第八十二話 美鈴の選択
【ゴブリン大帝、個体名ラストを討伐。3階層クエストS判定クリアを承認します】
【寡兵によるパーティークエストの達成を承認。ボーナスとしてスキル【石壁】の進化を承認。スキル【石壁】は、スキル【鉄壁】に進化しました】
【レベルアップのお知らせをします。あなたはレベル16になりました】
「一気にレベルが二つ上がるんだ。おまけに【鉄壁】か」
俺は女の人のアナウンスを聞いて、つぶやいた。【鉄壁】は新人ではかなり便利な防御スキルとして有名だった。俺と同時に美鈴とエヴィー、リーンとラーイにも声が聞こえているようだった。
「私、【変色】がなくなって【変色体】だって。【意思疎通】もちゃんと生えてる」
美鈴が自分のステータスを確認しながら言った。
「【変色体】か」
確か矢だけでなく自分の姿を服も含めて周りの景色と同化させるものだ。色を変えるだけだから、【天変の指輪】には遠く及ばないが、美鈴が今一番欲しているスキルだったはずだ。
「【変色体】」
美鈴が使用してみると、かなり近づかないと、そこに美鈴がいるのだとわからなかった。美鈴の弓の射程圏内である200mも離れると景色と混じってしまって、まず見つけることができなかった。
おまけにギリースーツと違って、移動したら自分の体の色が周りの景色と連動して変化する。これで相当モンスターに自分の位置を悟られなくなるはずだ。
「便利そうね」
「うん。これなら索敵スキルがない奴なら、気づかれずに矢を射てそう」
俺の【鉄壁】も含めて、ラストとの戦闘前に生えていたらもっと有利に戦えた。まあそれでもラストはもうなんというか戦闘経験が積み上がりすぎて、とてつもない強さになっていた。
米崎が絶対に勝てないと思ったという理由もよくわかった。クエストをクリアできた俺達自身が、ラストに勝てたという気がほとんどしないのだ。リーンという切り札があったとはいえ、結果的に博打も良いところの勝負だった。
「私は【意思疎通】と寡兵報酬の進化形ね。【火弾】のパワーアップバージョンと言われてる【火炎弾】よ」
「結構、強い魔法だよね」
「ええ、火の弾の進行速度が倍以上になり、なおかつ威力も高いと言われてるわね」
これに加えて、エヴィーはリーンとラーイにも【意思疎通】が生えて、それぞれに特殊能力も増えていた。
「リーンのは【人獣一体】って書いてる。ユウタと合体していたことがスキル化したとみて間違いないわね」
リーンは俺から無事に離れることができて、今は人の形に戻っていた。【人獣一体】。初めて聞くスキルだが、スキルとして出たということは、他にも使える存在はいるのかもしれない。
「ラーイは何?」
「私は【加速】だな」
ラーイは珍しく人型だった。相変わらず綺麗な筋肉をしていて、女性のボディビルダーみたいだった。
「ラーイ。ユウタと同じ」
リーンがラーイに抱きつく。リーンが成長したとはいえ、小学六年生ぐらいで、やはり2m近いラーイの姉という感じはしなかった。そんなエヴィーは召喚獣達を見つめてほくほく顔である。
召喚獣二体にまでスキルが増えたのだ。ちょっと前までは一番自分が弱いと考えていたことを考えると、ずいぶんな違いである。
「それにしてもリーン。あなた、すごかったわね。まさかあそこまでユウタを強化してしまうとは思わなかったわ」
エヴィーがラーイと遊んでいたリーンに言う。
「主もやってみる?」
「私でもできるの?」
「当然。ミスズやラーイとも出来る」
エヴィーの後ろにリーンがくっついた。エヴィーの体が青く発光現象のようなものが起きて収まる。エヴィーの体が、リーンのブルーバーによって覆われていた。
「こ、これはちょっと苦しいわね」
ただ一つ問題があった。エヴィーの防具には専用装備が無い。結果として、かなり服がパンパンになってしまっていた。 2人の体積が一人になったのだからパンパンになって当たり前である。
ラーイ並の身長があるスレンダーな女性が、ピッチリした服を着ているという感じだった。
「俺も美火丸装備以外はとれてしまったもんな」
おかげで俺も戦いが終わってから服を着替えていた。
「ちょっと窮屈ね。うん。脱ぐわ。リーン、隠しておいてね」
『了解ー』
エヴィーはあっさり自分の装備を全部脱ぎ捨てた。
「よし、裸はリーンが隠してくれるから、服はいらないわね」
エヴィーが言ってしまう。中途半端な防具を身につけるぐらいなら、リーンのブルーバーの防御力の方が高い。でも女としてそれでいいのだろうか。
