第七十一話 Sideリーン①シンプル
私は馬鹿だってよく主から言われる。自分でも馬鹿なことは気付いてる。だから今回の作戦をユウタと主から一生懸命教えられたけど、いまいちよく分からなかった。
『突っ込む。倒す』
とてもシンプルな話だ。いつもそうしている。でもそれだとダメらしい。なぜダメなのかはこの世が複雑怪奇だからだ。あの時、いつも主の説明はよく分からないと思いながら私は眠そうにしていた。
『そうじゃなくて』
『エヴィー、難しく言ってもリーンはわからないよ。リーン。難しく考えなくていい。敵にバレないように静かに近づいて殺せばいい。他の事は美鈴がフォローしてくれる』
『……分かった』
ものすごく簡単。
『ユウタ、それだと細かいところが違うわ』
『エヴィー、理解させる方が大事だ』
『でも』
主はちょっと私に厳しいと思う。というか、構い過ぎてきてうるさいが多い。でも主だから心配してくれてるのは分かってる。ユウタは好きだ。いつも優しい。くっつくと頭を撫でてくれて、気持ちがいい。
『私、頭悪い。迷惑』
以前そんなことを主に尋ねたことがあった。主は、
『な、何を言ってるのよ迷惑なわけないでしょ? 私がアメリカのダンジョンであなたが「ぎゃーぎゃー」いう言葉にどれだけ励まされたことか。それに頭が悪いと言っても大丈夫よ。チンパンジーよりは賢いわ』
『エヴィー、それ褒めてない……』
『ユウタ、何を言ってるの? 十分、褒めてるわ。チンパンジーは喋れない。でもリーンは喋れる。つまりチンパンジーよりは賢かったのよ』
『エヴィー、やっぱりそれ褒めてないと思う』
多分、私も褒められてない気がした。だから私が賢いところも主に見せたかった。今回はユウタと別れての単独行動だ。体の小ささを生かして、潜入ミッションというものをやる。目標は私と同じ存在とは思えないオスのゴブリンメイジ。
そいつを一番高い建物の上で見つけたら突っ込んで、殺す。いや、それだと何か違う。忘れてた。静かに殺す。これでも何か違う気がする。そうだ忘れてた。静かに後ろから殺す。ユウタと別れて一体目を殺す事には成功した。
静かに近づいて殺すと、こんなに簡単に殺せるのか? たぶんこの相手は今の私よりかなり強い。ゴブリンメイジとよばれている存在だ。それを魔法を使わせずに倒す。
そうするとこんなに簡単になるのか。ミスズにも手伝ってもらったけど簡単にできてよかった。そんなに難しいことだとは感じなかった。次にやらなきゃいけないことを思い出す。主が言っていた。
『高い建物のゴブリンを二つ殺せたら、そこからはミスズが別の高い建物の上で、リーンの向かう先の敵を狙撃して倒してくれる。ただ、ミスズは2体以上になると、一度に倒せない。理由は分かるわね?』
『分かる。ミスズのスキルがそうだから』
『うん。でもこの敵は一気に倒さないと、仲間が急に集まってくるのよ』
『急に……どうなる?』
『エヴィー、また説明が難しくなってるよ。リーン。ミスズが高い建物の上にいるのをまず見つけるんだ』
ユウタの言葉を思い出した。ミスズの居る高い建物を探した。私と同じギリースーツを着たミスズが、高い建物から少しだけ顔を覗かせていた。目があったのがわかる。
『ユウタ、リーンには私が教えるわ。あなたは教えなくていい』
『わ、分かった』
なぜか主は最近、ユウタと喧嘩をしている。理由はよくわからない。ラーイは、
『なぜかはよく知らないが、主は最近自分に自信がもてないようだ』
『何故、それで喧嘩?』
『主がきっと人間だからだ。人間は私たちのようにシンプルには考えないようだからな』
『……ユウタ、主虐めてる?』
『たぶんそれも違う』
人は難しい。急に自信をなくしたり、誰かが死ぬ心配をしたり、戦うのに戦うのを怖がったりする。
死んだら終わる。
それだけなのに、私のことでも主はやたらと心配する。
『リーン。ミスズを見つけたら、常にミスズが見える位置のゴブリンを殺す。後ろから静かに気づかれないようにするのよ。それとゴブリンの数は3体までよ。それ以上は狙ったらダメだから』
私は地面に伏せて、ゆっくりと移動した。そうすると進んだ先で、矢が頭に刺さって死んだゴブリンがいた。とても体格が良いソルジャーと呼ばれるやつ。ミスズの仕業だ。ゴブリンが2体以下だとミスズが勝手に処分してしまう場合もある。
その場合は、
『死体は隠す。いいわね』
「分かった」
ズルズルと大きなゴブリンの体を引きずっていく。建物の影に隠すと、とても臭い香水を振りかける。そしてマジックバッグの中から、大量の草を取り出して上にかけておく。手順を何度も練習したから間違えない。
「これで、いい?」
いまいち自信がなかったので、ミスズの方を見た。そうすると高い建物の上で頷いてくれてるのがわかった。青ざめた顔をしているのが何故なのかは良く分からない。私は再び地面に伏せて、行動を開始する。
