第七十五話 Sideリーン③ジェネラル
主の召喚獣としてもっと強くなりたい。ずっとそう思っていた。それでも私は弱くて、あのままだったら多分この階層で、レベルを上げることだけでも大変だったと思う。
でも今はかなり変わった。強くなれた。急に頭が回るようになった。体が自由に動くようになった。ずっと繋がれていた鎖から解き放たれたような気分だった。ブルーバーを変化させて、ラーイの背に乗った。後ろに主とミスズも乗ってる。
「ラーイ。残ってる監視櫓に私を乗せて」
ミスズがそう言うとラーイが「がうっ」と返事する。ミスズが何をしたいのか理解できた。木造でできた集落の建物は『溶岩』の魔法でマグマがあふれて、中央部は火の海だ。
でも外側にある監視櫓は燃えずに残ってた。ミスズはそこから狙撃するんだ。
「じゃあ、私は上からサポートするから」
監視櫓が近づいてきて、ミスズがラーイの背中から監視櫓に飛び移った。
「了解。リーン。自分が何をするべきか分かるわね?」
主が聞いてくる。
「大丈夫。前に出る。主の所にも、ミスズの所にも誰も近づけない」
「よし、ラーイ。ミスズは上からサポートしてくれる。前線はリーンよ。ユウタに負けてられないわ。こっちはこっちでやるわよ」
主はかなりやる気になってるみたいだ。最近、元気がなかったから、その様子が嬉しい。周囲の景色は様変わりしていく。地面の亀裂から溢れ出るマグマはどんどんとゴブリン達の住まいを燃やしていき、集落は炎に包まれていく。
ゴブリン達は経験したことのない災害とも言える魔法に混乱していた。
そんな中で一体のゴブリンがこちらを見た。
私よりはるかに大きいソルジャーだ。
「ギャ?」
マグマのあまりの混乱に今こちらに気づいたようだ。そしてマグマに怯えていたソルジャーの目が変化した。鋭く獰猛な獲物を見つけたモンスターの目へと変わっていくのだ。
人間の男は殺し、女は襲う。
ゴブリンは生まれたときからそうあるべきと定められている。それを私はなぜか知ってた。次第に逃げようとするゴブリンよりも、こちらに鋭く獰猛な目を向けるゴブリンが増えていく。
私の目につく範囲で、6体がこちらを見た。ソルジャー3体、メイジ2体、ライダー1体。そのメイジの頭に、
「「ギャ!?」」
矢が突き刺さる。あまりに突然だったから急にメイジの頭に矢が生えたように見えた。ミスズの【精緻2射】だ。厄介なメイジがバタリと倒れ、間をおくことなくミスズが2射目の矢を射る。
しかし、不意打ちじゃなくなった瞬間、ソルジャーがミスズの矢を大剣を抜いて弾いた。
「【火矢陣】!」
主が攻撃して、ソルジャーの体勢を崩した。そこにさらにミスズの矢がソルジャーの腕に一本突き刺さる。その矢の出所を監視櫓の上だとソルジャー2体が気づいて壊そうとしてくる。させまいと再びソルジャーにミスズの矢と主の魔法が飛んだ。
私も残りのソルジャーに向かって踏み込んだ。右手のブルーバーを変形させて、ハルバードの形にして、ソルジャーに向かって振る。素早く向こうは大剣を抜いて受け止め、私のブルーバーと激しくぶつかり合う。私が押される。
力負けして体勢が崩れた。私に向かってソルジャーがニヤついた。
「バーカ」
同時に左手を錐揉み状に変化させブルーバーをドリルのように回転させる。ニヤつくソルジャーの後ろから心臓を貫く。そのままソルジャーの首を刎ねた。ミスズはさらに矢をどんどんと降り注ぐ流星のように上から射かけた。
主の火矢陣も飛んでいき、このまま敵を削り切れそうだった。ソルジャー2体は矢と火矢陣から急所を守るために動けなくなる。
そうするとノーマークになっていたライダーが監視櫓の上にいるやつが邪魔だと騎乗するライオンとともに、監視櫓の足場に足を引っかけて駆け上がっていく。
普通のライオンならそんなことできないだろうが、この階層のライオンは明らかにデカくて力強い。それぐらいのこと簡単にやってしまう。させるものかと私がブルーバーを伸ばして、ライオンの足をつかんだ。
不十分な体勢で登っていたライオンは監視櫓を掴んでいた足が離れた。ライオンが落ちてくる。しかし、乗り手のゴブリンがライオンから飛び出し残った。
