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第八十七話 睡眠

 とにかく眠かった。眠くて眠くて仕方がない。五日間眠らないで頑張ると言ったものの、途中から効率が落ちるぐらいの眠気が襲ってきている。噂では、


『探索者は五日間ぐらい寝なくても大丈夫』という話だった。


 ポーションを飲めば体力は完全に回復できる。それでなんとかなる。そういう話だったのだ。そのはずが、実際やってみると三日目を過ぎたあたりから眠気が凄まじかった。


 俺がこれだけ眠いということは、向こうも同じような状況ではないのかと心配になる。【意思疎通】で美鈴たちに『大丈夫?』と尋ねたら、向こうも大変な状況になっていた。


 というのも突然乗っていたラーイが意識を手放して眠ってしまったそうだ。ラーイの継続スピードは時速150キロほど。そんなことになったら普通なら大事故である。しかし、地面に投げ出された二人は意外と大丈夫だったそうだ。


『今どうしてるんだ?』


 さすがに人間形態でも2m近いラーイを運ぶのは無理だろうと心配で尋ねた。意識を手放した時がライオンの形態だったのなら、尚の事運べないはずである。


『【召喚解除】でラーイを還して、ミスズと二人で走ってる』


 なるほどそりゃそうである。ライオンの形態であるラーイを2人で運んでいるのかと一瞬想像したがそうじゃなくてよかった。というか、そんなことも思いつかないぐらい俺は眠かった。


『ラーイが、二人に何も言わずに急に眠ってしまうとは、相当無理してたんだな』

『まあ私たち二人を乗せて、ずっと走り続けていたもの』


 美鈴たちの体重は、それほど重いとは思えないが、それでも二人合わせたら100㎏前後になる。それを乗せてラーイの継続スピードである時速150㎞で三日間寝ずに駆け続ける。


 実に一万㎞近く走ったことになる。地球上にはそんな無茶に、耐えられる乗り物などきっと存在しない。ゾンビに襲われながらじゃ最新鋭の戦車でも10㎞だって走れない。


 間違いなくこの階層で一番頑張っていたのはラーイだ。体力はポーションで回復できるはずなのだが、どういう訳か運動が激しいほど、探索者でも眠気が襲ってくる。俺も今それをいやというほど体験していた。


『二人は大丈夫か? 眠くない?』

『ええ、ずっとラーイが乗せてくれてたから、私達は脳への負担がかなり少なかったんだと思う。眠気は大丈夫よ。ただ、私たちが走っているだけだと追いつけるゾンビが結構多くて、そっちのほうが問題!』


 気をつけてとしか言えなくて、俺は【意思疎通】を切った。想定が甘いのはいつものことだが、情報がなかっただけに、さらにそれがきつかった。まあ、情報があったらあったで、嘘情報に踊らされるわけだけど。


 特に今回は、


『探索者は五日間ぐらい寝なくても大丈夫』


 という情報に踊らされてしまってる。まあ、多分普通に生活してるだけなら寝なくて大丈夫なんだろうけど、探索者なんだから戦いながらだということぐらい考えて情報を流せと思った。


「まあ、こんなアホなこと、あんまりやる人いないのかもな」


 愚痴りながら、10万円のポーションを取り出して飲んだ。少しだけ眠気が飛ぶ。俺はゾンビがたくさんいる暗闇の光景に目を向ける。


 夜の闇の中で思う。


 誰だ。三階層でラストを倒せたら四階層は楽勝だとか言った奴。全然そんな事ないじゃないか。いや、よく考えたらクエストのことまで考慮してなかったのか? クエストを含めなければ確かに、四階層はそこまで凶悪じゃない。


 しかし、クエストがあるじゃないか。クエストは五日間頑張れば、必ず取れるわけじゃない。そこをちゃんと考えて情報流せよ。


 いや、それもただの愚痴か。最近わかってきた。ネットに流れている情報は、Dラン生が流している情報が殆どなのだ。Dラン生は四階層のことなど知らない。そして知らない情報を流すとしたら想像になる。


 そもそもDラン生はクエストなんて危ないから挑戦しない。そして、ガチ勢の探索者は、自分達の秘密にもつながるほとんどの情報をボカシてしか流さない。それを見た一般人やDラン生が妄想を膨らませて適当な情報を流す。


 この流れを最近俺は気づいた。


「ネットの探索者情報はもう二度と見ない。そして眠い」


 眠れるならS判定はあきらめる。と考えたくなるほど眠い。四日目に突入して、かなり時間がたっていた。もうすぐ五日目になる。俺たちの継続スピードはラーイ程じゃない。時速100㎞ほどだ。


 瞬間的な爆発力は、リーンと合体した俺の方があるが、継続スピードは四足獣でもあるラーイの時速150キロにはとても及ばない。そんなわけで、現在、階段探索が終わったのは、向こうが八割、こっちが六割程。


