第六十七話 距離
レッドゴブリンを倒して得られる最大のレベルに到達した。レベル10。これ以上レッドゴブリンをいくら倒してもレベルが上がらない。そしてレベル10というのは魅力値の限界でもある。
魅力値をこれ以上にしたければレベル500になるしかない。まだまだ俺たちには遠い話だった。それでも3階層に入って数日が経過して、探索者としての最初の到達点。魅力が上がる最大レベルになったことは嬉しかった。
「なんとかここまで来れたね。祐太、私、どうかな?」
「うん、すごく綺麗になった。俺にはもったいないぐらい」
美鈴に対して自分のものだと主張できるようになった。池本のことで、何か自分の中で変わったような気がした。
「私の方は1ずつしか上がらなかったから、ちょっと微妙ね」
炎天下の中、それぞれがレベルアップを終えていた。テレビでも見たことがないような、ものすごい美人が自分のことを微妙だとか言っている。元から綺麗すぎるぐらい綺麗だったのに、エヴィーは何を言っている。
「エヴィーが2とか3ずつ上がってたら、逆に怖いよ。それに本当に綺麗になったね」
「そ、そう?まあ、ユウタがそう言ってくれるならいいけど。というか、ユウタが80……やっぱりすごく上がったわね」
エヴィーが、俺の顔をペタペタと触ってのぞきこんでくる。そういうことをすると、美鈴の反応が心配で俺は見た。しかし、あまり気にしてないように見えた。安いホテルでいろいろ先に進んでから、美鈴は落ち着いたように思う。
以前ほどエヴィーのことに対して過剰に反応してこない。あの夜で、かなり安心することができたのか。思い出すだけでもいろいろこみ上げてくるものがある夜。2ヶ月前までは考えられなかったようなことを女子としている。
伊万里ともほとんど同じことをした。ダンジョンの中でエヴィーにあれと同じことをするのか? 約束をすっぽかされたことで。エヴィーの俺の気持ちが醒めてるのかとも思ったが、今の様子を見てると、そんなこともないように思う。
それがものすごく気まぐれにも見えて、女性の理解は難しいと思わせた。
「"これ"が私より綺麗な顔?」
たった1だけ上なだけなのだがエヴィーはかなり気になるようだった。
「魅力値ではね。整形手術をしたのと同じだ。見た目を加工したみたいなもんだよ」
心の底からそう思って口にした。
「ユウタのその自分を卑下する癖はどうにかならないの?」
「だって、なんかこの顔、別人みたいだよ」
「別人でもなんでもこれだけ綺麗になったのよ。凄いじゃない。少なくとも人間が加工した顔じゃここまで綺麗にはできないわ。生まれ与えられる顔が、神から与えられたものだとしたら、この顔も神から与えられたようなものよ。自信を持っていいと思う。あなたはそうあるべくしてあるのよ」
「そうかな」
エヴィーからそう言われるとそんな気もした。
「しかし、祐太、エヴィーより魅力が上になるなんてすごいね。見てるとなんて言うか男なのに妖艶と言うか、怖いぐらい綺麗だよ」
「1つ違うだけなのにユウタの方が私より綺麗だってわかる。それがなんだか不思議だわ」
エヴィーはそのまま顔どころか体まで確かめだした。
「お尻の形まで綺麗だわ。背中の筋肉のつきかたも理想的。爪の形も抜群。腕の長さに足の長さ。腹筋の割れ方もいい。おへそもなめたいぐらい。あれも理想的。口を開けてみて。すごい。舌まで綺麗だわ。ユウタ。私も脱ぐから確かめてみて」
「ちちょ、ちょちょちょっと落ち着いてエヴィー。脱ぐのはまずい! 脱ぐのはまずいから!」
「あ、ああ、そうね。ごめんなさい」
エヴィーが79で美鈴が67、どちらも見たことがないぐらい綺麗な少女になっていた。そして俺が一番魅力が上になったという。
「そんなに変わった?」
「なんというか、一つの芸術品みたいになってるよ」
美鈴もあっけにとられたような顔をしていて鏡を渡してきた。
「……」
そして、人の理解を超えたような男前が鏡の中にいた。自分の顔を見ながら心臓が高く鳴ってくる。大きくてはっきりとした瞳。高くて魅惑的な鼻。冷たいと思うほど整った唇。耳の形もとてもいい。
鏡で自分の姿を見ていると、自分に惚れてしまいそうなほどの妖しくも美しい少年がいた。
「好き」
俺は自分に何を言ってるんだ?
