとジャンボ宝くじに当たったらこんな気持ちなんだろうかと思った。
その後、俺は全ての専用装備を装着して美鈴達にお披露目することになった。
二つに分けたので、明日も投稿します。





