第七十二話 Side美鈴⑧地頭
『警察と軍隊のこと。ちゃんとわかってるみたいなんだから、もったいぶらずに最後まで説明してくれたらいいのにね。ああいうところが米崎は世間から嫌われるんだよ。ねえ、祐太』
『え?』
祐太はあの時、ものすごく不思議そうに何を言っているんだこいつみたいな顔で私を見た。
『美鈴、米崎はそのことはちゃんと最後まで説明してたじゃないか』
『うん? そんなことないよ。ねえ、エヴィー?』
『ミスズ。あなたちゃんと頭を使わないと脳みそが腐ってしまうわよ』
『……いやいや、おかしい。最近の私がバカみたいな流れはなんなの? リーンもラーイもよくわからなかったよね?』
『私はわかったぞ』
『リーン。分からなかった』
『……』
まずい。このままじゃ私がリーンと同レベルだってことになってしまう。というか、あの幼女、大丈夫だったんでしょうね。駄目だって言ってるのに、建物の中に入ったりして、かなり焦ったじゃないか。
私はゴブリン集落の塀の外側にいるエヴィーの方を確認した。
何故か動揺しているようには見えたが、無事リーンを回収できたのか、こちらを向いて頷いてくれた。まあ、召喚獣をやたら心配するエヴィーがあの様子なら大丈夫だろう。
「しかし悔しいなあ」
どうにも米崎の話をちゃんと理解出来てなかったことが悔しかった。本当にあの不健康そうな男、ちゃんと説明しろよ。こっちの知能指数を確かめながら喋るみたいなあの感じ大嫌い。
『美鈴、米崎が言いたかったことを分かりやすく言うとね』
『わかりやすく言わなくていいけど』
私はあの時、ものすごくふて腐れた。
『じゃ、じゃあ、わかりにくく説明するとね。ダンジョンが警察や軍隊、公的な機関とかを嫌う理由は、ダンジョンの中の"秩序は自分"だと言っているんだ。ダンジョンの中での法律の適用も一切認めない。それはダンジョンの中での"法律は自分"だと言ってるんだ。ダンジョンを創ったのは、ダンジョンの中にあるなんらかの意思に間違いない。そしてその意思はダンジョンを創ったのは私だ。と言ってる。だから、ダンジョンの中のすべてのことは"私が決める"と言ってるんだ』
『嘘。米崎はそんな説明絶対してなかった』
『ふ。あれね。ダンジョンが上げてくれる知能はきっと情報処理能力だけなのね。地頭までは良くならないんだわ。まあ、それはそうよね。そんなことしたら性格変わっちゃうもの』
『……』
言い返せなかった自分がもの凄く悔しい。エヴィーめ。祐太のことでちょっとは譲ってあげたのに恩を仇で返してくるとは。でも、あの2人、最近変なんだよね。前までは私が譲らなくても、エヴィーは祐太とベタベタしてた。
でも最近それがない。私が寝てる間にベタベタしてるから、それで十分ということだろうか? ともかく、次に米崎と会うのが別の意味で不安だ。苦手な授業を受けるような気分である。
苦手な授業で先生にあてられないように俯いていたあの日を思い出してしまうじゃないか。米崎……、
「南雲と同列ぐらいに苦手だな」
そんなことを考えながらも、下に向かって狙いを定めた。リーンが居なくなった。エヴィーはリーンを回収したら、すぐにポーションを飲ませて、また投入できそうならするという話だった。
しかしその様子がなかった。私は祐太から、出来れば狙撃で30体殺せたら嬉しいと言われていた。でも矢で射抜いた死体を片づけずにそんなに殺すのはたぶん無理だ。どこかで自分の仲間が死んでいる事にゴブリン達が気づいてしまう。
それに、本当は祐太にリーンがエヴィーの元に還ってしまった。と伝えなければいけないところだけど、方法がない。
「スマホを使えば楽なんだけどな」
こういうことをしている最中に探索者用のスマホを使うと、レベルアップにかなりのマイナス判定がつくと言われていた。どうしてなのかは知らない。でもきっと米崎はその理由だってわかってるんだろう。
じゃあ、ちゃんとみんなに一から説明すればいいんだ。そうすれば頭のおかしな探索者なんて言われずにすむ。あの男、世間の評価が気にならないんだろうか? ああいう人の考えている事はよくわからない。
まあ、理解できるようになったら頭おかしい証拠だから理解しなくていいけど。そうだ。私は正常だからわからなかったのだ。とにかくレベルアップは最高の形でしたいから、スマホは使用できない。
「いたな」
私は監視櫓の上から、孤立しているゴブリンを探し出す。ちょうど建物の裏で、一緒に暮しているらしい雌の動物の餌を用意しているゴブリンがいた。私は弓を引き絞った。
「【剛弓】【精緻二射】」
静かな声でつぶやく。
【精緻二射】は弓を2本同時に射るスキルではない。
