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第八十一話 ラストゴブリン

 ゴブリンは人間がダンジョンに来なくなれば、際限なく増えていき、そして二年経てばダンジョンから溢れ出してくる。ダンジョンから次々と吐き出されるゴブリンを殲滅しても、一度開いたダンジョンの蓋は二度と閉じない。


 閉じない蓋から常にゴブリンが現れ、際限なく人間を殺すためだけに活動を始める。おまけに国がダンジョン関連の規制を撤廃するまでは、そういうダンジョンにも人間の立ち入りが、許可されることはなかった。


『ダンジョンは人間を試す』


 そう米崎は言った。その試しは強制で、ダンジョンに入らないという選択は、人類側にはない。ダンジョンに入らなければ溢れ出すゴブリンや、その次に溢れ出してくる四階層の夜の怪物(ナイトウォーカー)


 それらによって、意地でも入って来なければいけない状況にされてゆく。閉鎖主義の国もどこまでそれを貫き通せるか。でも、そんな閉鎖主義の国にとって、米崎の人工レベルアップは希望の星だろう。


 崩壊したダンジョンからあふれ出たモンスターで、レベルアップができるといっても軍の使う現代兵器でのレベルアップは質が悪い。しかし、現代兵器を使わずにモンスターを殺せば、兵士の損耗率はシャレにならない。


 だからこその兵士の損耗率が0の人工レベルアップ。


『中国は10兆円。アメリカは15兆円』


「絶対、レベル10に全員出来たあたりで、『レベル20に出来る方法が見つかったよ』とか言い出しそうだ」


 米崎はそういう感じの悪い笑顔を浮かべている気がする。考えながらもゴブリン集落の殲滅が終わろうとしていた。


「美鈴。あいつを殺せば?」

「多分、最後だと思う」


 美鈴が探索を使って周囲をくまなく探していく。集落の中にゴブリンがいなくなれば、ゴブリン大帝。通称ラストゴブリンが出現する。一から三階層までのゴブリンを統べる存在とも言われているラスト。


 その桁違いの強さは、今までのモンスターと一線を画し、何を考えてそんなに強いやつを出現させるんだというぐらいバカげた強さのモンスター。


「全員HP、MP、SPは大丈夫?」


 俺は最後に確認した。最後の一体になっても逃げることがないゴブリンに対して、顔面を殴打する。メイジで近接能力は弱い。足で踏んで這いつくばらせると美火丸を首にあてた。美火丸を振り抜けばこいつは死ぬ。


 俺たちはそれぞれにポーションをきっちり飲んだ。ラーイとリーンの回復もちゃんとした。


「これが終わったらちゃんと私にも『好きだ』って言ってね。まったくエヴィーの方が先に言われてるんだから」


  美鈴がまるで死亡フラグみたいなことを言ってくる。


「今言おうか?」


 だから俺はそう言った。


「ついでは嫌なの。ちゃんと心をこめて『美鈴が大好きだ! 愛してるんだ!』って言われたいの」

「終わったらそうしよう」


 我ながらなんという発言だ。美鈴もエヴィーもこの状況でハーレムに対する蟠りが、かなりなくなっているようだった。ダンジョンは命がけだ。色恋沙汰で何時までも騒いでいられるほど暇な環境ではなかった。