「ミスズ!危ない!」
「心配ご無用!」
と監視ヤグラを登りきろうとしたゴブリンがミスズに蹴り飛ばされたのか、白目をむいて宙に飛んでいる。ブルーバーの形を刀に変えた。落ちてきたゴブリンの後ろに回り込ませ、心臓を一突きする。
さらにブルーバーで掴んでいたライオンの胴体を切り裂き、そうしながらも2体残るソルジャーへの牽制を入れた。主とミスズの攻撃を受けながらもソルジャー2体が中々死なない。
主は召喚士だからそれでいいけど、ミスズは急所に当たらないと致命傷を与えられない自分の攻撃に焦ってるように見えた。私はブルーバーで足元から近づいて、ソルジャー2体の足を掴んでやった。
引っ張るとソルジャー2体がベタンッと倒れた。ソルジャーは何だこの生き物は? という目で足を見てる。その注目を集めている間に、
「主!」
攻撃しろと合図を送った。
「私のリーン。ミスズより強くない?」
「そ、そんなことないもん!」
ミスズは地獄耳で聞こえてて抗議しながら矢を放ち、主の【火矢陣】が今度は確実にソルジャー2体を仕留めた。しかし、終わりじゃなかった。メイジとソルジャーが混成で向かってきていた。
マグマと火事で分断されているとはいえ、それでも数がどんどん増えていく。
「主、逃げる?」
「これだけ混乱してる奴らに、それでも負けるようならユウタに笑われる。まだ逃げない。リーン、あなたが強くなったと主の私に示して見せなさい」
「分かった」
私が叫んだ。
「ラーイ! 合体技使う!」
「ガウ!」
ラーイがちゃんと理解して返事をしてくれた。私は口を大きく開けた。特殊能力【二重咆哮】!
「「【ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!】」」
それはモンスター特有の能力。魔力とは違う生命力を使う技で、ラーイとタイミングが合うとかなり威力が出せる。一人だと相手を怯ませるぐらいでも、ラーイと一緒なら音のダメージが通る。相手がぐらりと揺れた。
増援のメイジ2体とソルジャー1体の耳から血が出ていた。三半規管が狂い、ふらついてる。ミスズの矢と主の【火矢陣】が命中した。私も倒れていたソルジャーにトドメを刺す。しかし、ゴブリンの数がまだ増える。
『女がいるぞ!』
『捕らえろ!』
『集まれ! 集まれ! こっちだ!』
ゴブリン達がそう叫んでいるのがわかった。こいつらはマグマに呑まれて死ぬ恐怖よりも本来の生きる目的、女を襲うことを優先してる。群がるメイジが魔法を唱えていた。
「「【ギャ】」」
主に向かって二つの火の弾が飛んだ。私たちは主が何よりも大事で、何よりも守りたい。主と火の弾の間に割り込む。ブルーバーを盾のようにして広げた。
「リーン! そんなことしたらあなたが!」
火の弾が激突する。盾越しでも体が焼ける熱が伝わってくる。ブルーバーの表面が溶けている。
「「【ギャ】」」
向こうは更に2度目を放ってきた。私はそれをなんとか耐える。その間に主が逃げてくれた。体が火傷でヒリヒリする。ポーションを飲みたい。マグマが噴出しているおかげで、全員で向かってこないだけましだけど、敵の数が増えてる。
ユウタは一人で大丈夫かなと心配になる。ミスズが火の弾を放っていたメイジに向かって矢を射る。それを新たに増えたソルジャーが庇った。ゴブリンの数がついに10体になった。
「本当にこいつらは女とみたら好色そうにわらわらと! リーン、一旦離れるわよ!」
「分かった!」
「ミスズ!」
「了解」
ミスズも監視櫓から降りてこようとした瞬間だった。
何か大きなものが動いたのが見えた。
悪寒が走った。
「主、危ない!」
「へ?」
体にまで張り巡らせていたブルーバーをすべて盾に回した。おかげで裸になってしまったが、それどころじゃなかった。盾で守っても体すべてに衝撃が伝わって痛かった。
「ゴガ?」
相手は、今ので私たちが無事であることが不思議そうだった。防御に全振りしたのに、それでも盾が半分に切り裂かれている。私が裸になった事に騒ぎ出すほかのゴブリン達がうっとうしい。