「ギャ~ギャ~」
ゴブリンの声がした。陽気な声。元がゴブリンである私は、主やユウタでも全然理解できないというダンジョンのゴブリンが何を言っているのか理解できた。
『遊びに来たぞ~』
みたいな感じの言葉である。たぶん、私が建物の裏に草をかけて隠したやつの所に遊びに来た。
「ギャ~ギャ~」『居ないのか?』
そう言ってるのがわかる。なぜなのか、胸にざわめきが起きる。よく理解できないなと思いながら、ユウタ達から言われたとおりにゆっくりと、友達の家に遊びに来たゴブリンへと近づいていく。
とても体格の良いゴブリンは、身長だけでも私の倍ぐらいあるんじゃないかと思った。そいつは建物の中に入っていて、相手は何も気付いてないみたいだった。
ギッ
家鳴りした。
「ギャギャ」『なんだいるじゃないか』
それでも油断している体の大きなゴブリンは、私が音を鳴らしてしまったのを友達だと思ったようだ。警戒感もなく振り向いてくる。確実に殺せると思った。短刀を引き抜いた私がソルジャーの首に短刀を差し込んだ。
「ギャ?」『女のゴブリン?』
ああ、ダメだ。失敗した。短刀の入りが浅いのがわかった。ゴブリンは鈍そうだ。首に短刀がつき立っているのにそれでもまだ戦いのスイッチが入ってない。かなりバカだ。主。ダンジョンのゴブリンは私よりバカだぞ。
でも、小さくて赤い服を着たゴブリンよりもはるかに目の前のゴブリンはでかくて首の位置が高い。
身長の低い私が首を狙うこと自体が間違えてた。
でも大丈夫。ミスズの矢がもうすぐ助けてくれる。
「ギャギャ」『珍しい。女ゴブリン初めて見た』
大きなゴブリンが腰に刺していたごつい大剣を抜いた。おかしい。ミスズなら、とっくの昔にゴブリンの頭を射抜いているはずなのに、まだか? ミスズの方を見ると建物の木製の壁があるだけだった。
そういえば建物の中には入らないように言われていた。
『建物に入ったらミスズから見えなくなるから気をつけなさい』
主はそう言っていた。だから建物の中には入っちゃだめだった。やっぱり私はバカだ。ここで死ぬらしい。こいつは多分、私を飼いたいだろうから殺さない。でも、私はそんなの嫌だから自分で死ぬ。
「ギャ!」
向こうが大剣を振り下ろしてきた。私は寸前でマジックバッグからハルバードを出して受け止めた。凄まじい力に体が骨ごと軋んだ。主の召喚獣強化はもう切れている。力負けして吹き飛ばされた。建物の壁に叩きつけられる。腕が痛い。
見ると相手のゴブリンの力に負けて変な方向に折れ曲がっていた。
「ギャギャ」『ずいぶん弱いゴブリンだ』
「やっぱり、勝てない」
それなら早く死なないと。ひと当てしてみて絶対に勝てないことがよくわかった。何よりも騒ぎだしたらほかのゴブリンが集まってくる。そうなると死ぬこともままならなくなる。腕が折れて短刀が握りにくい。
それでも私は何とか短刀を首に押し当てて、自分の喉を切ろうとした。
でも、なぜか切るための動作が出来なかった。
主の泣いてる顔が思い浮かんだ。
私が死んだら主が泣く。
そう思うと首を切れなくなってしまった。
困ったなと思い始めたのと同時だった。
自分の体が消えていくのを感じた。
ああ、やっぱり私はバカだ。
『ねえ、いくらなんでもリーンに潜入ミッションなんて危ないでしょ』
『大丈夫よミスズ。リーンに何かあると判断した時点で私に知らせて』
『エヴィーは外で待機でしょ。助けるのは間に合わないんじゃないの?』
『ミスズ……』
その時の主はものすごく哀れんだ顔でミスズを見ていた。
『な、何よ。その残念そうな顔は。そういう私を馬鹿みたいに見るのはとっても心外だな』
「【召喚解除】」
主がそう言ったのがなぜかわかった。
『いい。絶対にむやみやたらに死のうとしない。あなたはどうも自分の命を羽より軽いみたいに思ってるところがあるから気を付けなさい。何かあっても絶対私が手元に戻す。ダンジョンのゴブリンは女を簡単には殺さない。だからあなたは私が無事な限り大丈夫だから』
私は主を助ける。と、いつも思ってる。
でも、またなんの役にも立てなかった。もっと強くならなきゃいけない。どうしたら強くなれるのだろう。目の前の大きなゴブリンが私が消えていくのを不思議そうに見ながら後ろに倒れた。体が大きいから倒れるのもすごい音を鳴らしていた。
なんだ。さっきの首への一撃で倒せたのか。
鈍い奴。もっと早く死んでくれ。
主、私ちゃんと倒したよ。だから心配してすぐに手元に戻すのやめてほしい。
【種族進化のお知らせをします。種族進化条件・自身よりもレベル上位のゴブリン種を合計1000体討伐 を確認。規定条件が満たされたため召喚獣リーンはブルーゴブリン→ハイブルーへの種族進化を開始します】
そんな声が聞こえた気がした。