1本の矢を放つと2本の弓が現れるのだ。そして、私の方には2回同時に弓を射ったような奇妙な感覚が襲ってくる。さらにこのスキルはかなり複雑で、射る瞬間、2本の矢を同時に方向調整する必要がある。
だから弓兵は器用が高くないと狙いを外しまくる迷惑極まりない存在になってしまう。弓兵のフレンドリーファイアほど洒落にならないものはない。弓兵の注意事項は、
【仲間に当てるな】
だとすら言われている。だから仲間の近くの敵を倒すときとかは、【精緻一射】にしておく。仲間が誰も近くにいない場合は敵が1体でも2本の矢で念押しして殺す。心が研ぎ澄まされていき、矢が放たれる。
空気を突き破りながら矢が鋭く突き進んでいく。100mほど離れた距離。1mぐらいずれてる。でもそれぐらいだと矢がスキルに反応する。2本の矢がカーブを描くように曲がる。ゴブリンの頭と首に吸い込まれるように刺さった。
「よし。あれは多分ゴブリンライダーね」
だとすると、自分の相棒のライオンの餌を用意しようとしていたのか? 念のためライオンを探す。しかし、目につくところにはいなかった。
「ううん。仕方ないか」
次々と殺して行かないと、時間をかければかけるほど自分たちの仲間が音もなく静かに死んでいっていることに、ゴブリンたちが気づいてしまう。私は次の獲物を見つけようとした。ゴブリンが建物の影に入ったのが見えた。
「【剛弓】【精緻二射】」
矢を放つ。空気を切り裂くわずかな音。またもやゴブリンの頭と首に命中した。そうすると急に電池が切れたみたいにゴブリンが倒れた。よし、殺せた。次は、カバを水洗いしているゴブリンソルジャー。しっかりカバの頭も狙う。
放つと2体とも仲良く死んだ。うぅ、メンタルに来る。ゴブリンはいずれ人間を殺しに来る存在だが、カバには罪がない。でも騒がれたらすぐにばれて大変なことになる。あまり考えずに次に行くことにした。
2体で大剣の打ち合いをしているソルジャーがいた。かなり激しく動いている。でも2体でいるのは理想的で他の視線もなかった。
激しく動かれると、どれだけ正確に射ったところで未来位置を予想できないから外れる。しかし、誘導性を持つ矢は狙い違わずソルジャー2体の頭を同時に撃ち抜いた。脳漿がぶちまけられる。
「うわあ」
自分がしていることだけど残酷だ。本当にダンジョンって人間に何をさせたいんだろう? よく考えたらモンスターを倒してレベルアップとか、かなり意味不明なシステムである。その事もあの米崎はわかってるのか?
『天才』
米崎をそう評価した人が、ものすごく批判されてすぐに発言を撤回していたな。
それにしても緊張する。ゴブリンはこっちの監視櫓を見てこないだろうなと何度も確かめた。私は色的にギリースーツで紛れているが、監視櫓で立って見張っているはずのゴブリンメイジがいない。ほかの3箇所の監視櫓にもいないのだ。
ちょっと頭が働けば異変に気付くはずである。しかし、普段は監視櫓のことなど気に留めて生きているゴブリンはいないようだった。まだこちらを見たゴブリンはいない。祐太はどこに居るんだろう?
集落の中をあちこち動き回っているはずなのだが、私からでもその姿は確認できなかった。
「うまく隠れながらやってるんだな」
なんとか監視櫓のゴブリンメイジも含めて11体を殺すことができた。それだけゴブリンの死体が、あちらこちらに散らばって、バレる確率が増えていってる。できるだけ見えない位置のやつを殺すようにしているけど、目標まであと19体。
「ちょっと無理じゃないかな」
今まで集落を見渡した感じ、集落には90体ほどのゴブリンがいると思われた。本来なら150体いるはずなのだが、かなり少ない。昨日かなりの数のゴブリンライダーの群れを狩った成果である。
集落の中に帰ってくるはずのゴブリンライダーを殺したから、ゴブリンの数が少ない。敵を発見することにおいては、一番優秀なゴブリンライダーが、相当数私たちの手で先に死んでいる。
ゴブリン達は仲間が昨日大量に死んで帰ってこなかったはずだが、動揺の様子はみられなかった。
「仲間意識が薄いかな?」
考えながらもここから狙えるゴブリンは大体倒せたと思う。これ以上になると距離が離れすぎるし、死角が多くてどうにもならない。私は次の狙撃ポイントになる監視櫓に移動する為、下を覗き込んだ。
「大丈夫」
ゴブリン達はこちらを見てない。私は監視櫓から降りることをエヴィーに合図した。しかし、エヴィーがこちらを見てない。何か青い物体が見えたけど、そちらの方をかなり気にしている。
「?」
それはリーンにしても青すぎる気がした。
何をしてるんだ? こっちはかなり危ない場所にいるんだから、ちゃんと見ていてくれないと困るじゃないか。リーンに何か危ないことがあったら、私がフォローする。そして私に何か危ないことがあったらエヴィーがフォローする。