私の裸程度、水浴びの時にユウタには散々見せてるのに、こいつらに見せるのは不快だ。それでもブルーバーで全身を隠すことはできなかった。胸と股間の最低限だけ隠した。こいつに集中しないと死ぬ。
そいつはソルジャーよりもまだ一回り大きかった。黒くて刺々しい兜と鎧。ソルジャーよりも大きな剣。
「主、逃げるの無理。こいつ多分こっちが逃げるの狙ってた」
「ええ、そうみたいね」
「うわー。どうにかできる?」
ミスズが監視櫓から降りてきて横に並んだ。あんなに次々と攻撃してきたゴブリン達が不思議と静かになった。
「ゴガ」
こんなに大きくて脳筋そうに見えるのに、そいつの動きは理知的だった。私も賢くなれたから分かる。こいつは油断してないし、こちらを見下してもいない。獲物だと思ってしっかり狩ろうとしている。
「主。こいつ……ジェネラルだ」
ゴブリンを指揮するために現れるレベル20の将軍。ジェネラルが現れた瞬間から、ゴブリン達の動きに統一性が出てくる。ジェネラルが右手を上げた。『整列しろ』と命令していた。
そうするとゴブリン達が隊列を組みだした。ソルジャー6体が、ジェネラルの左右に並んだ。メイジ3体は後ろに控えてしまう。ライダーが遊撃隊として3騎、外側に配置された。そしてジェネラルが私を見ながら言ってきた。
『青い裸の女。お前は我々と同じモンスターだな?』
思わず私は頷いた。ゴブリンの言葉だから、主たちはわかってない。
『我らの言葉がわかるか?』
『分かる。私は主の召喚獣。でも、モンスターでもある』
『召喚獣……不思議とそういう存在がいるのだと生まれながらに知っている。モンスターでありながら、人に使われる事を至上の喜びとする存在と記憶されてる。それがお前の幸せか?』
『言う必要ない』
『降伏しろ。女はできるだけ殺したくない。傷を入れるだけでもあまり長生きしなくなる』
この言葉は自分で答えるわけにいかず、そのまま主に私は伝えた。主が降伏するといえば私の意思は関係なかった。
「主、『降伏しろ』だって」
「リーン。ゴブリンの慰み者になるぐらいなら死んだほうがマシよ。そう伝えて」
「右に同じ」
主とミスズ、2人ともそんな気は欠片もないみたいだった。
『降伏なんて必要ない。私たち、お前達を殺す』
『大事に飼ってやると保障しよう。子供を宿すことさえ嫌がらなければ、できる限りのわがままも聞いてやる。特にお前の主については、美しいから特別に大帝の捧げものにしてやろう。それにお前自身ともう一人の女も美しい。この集落には俺ともう一人ジェネラルが居る。仲良く俺たちだけで相手をしてやろう。それでも嫌か?』
『お前バカ。そんなのはもっと嫌』
『戦いが始まれば欠片の慈悲もかけぬ。女だからといって殺さん保証もできん』
『むしろその方がいい。変に生き残るより、ちゃんと殺してくれた方がいい』
『青い裸の女。お前の強さは見ていた。俺の方が強いぞ』
『それでもやる』
ジェネラルが再び右手を掲げた。ソルジャーが前に出てくる。
『では、できれば生き残ってくれ』
「リーン。まともにぶつかり合ったら負けるわ。私たちはユウタとの合流を目指す。逃げながら戦うから、あなたは前に出て撹乱するのよ。かなり危険な思いをさせるけど、私はリーンを絶対に視界に捉えておくし、もしもの時は召喚解除して逃がすから心配しないで。ミスズ、乗りなさい」
「了解」
私は前に出た。
「【レベルダウン】」
「【召喚獣強化】」
主が私を強化してミスズが一つだけ、ジェネラルのレベルを下げてくれた。私がジェネラルの相手をするんだと思って、駆け出し、ジェネラルとぶつかり合う。いくら私が強くなったといっても、こいつは私より強い。
正面から戦えばすぐに殺られる。ブルーバーで上手く絡めてと思っていたら目の前から消えていた。
『遅い』
いつの間にか横にいた。それは妙にゆっくりな動きに見えた。ジェネラルは大剣を手にしておらず、殴ってきた。何とか受け止めようとして、ブルーバーを盾にして構える。何を考えているのか盾の中心を狙って殴ってきた。
