第七十三話 Sideリーン②変身
今まで頭の中にずっと靄がかかっているみたいだった。物事を覚えておこうとしたり、難しいことを考えようとしたりすると、その靄が全部を邪魔してくる。でもその靄が取り払われていき、頭がクリアーになっていく感覚がした。
「リーン、あなた……」
主にもあのダンジョンの声が聞こえているはずだった。種族進化を開始するという声。以前までなら、はっきりと意味が理解できなかったと思う。でも今ならちょっと分かる。私は自分よりもレベルの高いゴブリンを1000体倒したらしい。
もう、そんなに殺してたのか。
同胞を1000体殺したら、種族進化する。ダンジョンはなかなか趣味が悪い。でも、私が同胞をたくさんたくさん殺したことに対して罪悪感があるかといえば無い。
私はどうやら同種に対する同胞意識よりも、主の種族、人間に対しての同胞意識の方が高いらしい。だから人間を傷つけてくるゴブリンを憎いとさえ思っていた。
「主、私は生まれ変われたみたいだよ」
そして、これを最初に報告するのはこの人に決まっていた。
「……はは、そうみたいね」
私の主はとても綺麗な人だ。そして私のことをよく心配する人だ。それがずっと煩わしかったけど、今ならちょっと気持ちが分かる。あんなに判断力がなかったら、そりゃ心配になるだろう。
自分の手を見る。肌が以前とはかなり違う。
エナメル質というか、青のレザースーツを着てるみたい。
身長も伸びてるみたいで主とあまり変わらなかった。胸とお尻も大きくなってる。私が抱きついても無反応だったユウタが、これで抱きつくとどんな顔をするだろう。
「リーン、鏡を見る?」
「うん。ステータスも見てみる」
名前:リーン
種族:ハイブルー
レベル:10→11
職業:近接戦闘型召喚モンスター
称号:エヴィー・ノヴァ・ティンバーレイクの召喚獣長女
青の者
HP:73→81
力:69→76
素早さ:65→72
防御:69→78
器用:39→64(種族進化ボーナス+20)
知能:4→10(種族進化ボーナス+6)
魅力:48→55(種族進化ボーナス+7)
特殊能力:【咆哮】
【二重咆哮】(次女との合体能力)
未承諾【ブルーノヴァ】
装備:ストーン級【ブルーバー】リーン専用装備
ブロンズ級【アリスト】(バリア値100)
「リーン、あなた、なんか軒並みすごいことになってるわよ。レベルまで上がっているし、というか、これ、ユウタと比べても遜色ないんじゃない?」
「いいえ、多分、少し劣る。でもかなり追いつけた」
「そっか」
主がすごく嬉しそうに私を見てくれた。それが一番嬉しかった。今までユウタがどこまで強いのか正直よくわからなかった。かなり近づけたことで、ちょっと分かるようになった。
それと同時に自分がかなり弱かった事も分かった。力はあっても器用がないから自分を操れなかったし、何よりも魔法やスキルがないから、基礎体力だけで戦ってるゴブリンとあまり変わらなかった。
それがハイブルーの専用装備が出てくれたことでかなり変わる。召喚獣の専用装備は進化の時に出てくれるのか。知らなかったからとても嬉しかった。これでみんなの役に立てる。
「知能が10になるなんて、もうバカだって言えなくなっちゃったわね。はい、リーン、鏡よ」
主がマジックバッグから出した手鏡を渡された。鏡で自分を見る。顔もかなり変わっていた。青くツルッとした肌になって、瞳にはキャッツアイという宝石が埋め込まれているみたいだった。
額には、第三の目みたいにブルーダイヤモンドのような宝石が入っている。髪の毛はなかった。丸坊主というよりも、元からそういう生き物だという感じだった。
「不思議な見た目。主、私、かなり無機質になった?」
主からもらっている知識を引き出した。今まではそれもうまくいかなかったのに、今はスムーズに自分の知識として使えた。
「本当ね。でも格好良くなったわよ。可愛い子供の見た目じゃなくなりすぎて、そこは残念だけどね。ふふ、リーンがこれだとユウタが大変そうね」
「それは確かに」
主もユウタもミスズも、私が幼女だから、ユウタとベタベタしてても文句を言わなかった。それにユウタは私が幼女だから癒されてた。でも私が幼女じゃなくなったら周りに居る女の子全員が性的に魅力がある女の子ばかりになってしまう。
「それに、なんというか、進化ってゴブリンが全く関係ないの?」
私の見た目がゴブリンに全くかすりもしていないことが主は気になるようだった。
「多分。ハイブルーはゴブリンとは全然関係ない存在だと思う。自分よりレベルが上のゴブリンを1000体殺すということが、ゴブリンではない何かになるきっかけなのかもしれない」
私なりに推理した。そんなことができたことが私自身一番驚いた。
「リーンにとってゴブリンはもう物足りないのかしら?」
ゴブリンでも私よりまだ強い奴はたくさんいる。メイジにソルジャー、ジェネラル。そして、大帝。でも多分ゴブリンはそこで終わりなんだと思う。これからもずっと強くなり続けようと思ったら、ゴブリンじゃ無理なんだと思う。
「まあリーンがマッチョなゴブリンになったら」
「アアアアアアアアア!!!!!」
その声は急に聞こえた。違う種族になっても、ゴブリンの言葉はわかるようだった。凄まじい大音量で、集落全体に、声が響き渡った。
「なに?」
「主、ミスズがゴブリン達に見つかった」
ゴブリンの一体が『仲間殺しを発見した』と叫んでいる。ゴブリンは仲間を弔ったりはしない。でも仲間意識はある。私は種族から離れすぎていまいちよくわからない。何せゴブリンは死んでも24時間後にはリポップする。
それなのにそんなに怒るのか?