「リーン、ちょっと動くわよ。大丈夫?」
『大丈夫。主の動きたいように動いたらいい』
エヴィーがリーンに言われて軽い調子でジャンプした。それだけのことで、エヴィーの体が5mほど跳び上がる。「と、跳びすぎっ」あまりに跳び上がりすぎて、エヴィーは空中でバランスを失う。
『主、鈍臭い』
それでもすぐにリーンが補正して見事に着地した。
「ゆ、ユウタみたいだわ」
『ユウタだともっと動きやすい。10m以上跳べる』
「そ、そうなの……」
エヴィーに俺がジト目で睨まれて視線をそらした。どうしてあなたの方が私の召喚獣を上手に使っているの? と言いたげである。
「まあいいわ」
エヴィーはリーンの具合を確かめ、離れると服を着直した。
「ね、ラーイも種族進化したい?」
そしてそんなことをエヴィーがラーイに聞いた。
「それはもちろん。主、種族進化の方法がわかるのか?」
普段、冷静なラーイもその話には食い気味だった。
「いいえ」
南雲さんは種族進化した召喚獣はカインの召喚獣以外に見たことがないと言っていた。リーンはゴブリンだから初期に条件が満たしやすかったとすれば、普通であれば、その条件は満たしにくいのかもしれない。
「というより、偶然で、一人の人間がたくさんの召喚獣を強くすることは難しいのかもしれないと思ってるわ」
エヴィーなりに種族進化については考えていたのだろう。ラーイと真剣に喋り始めた。
「では私は種族進化できないと?」
ラーイの顔に落胆が浮かぶ。
「いいえ、私の考えだとカインもリーンと同じでなんらかの幸運が重なって、最初の召喚獣の種族進化条件を満たしたんじゃないかと思うの。そして召喚獣は種族進化するんだということを知った。その知るということが重要だったんじゃないかって気がするのよ」
「それはそうだろうが」
エヴィーは楽しそうに強くなるための方法を探していた。そしてこういうことがダンジョンでは結構重要だ。事前に作戦を考え、リーンという切り札を用意してなければ、俺たちはきっと死んでたんだから。
「今回、私たちがラストのクエストでS判定をもらえたのは、ナグモの情報で、このクエストをS判定でクリアできると知っていたから。それを知らなかったら、私たちもあんな化け物にレベル14で挑めなかったはずよ。できると知らないことと、できると知っていること。この二つはかなり違うもの」
「主、つまり?」
「カインの召喚獣も最初の一体はゴブリンだったのかもしれない。ゴブリンだと自分より上のレベルの同種族を1000体倒すというのは満たしやすい条件だわ。逆にほかの召喚獣が出てきたら、種族進化条件を満たすのは偶然ではかなり難しいんじゃないかしら」
「つまり召喚士は、最初の召喚獣として、ゴブリンを引き当てることも重要ということか?」
「ええ、カインはゴブリンが最初リーンのハイブルーのようになった。そこからカインは他の召喚獣に対しても種族進化できないかと徹底的に検証した。そういうことなのかもしれない。いえ、むしろそうに決まってるわ」
「普通にやっていれば絶対満たされることがない条件。それをカインは召喚獣全てに命じて、自分も協力して条件達成をした。そういうことか?」
「ええ、きっとそうよ」
エヴィーとラーイはかなり熱を入れて話し込んでいた。その間、美鈴の方はクエスト結果を難しい顔で見ていた。
「では主」
「ええ、ラーイ。もっと話し合いましょう。リーンがこれだけ強くなるなら、あなたにとっても種族進化はかなり重要なことよ」
そこからは必死に2人で、あーでもない、こうでもない。と話し始め、検証内容を思いついたようで、ラーイと二人で、エヴィーが走り出してしまった。
「――ありゃりゃ。あんなエヴィー初めて見るな」
俺達と話しもせずに突然走り始めてしまった。よほどリーンの種族進化による能力強化に興奮しているようだ。
「リーン、置いてかれたね」
「大丈夫。姉は寛大。それに、危なくなったらすぐに呼ばれる」
「まあそりゃそうか」
そんなリーンの頭を俺が撫でた。そうしながらも俺は新しく生えた【意思疎通】を使ってみることにした。
『エヴィー。聞こえる?』
『ユウタ? ああ、【意思疎通】か。便利ね』
探索者用のスマホと同じ機能ではあるが、スマホを持たなくていいのは便利が良いし、何より戦闘中でも使うことができる。
『どんな検証内容にするの?』