そういう約束のはずなのだ。私がもし死にそうになったら助けてくれるのがエヴィーである。南雲のクエストの話を聞いてから、できるだけライフルも使いたくなかったが、その時ばかりはライフルの使用も許している。
「何してるの?」
どういうわけか青い物体が薄く光っているように見えた。
「何か光ってる?」
リーンにポーションを飲ませてるんだろうか? でもそれにしても少し違う光り方に思えた。幸いラーイが私の動きに気づいて頷いてくれた。それを確認して私は監視櫓から一気に降りた。
ゴブリンの目につかないようにさっさと次の監視櫓へと移動した。次の監視櫓の塀の外側に立つ。と、SPポーションを飲んで、SP満タン状態にするとスキルを唱えた。
「【探索】」
急激に五感が鋭くなるのが分かる。塀の中の声が聞こえてくる。ゴブリンや動物の心臓の音まで聞こえた。大丈夫。誰も近くにはいない。塀の上から覗き込む。その時だった。
「やばっ」
確かに近くにゴブリンはいなかった。動物の姿もない。しかし遠く離れたゴブリンメイジと目が合う。焦った。どうしてあなた外側なんて見てるのよ。私は慌てて引っ込んだ。
だめだ。大きい声を出される前に殺さないと。でもここからじゃ何もできない。
「……」
でも何の声もしなかった。ゴブリンなら私たちを目にしたらすぐに叫ぶはずである。私はギリースーツを着ている。目があったと言っても塀と同じ色だ。あわてるな。
私は探索のスキルを唱えているから、かなり相手がはっきり見えた。でもゴブリンはレベルが上がっても一般人並の視力しか持っていないはずだ。
「とりあえず落ち着いて。ふう」
音が遠ざかっていく。距離が開いていく。
気付いてない?
ほかのゴブリン達もこちらに気付いた様子がなかった。
「よし」
私はもう一度、塀に手をかけた。誰もこちらを見て無いことをよく確認する。
塀の内側に入った。
そして私が登るべき監視櫓に手をかけた瞬間。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
空気が震えるほどゴブリンメイジが叫んだ。
『ミスズ、メイジはかなり頭が良いという噂よ。ステータスを調べた探索者によると知能10。これって人間と同じ知能があるという証拠らしいわ。リーンと違って喋れないけど、頭を使ってこちらを騙してくるぐらい平気でするらしいわ』
こいつ、私が塀の中に入るのを待ってた。メイジが確かにこちらから離れている。けど後ろ向きに歩いているだけで、こちらを見つめたままだった。こちらを濁った目で見つめたままだった。不思議と彼の怒りが伝わってくるような目だった。
私はそれで理解した。昨日大量に仲間が帰って来なかった。そのことをちゃんとこいつらは怒ってるんだ。メイジが一気にこちらへと走り寄ってくる。速い。やばい。近接戦になるのか? いや、相手はメイジだ。
「【ギャ】」
「ちょっ」
これはまずい。私は今度こそ銃を抜こうとした。しかし、向こうが、【火弾】を放ってくる。『ギャ』としか聞こえなかったが、人間の頭ほどもある火の玉が高速で向かってきて慌ててよけた。
後ろの塀が激しく燃え上がった。
「あ、あっぶなー」
躱し損ねてたら一発で火達磨だ。
エヴィーで見慣れている魔法だが、敵に使われると、これほど怖いのかと思った。そして何よりも近くにいたソルジャーが3体現れた。まずいまずいまずい。見て直ぐにわかった。勝てない。
でも迫ってきているメイジを殺すしかない。
「【ギャ】」
2発目の【火弾】がすぐに飛んできた。これじゃあ塀なんて悠長に登っている間に後ろから撃たれる。
「【レベルダウン】」
魔法を唱えた。【レベルダウン】は急に身体能力が変わるから動きにくいはず。私は矢を放つ。ゴブリンメイジが避けようとしてつまずいた。体勢を崩した。殺せる。そうしたらとにかく塀の外に逃げる。
「ギャア!」
仲間に何をするんだとばかりに、ソルジャーに邪魔された。気づけばもう一体のソルジャーが私の目の前まで来てた。大剣を振り抜いてくる。かわすためにバックステップした。
「え?」
塀にあたって下がり切れなかった。また大剣を振り抜いた音がした。
「痛いっ」
お腹を斬られた。どれぐらい深い傷なのか確かめる暇がない。ソルジャーがさらに私に斬り込んでくる。大きな剣をもう一度振り下ろしてきた。いつもこいつらに思う。もうちょっと手加減してくれと。
弓はもう役に立たないと地面に捨てた。マジックバッグから槍を取り出す。槍の柄で受け止めようとしたら、その柄ごと斬れた。そして私の腕に剣が深く食い込んだ。