 本来は美鈴たちが早く自分たちの探索範囲を終える予定だった。【暗視】と【探索】を使用した美鈴は200m先まで視ることができるからだ。だから五日間は楽勝かとも思った。


 しかし、予想以上にエヴィーの火魔法にゾンビが寄ってきた。こちらもだが、向こうも予定通りに探索が進まず、五日間で向こうの範囲が終わるかどうかも微妙になっていた。


 今のやり方ではどれだけ頑張ったところで、残り1割は、探索範囲が残ってしまう計算だった。運要素は絡んでくるが、残り1割なら階段が見つかる可能性の方が高いと思える。しかし、そんな甘く考えていいのか。


 たったの三階層で、どんな質の良いレベル上げをした探索者でも実力では勝てそうにないモンスター(ラスト)を用意するダンジョンだ。絶対に俺たちが五日間で探索できない残りの一割に階段が設置されている気がした。


 俺たちは円を描くように探索しているが、どんな探索ルートを選んでもそうなる。そんな気がして仕方なかった。そして、ダンジョンはいつも俺達に言うんだ。最後の最後、その一瞬まで諦めるなと。全てを出し尽くせと。


「起きろ俺」


 探索範囲をちょっとでも広げるために、【暗視】が生えてからも、走っている時はリーンの集光器もつけることにした。それで150mほど先まで見えるようになった。その視界にゾンビが入ってきた。


「またか!」


 目の前にライオンの群れがいて、戦いが避けられなかった。戦闘行為は、どうしても、足を止めなきゃいけない。ずっと一定のスピードで走り続けることができない。その事にも焦る。


 何よりも今にも意識が飛びそうなこの眠気だ。


 眠気のせいでスピードが遅くなり、かなりゾンビに追いつかれた。美鈴たちと一緒に回れば、なんの問題もない階層なのだろう。きっとクエストさえ諦めれば、楽な階層なのだ。でも諦めたくない。


 あまりの眠さに体を動かすことさえ億劫になりながら根性で、ライオンの群れを駆逐した。そして俺はずっとそばにいる仲間。リーンに【意思疎通】で声をかけた。


『リーン。人型に戻って寝てくれ』


 諦めたくないからそう口にした。リーンはもうかなり眠いのを我慢している。先ほどからしゃべりかけてもほとんど返事がない。一番スピード出せない理由がリーンだった。パフォーマンスが驚くほど下がっていた。


 俺の動きをリーンがうまく補佐できなくなっていた。

 それとともにリーンと合体している気持ちよさがなくなった。


 その事で俺はリーンと合体している時に起きた異常な気持ちよさが、リーンの意志によるものだったんじゃないかという気がした。もしそうだとすると、俺がずっと感じていた気持ちよさは……。


 そこまで考えて頭を振った。いや、あれは俺の切腹もののミスだ。そういうことにしておいたほうがきっといい。


『……ユウタ。でも……ユウタ………も……眠ふあ……』


 リーンがすさまじく眠そうな返事をする。


『俺はなんとかなる。合体を解除しよう。俺がリーンを背負ってやるから寝るんだ』


 もう少しで眠れると思ったのか、それとも起きなければと思ったのかリーンがもう少しはっきりしゃべりだした。


『ユウタ……それはかなり危険』

『そりゃそうだが、このままじゃスピードが落ちるばっかりだ。それよりも30分だけでも寝れば、かなり違うだろ』

『じゃあ……ユウタもふあ………リーンが背負うから後で寝る……』


 リーンは150cmぐらいの身長しかない。レベル10までの間に身長が180cmまで伸びた俺を背負って、リーンがゾンビと戦うなど、絶対に無理だ。


『俺はいい』

『ユウタ……無理する………よくない。ユウタが寝ないのも………』

『議論は無意味だ。それしかない。リーン、俺の言う通りにするんだ』

『……』


 リーンはエヴィーに俺の言うことを聞くように命令されている。だからはっきりと命令すれば、俺の言葉に逆らうことはできない。返事は無かったが、リーンは逆らわなかった。


『ユウタ……合体解除……気をつけて』

『ああ』


 リーンが【人獣一体】を解くと、俺の背中でおんぶする形になっていた。


「せめてユウタが動きやすいようにし……て……」


 そして、両手のブルーバーを伸ばして俺の体に何重にも巻き付いてくる。リーンが自分の体を俺の体にしっかりと固定させる。俺が持たなくてもずれ落ちないようにしてくれた。


 胸やお尻が育ち過ぎてるリーンの体だが、おんぶをしたところで、美火丸の胴鎧があるからその感触が伝わってくることはなかった。


「……」


 すぐにリーンの寝息が聞こえてくる。スピードがガクッと落ちた。走る速度が半分ぐらいになった気がする。自分で走るだけならここまで落ちないが、リーンを背負う動きにくさと、重さがある。