私は体がバラバラになりそうな衝撃を受けて吹き飛ばされ、地面に転がりながら態勢を立て直し、ブルーバーを変化させて両側からハルバードとドリルで攻撃する。
『曲芸か? くだらん。女モンスター! お前の良い部分は見た目だけか!』
ソルジャーならこれでダメージを与えられるのに、少しずれただけで鎧で受け止められた。他のゴブリン達は、ラーイに乗る主とミスズに群がっていく。ラーイの足なら逃げ切れるはずが、ライダーが統制の取れた動きで逃げ道を塞ぐ。
ジェネラルは戦いながら部下に命令する余裕まであるようだ。ジェネラルに集中しきれない私に大剣が振り下ろされる。私は主達を狙うソルジャーの足を掴んで、自分を引っ張る。
「ギャ!?」
ありえないタイミングで足を引っ張られてソルジャーが驚いてる。私はジェネラルの攻撃を避けながらソルジャーに飛びかかり、ブルーバーをハルバードの形に変えた。ハルバードを振り上げ、振り下ろそうとし、
『撃て』
「「【ギャ】」」
向こうも甘くない。メイジの火の弾が二つ飛んでくる。私がこれから向かっていく位置へとちゃんと放ってる。このまま進めば火の弾とぶつかる。しかしミスズの放った矢が、火の弾を撃ち落とした。
「ギャ!?」
私が足を引っ張った事で倒れているソルジャーの心臓を刺そうとして、
『ほら、主を逃がす心配をしている場合か?』
ジェネラルが動いた。
私に向かって大剣が振り下ろされた。
『撃て』
「【ギャ】」
違う。火の弾まで向かってきた。私は防ぐためにブルーバーをすべてジェネラルの攻撃を耐える防御に回した。そのせいで火の弾が命中した。体が焼かれてすごく熱い。ジェネラルの攻撃もなんとか盾で防ぐつもりが、耐えきれずに肩にかなり深く食い込んだ。
ジェネラルはその肩に食い込んだ、
「痛い!」
『だろうな!』
大剣を引いた。一連の動きはとても滑らかで澱みがなかった。再びジェネラルが私に向かって大剣を雑に横に構える。なんだその雑な構えは? 悔しい。さっきから子供を相手にするみたいに手加減されてる。
それでもジェネラルの動きが速すぎてブルーバーの移動が間に合わない。だめだ。防げない。ミスズが矢を放ってくれる。でもジェネラルに指揮されたソルジャーが間に立ち塞がって防いだ。
ラーイが急いでこちらに駆け戻って、主の【火矢陣】も飛んできたけど、それも別のソルジャーが防いだ。ブルーバーを全て盾に回していることで、私の剥き出しのお腹に向かってジェネラルが大剣を横にあっさり振り抜いた。
体が真っ二つになる。
体全体に衝撃が駆け抜けて地面を何度もバウンドして、マグマの中へとつっこみそうになる。せっかく強くなれたのに、すぐに死ぬのは嫌だなと思った。でも、マグマに突っ込む前に、誰かに体を受け止められた。
「大丈夫?」
誰なのか、見なくてもわかった。最後がこの人の腕の中ならまあいいかと思った。
「はい。ポーション」
もうこんなの飲んでも間に合わないのになと思った。それでも渡されたものはちゃんと受け取った。あれ、受け取れた?
「強くなったねリーン。でも、もうちょっと大事な部分以外も隠した方がいいよ。その……いろいろ成長しすぎて、目のやり場に困るから」
「うん?」
ユウタの様子があまりにもいつも通りすぎて、私が死にそうなのにおかしいなと思って、自分の足を見た。ちゃんとついてる? どうしてだろうと思いながらジェネラルを見た。
『ギャギャ! よくやった人間の男。感謝するぞ。子供を産ませるはずの相手を危うく溶岩に放り込むところだった!』
ああ、そうか、馬鹿なやつだ。手加減しないと言いながら、手加減したな。剣の腹で私の体を吹き飛ばしたんだ。私はポーションを飲んだ。体が輝いて回復していく。まだ戦えると思った。
「ユウタ。どこかにもう一体ジェネラル居る」
「安心していいよリーン。もうそいつは殺してきたから」
やっぱり強いオスは好きだ。体の芯が疼いた。ユウタとなら負けるわけがないと思った。
下書きが無事に終わったので更新を再開します。
どんどん更新していくつもりなのでまたよろしくお願いします。