「行くよ」


 俺がゴブリンの首を落とそうとして、


プルルルルプルルルル


 スマホの着信音が鳴った。探索者用のスマホからだった。マジックバッグの表のポケットに収められていた。


「こんな時にスマホ? 誰から?」


 美鈴が聞いてきた。


「見てみる」


 気になってスマホの画面を光らせて確かめた。


【君が自分で言うほどの存在なのか? ダンジョンに好かれるってのはどんなものなのか? 見る機会がめったにないんでね。ここでじっくり見させてもらうよ】


 差出人:米崎秀樹


「米崎だ」

「見ていい?」


 美鈴が言ってエヴィーも覗き込んできた。


「うわ、嫌な男」

「ユウタ。これ、ステータスに影響ないんでしょうね? ゴブリン大帝を倒しても、米崎のせいでクエスト失敗なんてなりたくないわよ」


プルルルルプルルルル


 そうするともう一度着信音が鳴った。


【クエストに影響は絶対出ないと保証しよう】


 どこかで聞いてるのか? あの男なら姿を隠してずっとそばにいたとしてもおかしくなかった。


【もし影響が出たら?】


 返信した。


【僕を殺してくれても構わないよ】


「だそうだよ」


 俺が言うと美鈴が顔をしかめて、


「影響がほんのちょっとだけ出て、あの男が殺せたらいいのにね」

「私もその意見に賛成だわ」


 エヴィーも米崎が嫌いらしい。それにしても上のレベルの人たちって、下のレベルの人たちを監視する能力が何かあるのだろうか? いくらなんでもタイミングが良すぎる。


「まあ今考えることでもないか」


 俺はスマホをポケットの中に戻した。

 ここで米崎が、俺達のステータスに影響が出るようなことをするとは思えなかった。あの男なりにダンジョンのルールを利用して見たいものを見る。そういうことだろう。


「じゃあ本当に行こうか?」


 勿体ぶったところで仕方がない。


「OK」


 エヴィーがラーイに乗って後ろに下がる。エヴィーは中衛の補佐係。


「私もOK」


 美鈴は集落の影に隠れ、ギリースーツも身にまとう。美鈴は不意打ち係だ。俺とリーンは前衛だ。


「【召喚獣強化】」


 エヴィーがリーンとラーイに唱え、準備がすべて整う。俺は押さえつけていたゴブリンメイジの首を落とした。

 その瞬間。


《何度目だろうか?》


 ダンジョンの中で寒気がした。南雲さんから感じたプレッシャーと似ていた。でも南雲さんは一度も、こちらに殺意を向けたことがない。


 しかし、俺たちに向けて殺意を誰かがはっきりと放っていた。目の前の空気が陽炎のように歪んだ。空間が捻じ曲がってそいつは突然現れた。


《お前たち人間の相手をするのは……》


 目の前にいた。


《ほとんどは殺した。だが、我を殺した者もいた》


 ゴブリン大帝には前世の記憶があるのだろうか?

 そうとも受け止められる言葉だった。

 体はジェネラルよりも小さかった。

 しかし、人間の大人より大きい2mほど。

 濃密な筋肉が、黒い鎧の中ではじけそうだった。

 赤い瞳が鋭くて、二本の牙が伸びていて、頭に一本角が生えていた。

 そいつは鬼のようだった。

 持っている武器は大剣ではない。

 俺の炎刀と変わらないぐらいの細身の黒剣。


《我はラスト》


 その言葉は重く響いた。


《賜りし名を持つ者》


 今まであらわれた誰よりも強い存在。


《お前たちは我より強いのか? それとも弱いのか?》


 目の前にいたラストの黒剣が振られた。速すぎて避けられず、美火丸で受け止める。衝撃で足が地面にめり込む。


「リーン盾だ!!」


 美火丸と斬り結んだその流れのままラストが、リーンに斬りかかる。盾に全部ブルーバーを回してしまったせいで大事な部分以外が裸になってしまっているリーン。後ろに一緒に跳んだ。


 ラストがそれを捉える。ブルーバーが衝撃をなんとか受け流す。エヴィーの【火矢陣】と美鈴の矢が飛んできた。美鈴の【精緻二射】【剛弓】【変色】全てのスキルが付与された攻撃。


 美鈴の矢は、エヴィーの【火矢陣】と同時だと【変色】と合わさり更に見えにくくなる。ラストには視認出来ないはず。


《ふん、我に当たるとは思えぬ火魔法。こういう攻撃をするとき、必ずお前たちは何かを隠してる》


 ラストはそう嘯くと、エヴィーの【火矢陣】を躱し、美鈴が必殺のつもりで放った矢を顔面にあたる寸前、素手で二本とも受け止めた。


《ほらな?》


 ほらな? じゃない。こいつ景色と一体化しているはずの美鈴の矢を受け止めた? というか美鈴の矢は弾丸並みのスピードのはずだぞ。あらかじめ顔面に来ると予想していたのか?