短く切り揃えた髪だけが俺だと主張していた。奇しくも南雲さんと同じ魅力。南雲さんと俺が並んで歩いたら、きっと女たちが卒倒する。自分でもわかる。こんな顔になってしまったら女なんてほっといても寄ってくる。
なんなら男だって寄ってくる。そういう趣味のない男ですら、そういう趣味にしてしまうぐらいの魅力。自分の美しさが怖いなんていう日が来るとは思ったこともなかったが、この美しさは正直怖い。
「ふふ、綺麗も大変よ。いろんな誘惑があるから」
ほとんど同じぐらい綺麗になっているエヴィーが、それでも自分の美しさには慣れているのか余裕そうだった。
「美鈴も相当綺麗になったよね 」
「う、うん。祐太ほどにはならなかったけど、最近、鏡を見てるとこれ自分? って思う時があるよ」
「わかるよ。慣れてくるものらしいけど」
それは榊さんの話で南雲さんは全然慣れないみたいだった。そりゃそうだ。こんなに見た目が変わったら、自分自身も戸惑うが、とにかく周りが放っとかない。少なくとも俺ならこんな奴が隣にいたらずっとガン見してしまう。
「どの道、一度上がった魅力が下がったなんて話も聞いたことがないわ。これがユウタで、私でもある。それでいいじゃない。それより」
エヴィーが話題を変えた。レベルが10に到達したことで、これでゴブリンライダーで上げられるレベルも限界になった。明日からいよいよ別の敵と戦うことになる。ゴブリン軍。おそらくデビットさんたちが手を出して殺されかけた相手。
いや実際に仲間を2人殺されたと言っていた相手だ。
「50体~100体で出撃してくる上に、レベルもゴブリンライダーよりも上」
「祐太、いよいよね」
「うん、4階層よりもある意味大変だって言われてるよ」
「死なないように精々あがきましょう」
そして俺たちは作戦を話し合い、今日はもう寝ることになった。明日から違う敵と戦うことに恐れる気持ちと期待感もあった。美鈴が俺のそばに寄ってきた。今日は俺から美鈴を抱きしめた。
美鈴の体は相変わらず柔らかくてそれを確かめることにあまり迷わなくなった。時計を見ると夜の12時だった。今日は疲れたのか美鈴はすぐに寝た。そうするとエヴィーに起こされた。少し話したいのだと言われた。
「あの話を聞いてから、ずっと考えてたの」
2人でアカシアの木の日陰に入った。美鈴が寝ている場所はこちらから見えるが話し声が聞こえないぐらい離れた。念のため、ラーイとリーンに見張らせておいた。夜の12時だというのに、明るさは全く変わることなく、暑いままで、そんな中で隣り合って坐っていた。
「私は本当にレベル1000なんかになれるのかって」
南雲さんのクエストの話は劇薬で、その時は平気そうに聞いてられても、考えるほどに重くなっていく。これから先、一度でもクエストでS以外とってはいけない。そんなことが本当に可能なのか? できれば南雲さんの言葉の方が嘘であってほしいぐらいだった。
「俺だって思ったよ。自分が考えていたよりはるかに厳しい世界だった」
「まさかそこまで難しいとは思わなかった」
「昔、親父がさ。俺に言うんだよ。親父はT大出身なんだけど、司法試験は2回目で受かったんだ。親父は地方だと並ぶ者は居ないぐらい賢かったらしいけど、T大だとよくて中ぐらいだったって。世の中には化け物みたいに賢い奴が山ほどいて、親父が難しいと感じた司法試験が簡単だっていう人も居たんだって。でもその人だって世界レベルになったらただの凡人なんだって」