『ふふ、ライオンは最高時速は何キロ?』
『80キロぐらいかな』
『そう。リーンは近接戦闘型だから戦闘に関係があるものが進化条件だった。でも、ラーイは陸上騎乗型。つまり、人を乗せた状態で陸上を時速80キロで1000キロ走ってみたらどうかって話になったの。リーンの進化条件を見ていてもダンジョンはキリの良い数字が好きみたいだしね』
『いや、でも、それだと他の人でも条件満たしてるんじゃない?』
特にラーイにとって時速80キロはそれほど難しい速度ではないはずだ。ちょっと本気になれば簡単に出てしまう。普通のライオンならトップスピードが出せるのは数秒間のことだろうが、ラーイならかなり長時間それは続けられる。
何よりも素早さがあがれば、もっと長く80キロぐらいなら保つこともできるだろう。
『確かにね。でも、その1000キロを止まらずに時速80キロだったらどう? もちろん途中でポーションとかで回復もしない』
『その条件だと大抵は途中で止まってしまうだろうね。それにいくらなんでも疲れちゃうからポーションは使っちゃう』
『そ。種族進化できると知らなければ止まってしまうわね』
『偶然には満たされにくい。それが種族進化の条件だとすれば、ありえるか』
『まあそういうことだから12時間後ぐらいに帰るわ』
エヴィーからの通信があっさりと切れた。これからラーイは12時間走りっぱなしで、エヴィーもそれに乗りっぱなしだ。 42.195キロ走るアスリートの時速は20キロぐらいだと聞いたことがある。
それでも人間を乗せたりはもちろんしてない。いくら今のラーイのステータスでも相当厳しいだろう。しかしステータスが伸びすぎると種族進化条件が厳しくなるということも考えられる。
これでうまくいくかどうかは分からないが、進化条件が明確に示されることがない以上いろいろと試してみるのは良いことだ。
「まあでも、最初の召喚獣としてゴブリンはよく出てくると思うけどな」
むしろ一番ゴブリンが出てくる可能性が高いと思う。それでもみんな種族進化条件を満たさないのはきっと、
「弱すぎて途中で死んじゃうんだろうな」
エヴィーは資金力があり、リーンにアリストを与え、ポーションも飲ませて大事に育てた。実際はそれが一番種族進化条件を満たすことができた理由じゃないかと思えた。召喚獣を大事にして死なせないこと。
意外とこの達成は難しいと思うのだ。カインの成功で召喚士はとても人気のあるジョブではあるが、成功例はかなり少ない。それはそもそも召喚士のジョブが現れる人が少ないことと、召喚獣を死なせてしまうことが多い。
この二つが一番の理由ではないかと思えた。一方で美鈴はその間、なんの声もかけてこなかった。
「美鈴、どうしたの?」
クエスト結果を見たまま難しい顔をしている。
「はは、私さ。エヴィーに言わなかったんだけどさ。クエスト結果の判定報告無かった」
「ああ……」
それはつまり【意思疎通】のクエスト報酬と【変色体】の寡兵報酬がもらえただけで、美鈴にはA判定すら無いという事だった。弓兵ジョブにとっての主要四項目のステータスアップがないのか。
今まで美鈴と俺で明確なステータスの差が付いたことはないのだが、今回はっきりついたことになる。今回のクエストに対する美鈴の貢献度はどう考えても低い。そのことに対する査定はかなり厳しく入ったようだ。
「はあ」
「……美鈴」
「私、探索者やめた方が良いのかな」
「それは……」
虹カプセルが出るまでの我慢だとそう言いたい。でもそれは美鈴も嫌というほど分かってる。
「エヴィーが祐太と仲良くすることに文句を言わなかった一番の理由ね。私が途中で抜けるかもしれないって思ったからなんだよね」
「美鈴……」
「私さ。ラストを見て怯えちゃったんだよね。私じゃ何もできないって思った。だから、ただの傍観者みたいになっちゃった。それが一番悔しい」
いつもならここで慰める。でもそれだと美鈴のためにならない。俺は美鈴に最後まで一緒にいてもらいたい。でもこのままだと確かに美鈴は探索者をやめなければいけなくなると思った。
「……美鈴。厳しいことを言うけどいいかな?」
「う、うん。良いよ。言って」
「ラストと戦ってるとき、どうして弓で支援することを諦めたの?」
「だって私の弓、ラストに全然効かないし」
「それは違う。ラストに美鈴の弓は効果があるよ」
「え? で、でも、実際刺さらなかったじゃない」