「だとしても……」

《さて》


 そしてラストは視線を巡らせる。誰を狙うか品定めしているみたいだった。俺に来るかと身構える。美鈴は矢を放ってすぐに隠れている。狙われたのはエヴィーだった。ラストが一歩踏み出したと思った瞬間もうエヴィーの前にいた。


「い、【移動召喚】!」


 召喚されたリーンの盾とラストの黒剣がぶつかり合う。それでもリーンの盾は斬られてなかった。ジェネラルの攻撃より威力のあるラストの攻撃をリーンの盾は防いでいた。


『リーン。ブルーバーの特性を考えると盾を固くしすぎだと思うんだ。もっと柔らかくできないかな?』


 ゴブリン軍との戦闘後、盾を固くするのではなく、柔らかくしてみたらどうかという話になった。銃弾でも水中はほんの少ししか進むことができない。継続的に与えられる抵抗の力は意外なほど強力だ。


 だから耐えるというよりは吸収する。そういう盾を作れないかとリーンに提案した。そうするとリーンが『やってみる』と言って実践し、


《斬れないだと?》


 リーンはその弾力を残したままラストの黒剣の威力を吸収する。同時にブルーバーで黒剣を包んだ。これも予定通りの動きだった。ラストの武器をブルーバーで動かなくするのだ。その間に俺が【蛇行三連撃】を放つ。


 しかし、ラストの左手が動く。【蛇行三連撃】の三つの斬撃。それがまたもや美鈴の矢と同じく、すべての蛇のような軌跡を読みきり、ことごとく、


「は?」


 素手で受け止められた。


《面白い。なんだその蛇のような奇妙な攻撃は?》


 黒剣を持っていない左手。利き手ではないはずなのに鮮やかなほど、攻撃が全て受け止められた。それは俺の今の最大火力だ。【加速】と【剛力】のスキルはとうの昔にかけていた。


《ふむ、熱いな》


 炎刀を握り込んだラストはまるで食べ物が熱い。ぐらいの感想を抱いたようで手を離した。


《さて、青い小娘。我の剣をいつまで握ってる?》

「リーン黒剣を離せ!」


 俺が慌てて言う。リーンもすぐに黒剣を解放しようとして、高速で黒剣が振られる。リーンのブルーバーが斬り刻まれ、更に追撃がきてリーンの胸から腹が縦に斬り裂かれた。


《くく、弱いな!》


 その傷口に向かって蹴りが放たれる。リーンが血を流しながら、地面に転がった。リーンは立ち上がろうとするが、うまく力が入らずエヴィーがラーイとともに慌てて駆け寄った。ラーイが盾になるように前に出る。


「飲みなさいリーン」

「主ダメ。こっち来たらあいつに殺される」

《くく、弱者への追撃などせんよ》

「お、お前、強すぎない?」


 思わずそんな言葉が漏れた。見えないはずの美鈴の矢を捕まえたり、【蛇行三連撃】を素手で捕まえたり、リーンへの攻撃なんてブルーバーに抑えられた状態でどうして武器が動かせるんだ? これをレベル14で倒せって無理だろ。


 俺は足を一歩引いた。それは美鈴への攻撃の合図だった。ラストの鎧のない腹部に急に美鈴の矢が刺さる。


《ふむ?》


 しかし、刺さりきる事が無くて、筋肉に阻まれ、矢が出てきた。その痕にはまるで蚊に刺された程度の血が出ていた。


《やはり当たったところで大したダメージではなかったか? そこの小娘、矢にせめて毒ぐらいは塗っておけ》


 なんなんだこいつ。


《お前たち、今まで我に挑戦した人間より少し弱いな。だが、質の悪いステータスアップをしたというわけでもなさそうだ。むしろ、蛇のような斬撃はジェネラルなら一撃で殺されるだろう。そこから推察するにレベルが低いと見た。レベル14か?》


 お話をしてくれる余裕まであるようだ。


「あ、ああ」

《ほお、我に向かってくるやつで、レベル14なんて阿呆は久しぶりだ。大抵はこの階層のレベル上限である16に到達しているものだぞ。それでも大半は死ぬ。レベル14で挑んだということは、お前達には何か勝算があるのか?》

「……」


 答えなかった。考えていた作戦は三つ。二つはラストが想定より強すぎて、上手く行きそうにない。残りは一つ。


《まだ何かありそうだな》

「……」

《まあ、いい。戦えば分かる》


 距離を詰めてきた。ラストの右腕が動いた。なんのスキルも唱えていないはずなのに、まるで腕が3本になったようだった。【蛇行三連撃】で応戦すると、ニヤリと笑ってきた。スキルを唱えたような速度で次々と斬ってくる。