私は自分が主たちみたいなことを考えていることに気付いた。そしてそれよりもミスズが危ない。あの方角にはミスズが居る。今までと違って頭がどんどん回転する。すぐに判断がついて体が動き出す。
「主、行ってくる。任せて私自分で判断できる」
「ふふ、ええ、リーン頑張るのよ」
主はいつも私が動く前にいろいろ注意してくるのに、今回はそれだけだった。私は主の元から走り出した。
「【召喚獣強化】!」
後ろで主の声が聞こえた。体の力が全体的に急激に上がっていく。今ならひょっとするとユウタよりも強くなれたんじゃないか。そんな気さえする。どうなんだろう。ユウタと一度戦ってみたいと思った。
地面を踏みしめる度に体が加速していく。ユウタはいつもこんな世界を見てたんだろうか。体が自由に動く。スピードに振り回されない。一瞬でミスズがいるはずの、そしてゴブリンの声が聞こえた場所に到達する。
ジャンプする。
地面が急激に離れる。
すごい。
こんなに簡単に高く飛べる。勢いあまって5mほど跳躍していた。下を見るとミスズがいた。お腹と腕を切られて痛そうだった。ゴブリン。お前たちと同じだ。私だってその仲間が大事だ。仲間を傷つけるな。
自分の専用装備【ブルーバー】の使いかたが頭に浮かんだ。
「なるほど。すごく便利」
私の腕が伸びた。腕が変幻自在に形を変え監視櫓にまきつく。飛びすぎてそのまま通り過ぎかけたのが、急制動がかかる。監視櫓が揺れた。でもゴブリン達は女を見るのに夢中だった。
レベルが上がっても、あいつらは女好きのままだ。こっちを見てないなら不意をつける。右腕をハンマーの形に変化させた。ブルーバーは私の腕と同化するんだ。そして肩から先を自在に変化させることができるんだ。
ブルーバーをどう使えばいいのかすぐに頭に浮かんでくる。
死ね。
そのままミスズをつかもうとしていたゴブリンソルジャーに向かって落ちていく。向こうはまだこちらに気づいてない。仲間を大量に殺した私達に復讐するつもり。これからミスズに悪いことをしようとして、それに夢中。
やっぱりこいつらは種族の束縛から抜け出せない馬鹿。
私はもう抜け出したぞ。
私はそのソルジャーの頭に向かってハンマーを思い切り振りおろした。ゴシャッと頭の形がつぶれた。中身がミスズまでとんだ。
「は?」
ミスズが戸惑ってる。こちらを見てきて、誰あんたみたいな顔をしてる。
「リーン?」
「そう。これ、ポーション」
マジックバッグから出して、ミスズに渡した。
「うわー、どうしたの? なんかいろいろな表現規制に引っかかりそうな見た目になってるよ」
ミスズの言いたいことがなんとなく分かる。主の記憶によれば青く塗りつぶしたところで、裸はダメ。でも大丈夫。私はブルーバーを変化させて、ちゃんと体全体を覆ってる。裸じゃない。
「大丈夫?」
色んな意味を込めてミスズに言った。
「え、ええ」
ミスズが腕の傷を痛がりながらも、ポーションの蓋を開けて一気に飲みほした。傷が塞がっていく。ゴブリン達は仲間の頭がつぶれたことで一瞬動揺していた。しかし、立ち直ってメイジが魔法を唱えてきた。
「【ギャ】」
私はミスズの腰をつかんだ。
「戦うの?」
「戦わない。いっぱいどんどん集まってくる。逃げる」
まだ監視櫓の骨組みに巻きついていた腕をそのままにしていて、私とミスズの体を引っ張り上げた。
「了解」
ミスズはこちらに聞きたいことも色々あると思うけど、そんなのは置いといて弓を構えた。パシュッと矢が放たれた。私に支えられたままミスズは足が地面についていないのにどんどん矢を放っていく。
「【ギャ】」
メイジが魔法を唱えた。
「ギャギャ」「ギャ」
それでもソルジャーは私たちの位置が高すぎて、攻撃できないかと思いきや、監視櫓を真横に一刀両断してしまう。監視櫓が崩れた。私のバランスも崩れる。でも慌てない。ちゃんと考える。あれ? 頭が良くなったのにどうしたらいいか思いつかない。
「リーン任せて!」
ミスズが御札のような物に描かれた魔法陣を掲げた。
「【石爆】!」
それは今まで使わずにとっておいたもの。ガチャから出てきた魔法陣。魔法陣に起爆できる魔力を注ぎ込む。そうすると前方に向かって石の弾丸がいくつも飛んだ。それでもソルジャーが体の重要器官を亀のように守って、そのまま突き進んできた。
こいつら不意打ちじゃないとここまで面倒なのか。どんどんと増援にくるゴブリンの数も増えていく。
まずい。
でも、その時、地面が揺れた。
「なに?」
「リーン、祐太よ!」
遠くの方で赤いマグマが吹き上がった。
「【火矢陣】」
後ろで追いついてきた主の声も聞こえた。思い出した。
『リーン。良いかい。噴火が起きたら開始の合図だ』
あのマグマはユウタの合図だ。
金カプセルから出てきた【溶岩】を使ったんだ。
ユウタが言ってる。十分、ゴブリンの数は減らした。不意討ちは終わりにしようと。集落殲滅を開始する合図。ユウタが30体のゴブリンを倒せた合図。私はやっぱりまだちょっとユウタに勝てないかもしれないなと思った。