「あの時は俺もちょっとそう思った。でもそれはおかしいって、すぐに思い直した。あいつは美鈴のステータスをあの時、悪いとは言わなかった」
「え……」
ラストはレベルが低いと俺たちのことを言ったが、ステータスが悪いとは言わなかった。ステータスが悪くないものの攻撃が全く通用しないとなったら、それこそもうクエストとして無茶苦茶になってしまう。
「たぶんラストは相当な戦闘経験を積んでいる。その結果弓兵ジョブの人間が、まず仲間の攻撃に紛れて顔面を狙ってくるということをわかっていたんじゃないかな。だから最初の一撃を受け止めることができた。それで美鈴はかなり心が挫けてしまった」
「う、うん。こんな奴に何をやっても無駄だって思った」
「おまけにラストはその時に美鈴の位置を見つけた。そして次の攻撃をわざとくらった。筋肉をしっかりと固めて、大きなダメージを負わないように気をつけてね」
「え、ズルい……」
「そう。ズルいよね。弓で戦闘中に攻撃されるのが嫌だから、そもそも効かないと思い込ませたんだから」
「それって、ああ……」
美鈴は自分が本当の意味でやらかしてしまったんだと気づいてうなだれた。
「祐太は自分の攻撃が受け止められても戦い続けてたのにね。私探索者やっぱり向いてないんだ」
「美鈴、米崎だってラストに対しては勝てないと思って逃げてしまったんだ。それでも米崎は20階層にいる。つまり、これからの内容次第で取り戻すことができるんだ」
「でも……祐太みたいなことが一瞬で考えられないと、この先通用しないのかな」
「美鈴。俺は美鈴と一緒に居続けたいと思っているけど、諦めるなら止めはしないよ。今回のことで中途半端な気持ちだと本当に美鈴が死んでしまいかねないと思ったんだ。だから美鈴がどうしたいのかをちゃんと決めるんだ」
とても厳しい内容を俺は美鈴に言った。10億人も挑戦して、それでも、ほとんどの人間は脱落するか死んでるのだ。ダンジョンには夢があるだけじゃない。その隣にいつも死がある。そのことをもっと考えなければいけない時が来てる。
そして美鈴ならその事をちゃんとわかってくれると思った。
「……わかった」
2人ともその後は口をきかないまま休憩を終わらせる。と、ふいに美鈴が口を開いた。
「――祐太、ところで米崎はどうなったの?」
美鈴は急に話題を変えた。
今はまだ自分がどうするのか喋りたくないようだった。
一方で、クエスト結果を見る限り、どう考えても米崎の影響が出たとは思えなかった。これ以上ないと思えるほどのクリア報酬は貰えたし、米崎がそれを邪魔している様子はなかった。
まあ元々そこまで心配はしてなかった。なんの得もないことを米崎がやる訳もない。その点に関してだけは米崎を信用していた。とはいえ米崎のことは俺も気になって、スマホをとりだした。画面を見るとそこには、
【3月20日10時人工レベルアップ研究所においで。表札は違うから気をつけるんだよ】
と連絡が届いていた。
「『おめでとう』のひと言もなしか」
まあ、米崎からそんなものが届いたら、それはそれで気味が悪い。
「祐太、ゴブリン集落で捕らえられている18歳の女の子2人を助けたいって言ってたよね?」
「ああ」
「OKなのかどうか聞いたら? 現状は米崎ともめたら嫌でしょ?」
「うん……いや、必要ないと思う」
「なんで?」
「多分、米崎はそのことをもう覚えてもいないんじゃないかな」
「……」
美鈴は呆れた顔をしている。でも自分でもその可能性の方が高いと思ったんだろう。
「なんか私もそんな気がしてきた」
18歳の女の子達にとっては、たまったものじゃないだろうが、米崎の興味はもう完全に別のことに向いている。そう、俺達と共に下の階層に降りることに向いているはずだ。
「でも、それなら早く行ってあげましょう」
「そうだね。1分1秒でも早い方が良い」
「エヴィーを呼び戻す?」
「ゴブリンが人質を取ったりするんだったらそれも考えるけど、そんなことしないしね。【変色体】を使える美鈴と、リーンと合体した俺で十分だ」
「OK。では囚われの姫様たちを助けに行ってあげましょうか」
甲府ダンジョンの中で、ずっと見捨てられていた少女達。俺たちはきっと一刻も早く助かりたいと願っている二人を助けに行くことにした。
次の話が勘違いを生みかねないので、一応補足しておきますが、作者は美鈴を見捨てたわけではありません(汗