 受け止められない攻撃が、俺の首をとらえようとしてくる。なんとか籠手で受け止める。まともに受け止めたら腕が飛ぶと思って横に倒すと、美火丸の籠手の表面が粉々になった。


 美鈴の矢とエヴィーの【火矢陣】も飛んだ。時間差で当たるタイミング。【火矢陣】で火傷を負えば美鈴の矢がもっと食い込むはず。完全に決まると思われたが、俺の腕が掴まれた。


《ほれ》


 そして、俺が仲間の攻撃の前に立たされる。俺は焦ってエヴィーの【火矢陣】を防いだ。それでも美鈴の矢が目視できず足に食い込んでしまう。


「ご、ごめん! 祐太!」


 せっかく隠れていた美鈴が思わず叫んでしまった。


「い、良いんだ。今のは腕を掴まれた俺が悪い」

《はは、まるで道化よ!》


 ラストが待つことなく攻撃してきた。黒剣が太陽に煌めく。ラストの余裕そうに放つ斬撃を受け止めるだけで精一杯だった。


《我はまだ【加速】も【剛力】も【咆哮】も、何一つ使っていないぞ。そんな調子で我に勝てるのか?》


 ラストはスキルを使うどころか、そもそも手加減をしてるように見えた。俺が受け止められるようにわざと弱い攻撃を放っているようにしか見えない。心が怖気づいて萎んでいく。自分の心に冷静になれ、怖がるなと叫んだ。


「くそっ、しっかりしろ!」


 震える膝を思いっきり叩いた。


《よいぞ。目にまだ諦観は浮かんでいない。真の阿呆はこの辺で、許しを請い出す。そういう奴らは容赦なく殺すからな。死にたければ命乞いでもなんでもしろ》

「だ、誰がするか。勝つつもりだからな」

《くく、威勢が良い》


 ラストの攻撃が止まった。俺と正面から向き合う。赤い瞳が爛々とこちらを見下ろしてきた。


《我に怯えるな。呼吸を整えろ》

「……すう、はあ」


 俺は本当に呼吸を整えて炎刀をしっかり握る。


《それでよい。では行くぞ?》

「ああ、頼む」


 ラストの顔が凶悪に歪んだ瞬間。右手がぶれて見えなくなった。俺だけに集中して次々と斬撃を放ってくる。俺は体が悲鳴をあげるぐらい精一杯、それを受け止めた。蹴りが放たれた。腹に思いっきりめり込んで吹き飛ばされる。


《少しだけ本気を出してやろう! 【加速】【剛力】》


 俺からは見えないぐらいの速度で、ラストが動き出した。それでも俺は美火丸が間に合った。そのまま体が吹き飛ばされる。地面を何度もバウンドした。集落の建物を打ち壊す。あばら骨が折れたのだと思えるほどジンジンと痛んだ。


《ほお、一撃だけでも受け止めるか? お前の名前は何と言うのだ?》

「六条だ」

《ロクジョウか……覚えておいてやろう!》


 ラストが猛烈な勢いで走り寄ってくる。エヴィーが水陣を唱えた。それをものともせずに突き破った。美鈴が矢を放った。さらに加速してそれを避けてしまった。リーンがブルーバーでその足を掴んだら、それごと蹴り飛ばされた。


 そうするとリーンの体が投げ出された。投げ出されたリーンの体に、ラストが飛び上がって、


《邪魔だ。死ね》


 まず最初にリーンだと言いたげに黒剣を振り下ろした。俺がギリギリで追いついて、ラストの剣を受け止めた。すると俺の頭をラストが掴んだ。頭ごと下の地面まで叩きつけられる。


 頭を強烈に地面に打ち付けたはずが衝撃があまりこない。リーンがブルーバーでクッションを作っていた。それでも激しく視界が揺れた。


「ユウタ。あいつ強い。勝てない」


 リーンが俺を後ろから抱きしめてきた。


「本当だね」


 本気だとか言いながら、ラストは全然本気に見えなかった。


「でも、ユウタ、どうして笑う?」


 笑う。そうか、俺は今笑ってるのか?