 そして、この階層にいるゾンビのすべては四足獣で、俺の今の状態に追いつけないゾンビはいない。必然的に、ゾンビに襲われやすくなる。


「ふっ! 気合いだ」


 自分の頬を思いっきりビンタする。クエストでS判定をとるために必要な時間を確認する。


【33:16】


 約33時間。探索の時間が残されていることよりも、まだそんなに起きてなきゃいけないのかと、絶望感が襲ってくる。俺は美火丸を抜いて自分の腕に食い込ませる。肉が焼ける痛みが走る。強烈に匂った。


「ちょっとは目が覚める」


 これぐらいしてもまだ眠気が完璧に抜けなかった。そしてこちらが苦しいから遠慮してくれる優しいモンスターはいなかった。追いかけてくる唸り声が聞こえた。ゾンビ独特の奇妙な唸り声。


 振り向くと。ジャッカルだった。


 10体の群れを組んでいる。リーンは多分、何をしても起きないぐらいの状態だと思う。それに苦しいぐらい自分と俺をくくり付けてくれている。それでも激しく動くと下にズレてきそうだった。


 左手でリーンのお尻をしっかりと支えた。腐乱した体で必死に追いかけてくるジャッカルは、チンタラ走っている俺にすぐに追いついてきた。絶対にリーンを傷つけさせないように気をつけて、俺はジャッカルと向き合う。


「【加速】【剛力】!」


 けっして強い相手なんかではない。俺のレベルだって22になろうとしていた。


「こんなところで負けるわけにはいかないんだよ」


 少しでも階段探索の距離を稼ぎたくてバックしながら戦う。向かってきた最初のやつの足を切断した。回復するだろうが、一本の足を遠くに蹴り飛ばしてやった。ジャッカルは足を失ったのに、それを取りに行くこともせず追いかけてきた。


 さらに二体が向かってきて、同時のタイミングで後ろにも回り込まれていて、リーンが噛まれそうになる。俺はリーンのお尻を支えていた手を離して、ジャッカルの牙を受け止めた。籠手にジャッカルが歯を立てた。


 その歯が潰れるぐらい力を入れてくる。【三連撃】を放つ。前から向かってくる二体と俺の腕に噛み付いているやつを斬った。ゾンビに【蛇行三連撃】など必要ない。だって攻撃をよけないから、基本的に刀は振れば当たる。


 必要なのは手数だった。そう思って美火丸を振りまくっていたらレベル21で【蛇行四連撃】が生えた。嬉しいのだが、今は別のスキルが欲しかった。


「【睡眠耐性】いつ生えるんだよ」


 次々に向かってくるジャッカルを斬り裂く。【暗視】とともにこの階層で明らかに必要なスキルは【睡眠耐性】だ。しかし、まだ生えてくれない。ジャッカルに襲われてるのに眠くて動きが鈍る。


 激しい運動を続けながら四日も寝ない状況は探索者の体でも相当辛いらしい。


「起きろ俺!」


 ジャッカルを斬り裂くだけで精一杯だった。心臓を刺してちゃんと殺すほどの集中力が出せない。幸い美火丸の効果で、斬った痕が火傷になる。再生は絶対に遅いはずだ。


 さらにほかのゾンビも寄って来た。ライオンとチーターとハイエナが30体。


「はは、お前らって仲悪いんじゃなかったっけ?」


 リーンが寝て、まだ五分も経ってない。この階層を楽だと言った奴を呪い殺したくなる。高速で走ってきたチーターの攻撃を受け止める。同時に別のチーターに腹を噛まれた。


 殺されない限りは、ゾンビ化しないという話だが、ゾンビに噛まれるのは気分が良くなかった。


 なんとか30体を倒し切ると、ゾンビ化はしないと思いつつも早めにポーションを飲んだ。皮肉にも痛みが完全に引いてしまう。また強烈な眠気が襲ってくる。美火丸を抜いて自分の腕を再び斬った。自分で回復させて自分で傷つける。


 俺は自分のことがかなり危ないやつに思えた。

夜にようつべ見てると死ぬ程眠いと思いながら書いた(マテ

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― 新着の感想 ―
>リーンは150cmぐらいの身長しかない。レベル10までの間に身長が180cmまで伸びた俺を背負って、リーンがゾンビと戦うなど、絶対に無理だ とあるのですが、「第七十三話 Sideリーン②変身」でリ…
次々と訪れる(小説的)課題が見事な設計で感心します〜 眠いのつらいよねぇ 運転中とかガチ死ぬる
な、なるほど……。動きをサポートするだけなら股間の部分に動きを与える必要ないしな……。 なんで淫乱なゴブリンスライム(?)なんだ!いいぞもっと犯れ!
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