「わからないよ。でも、嬉しいんだ」

「ユウタ、変」

「そうかな。いや、そうなんだろうな」


 勝てる見込みが全く見えてこないのに、それでも相手への恐怖というより、戦いたいと思ってしまう。この感覚は何なのか。


「変なユウタはリーンが助ける」


 リーンが俺をどうやって助けるのか? ジェネラルにも勝てないリーンではラストの相手にはならないはずだ。それなのにリーンは俺の体の後ろに取り憑いた。グッとしっかり鎧越しでもリーンの体の感触が伝わってくる。


「リーン、俺が提案したことはエヴィーが反対したはずだ」

「主がそう望んでる」


 ブルーバーが大きく広がる。腕だけの体積ではどう考えても無理なぐらい広がる。リーンを見るとブルーバーがリーンの残っている本体も青く染めていく。エヴィーを見ると強くうなずいた。リーンが俺の体を覆っていく。


 まるで俺の体を侵食していく。美火丸の装備がそれに対応するように赤く光る。そして俺の素肌がリーンに覆われる。リーンのブルーバーが俺の素肌に張り付いて、顔まで覆う。


「い、息が!」

『安心する。大丈夫。リーンとユウタ一つになる』


 口まで完全に閉じられた。

 そうしてようやくリーンの動きが止まった。何と表現するべきなのか、女性の柔肌に体が包み込まれている。そんな感触。俺の体全てがリーンに包まれている。そして、


「リーンに包まれた?」

「リーン大丈夫?」


 エヴィーが心配そうに尋ねる。リーンは何もかもをブルーバーに変換していた。額の宝石と瞳の宝石。美火丸の胴鎧の中心と籠手に一つずつ嵌まっていた。俺の体はリーンに包まれ、ハイブルーとどこか似た存在になっていた。


『リーン、もっと体の大半をブルーバーに出来ないのか?』


 そう尋ねたことからこの構想は始まっていた。


『出来る。でも両腕以上だと敵を斬るとき攻撃力が殆ど出せない』

『じゃあリーンさ。ブルーバーで他の人に取り憑いたらダメ?』


 それは美鈴が言ったことだった。その時は俺もエヴィーもそれが意外といい案ではないかと思ったのだ。


『やってみる』


 しかし、そう言ってやったのはいいのだが、残っている体の部分が少なすぎるとリーンの生命活動に支障をきたした。それでも構想的には悪くない考えだと思ったのだ。だから、


『なら体のすべてをブルーバーにしてしまえばいいんじゃない?』


 と俺が言った。

 でも『リーンが死んだらどうするの!』そうエヴィーに怒られて却下になった。


「リーン意識は有るか?」

『出来た。リーン、出来た。大丈夫意識ある』


 どうやってしゃべっているのかリーンの声が鼓膜に響いてくる。


「エヴィー! リーンは大丈夫だ!」

「そ、そう。良かった」


 リーンに許可したものの、リーンが死ぬんじゃないかと相当怖かったのか、ラストの前だというのにエヴィーがへたり込んだ。


《ふふふふふふ! ハハハハハ!》


 滅んだ集落全体に響き渡るほどの大声で、なぜかラストが笑い出した。


《素晴らしい。奇妙なモンスターがいると思ったら愉快なことをするではないか。青女、その男と一つになれば強くなるのか?》

『なる。青レ〇ジャーより強い』

《はは! よし! ではその男ごと殺してやろう!》


 ラストは絶好の攻撃の機会があったにもかかわらず何もしてこなかった。こちらの準備が調うのを待っていた。そして、こちらは強くなることができた。まるでラストにそう導かれたような気すらした。


「お前みたいなモンスターがいるんだな」


 正直驚きだった。


《つまらねば斬る! 弱くとも斬る! 我にとり戦いとはそういうこと!》


 ラストが動き、俺も飛び出した。今まででは考えられない程の速度で動くことができ、ラストと斬り合う。


 五度、刹那の間に攻撃が飛び交う。全ての攻撃が空中でぶつかり合う。二人の間で、まるで花が咲いたようにすら見えた。


「う、うわー、何あれ? 速すぎて訳わかんないんだけど」

「ミスズ。下手に手を出してはダメよ」

「わ、分かってるよ。また当てたら怖いし」


 これでやっと互角に戦えている感じがした。こいつはなんなんだ。先ほどまで明らかに手加減してきていた。【蛇行三連撃】を放つ。リーンの体が、まるで人工筋肉のように、動きを補佐してくれる。


 ラストに追いつけなかったスピードが追いつく。三つの斬撃が空中で火花を散らす。リーンが俺と完全に一体化していた。ラストの上から打ち込んでくる重い斬撃。しかし、専用装備とブルーバー、両方で受け止める。


 ブルーバーがクッションになり、美火丸の籠手が最終的に止めてしまった。さらに【蛇行三連撃】を放つ。それもラストは受け止めて見せた。お互いの攻撃を受け止めるたびに、体がきしむほどの衝撃を感じた。


《良いぞ! 待った甲斐がある! お前のように戦う間に強くなるやつがいるからこそよ!》


 一瞬、ラストのスピードが俺を超える。斬撃が腕を切り落としにかかる。ブルーバーが受け止め、掴んだ。


「リーン掴んでおけ!」

『任せて!』


 黒剣が無ければこいつは弱体化する。勝負を決める!


《なんの!》


 ラストは驚いたことに黒剣をあっさりと捨てた。そして拳を放った。リーンが予想しきれなくて、横腹にまともに喰らってしまう。体が吹き飛ばされて地面を転がる。ラストは追いすがってきて、蹴りを放つ。


 俺が体勢を整えている間に、リーンが蹴りを受け止めた。


《素晴らしいぞ青女!》

「お前が喜ぶのかよ!」


 今のは危なかった。でも相手にはもう武器がない。ラストの真似をして、こちらも武器を返すぐらいの余裕は見せたかったが、出来なかった。


「許せ! 俺はお前とは違う! 俺は敵を殺せる時に殺す!」


 美火丸を振り下ろした。


《構わん》


 ラストの右手首が落ちた。


「……」

《どうした?》

「お前を殺す。いいか?」


 俺はいつでも首が刎ねられる位置で構えて尋ねた。


《お前は間違ってなどいない。好きにせよ》


 近づいていくとラストは本当に楽しそうな顔をしていた。


「【加速】【剛力】」

《【加速】【剛力】》


 同じスキルを同時に唱えていた。【蛇行三連撃】を放つ。ラストは二つの斬撃を腕を犠牲にしながら止めて見せて、【蛇行三連撃】の最後の斬撃すらも躱して見せた。


 でも逃がさない!


「死ね!」


 俺の突きがラストの鎧の隙間から胸を貫いた。


《くく》


 胸を貫かれた状態でラストは笑っていた。


《これで終いか。気に入った人間とも一度しか死合えぬのがつまらぬ所だ》

「お前、【咆哮】はなぜ使わなかった?」

《最初に使えば、お前がすぐに死んでしまう。奇妙な女と合体した後は吠えたところで、効果がなかろう》

「本当か?」


 こいつの【咆哮】が簡単に防げるほど弱いとは思えなかった。【咆哮】は使用者が強いほどその威力を増す。ラストが使えばその威力は確実にこちらの動きを止めたはずだ。


《我にとってこの世の生は泡沫よ。だが、たまにお前や青女のようなものがいるからこの役目も飽きずに済む》

「役目?」

《詮索したところで我が語ることなどない。殺せ》


 名前持ち《ネームド》は、他のモンスターとはかなり異質な存在のようだった。だからと言って尋ねたところで無駄そうだった。ラストは俺が戦いの中で成長することを促してくれているように見えた。


 最初から全力ならばまず間違いなく負けた。こんなモンスターもいるのか。それでも俺は美火丸を横に振る。ラストの腹を切り裂いた。そうするとラストの体は他のモンスターと違い。霞のように消え去った。

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― 新着の感想 ―
中盤のゴブリン大帝のセリフの 《よいぞ。目にまだ諦観は浮かんでいない。真の阿呆はこの辺で、許しを請い出す。そういう奴らは容赦なく殺すからな。死にたければ命乞いでもなんでもしろ》 言ってる事矛盾して…
ラスト教官の訓練に耐えられないやつに先へ進む資格なしということか カインはソロ用の同等のクエストをクリアしたのかな これはボーナスだけではなく確実に何かしらのフラグ管理がありそうだな 階層変える時に…
激アツ
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