「世界中の人間が、文字通り、死に物狂いで目指しているもの」
「きっと12英傑は"あれ"が簡単だって思える人たちの集まりなんだ」
「私は本来"そっち側"だった。探索者にさえならなければ、モデルの中では並ぶ者はいなかった。いえ、正確には並ぶ者はいたわ。でも私以上だとは思わなかった。そんな中でも上に居続けた私だから、探索者だってそんなに難しくないと感じていた。実際、アメリカではそんなこと感じることがなかった。私より年上なのに、みんなだらしないなって思っていたわ」
「まあモデルの人たちだもんね」
「いいえ、モデルはかなり体を鍛えるのよ。美しく歩くために。美しく見えるために。それが仕事だからね。だからみんなそれなりに自信があったのよ。バカにしないで」
「ごめん……あまり知らなくて」
「ユウタ、本当にナグモにカインのことは聞かなかったの?」
エヴィーは驚くほど綺麗な顔でこちらを見てきた。
「……聞かなかったよ」
俺は嘘をついた。今の段階になっても俺が、南雲さんに恋愛相談だけをしてたら相当なバカである。実際はダンジョンについて聞いておきたいことはすべて聞いた。その中で召喚士の話を聞かないわけがなかった。
なにしろ、エヴィーが召喚士なのだ。南雲さんは言っていた。
『俺はカインとは何度か殴り合いになったぐらい仲が悪い』
『聞いたらまずかったですか?』
『いや、だから、あいつについては結構詳しい。召喚士なんてものは単純だ。"召喚獣次第"だよ』
『召喚獣……』
『ああ、召喚獣が弱ければ弱い。召喚獣が強ければ強い。召喚士はそういう存在だ。カインは召喚獣がアホかと思うほど強い。俺とタイマンはってもしばらく持ち堪えている化け物もいる』
『それってバハムートですか?』
カインの召喚獣で有名だった。カインはいつもその化け物に乗っている。
『ああ、それも強いが、あれは外用だ。一番はベヒーモス。次がヨルムンガンド。まあよほどのことがない限り、いくらムカついてもダンジョンの外では戦わせたりしないけどな』
『ヨルムンガンドってバハムートよりも強いの……世間で知られている12英傑の情報ってなんかだいたい間違ってる気がしてきました』
何しろネットではバハムートこそが最強の召喚獣と言われていた。そしてヨルムンガンドは田中に負けたことがあるのだ。そのせいで弱いと思われていた。
『まあ手札はみんな隠したままだからな』
『じゃあ召喚士が強くなる方法って召喚獣が強くあることだけなんですか? なんというかガチャを引き当てる感じですか?』
『そうだけど、そうじゃない。召喚士は良くも悪くも召喚獣次第なんだよ』
正直、その内容はエヴィーに話してどうにかなるようなものではなかった。だからってラーイとリーンに話しても仕方がない。
『召喚獣が強くなるのは、召喚獣が、種族進化というものをおこすかどうかだ。しかし、俺はそれがどういう条件で起きるのか知らん。ただ、滅多に起きるものではないらしい。カイン以外ではそれが出来た召喚士を俺は知らん。やり方はカインは知ってるだろうが、多分俺には教えないだろうな』
『南雲さんでも知らないことがあるんですね』
『そりゃあるよ。でもまあ、カインにダメ元で聞いてやろうか? 転移でバハムートを拉致ったらなんとかなるかもしれん。一番お気に入りがバハムートなのは間違いないしな』
『い、いいです。マジで良いので絶対やめてください』
南雲さんの俺への好意の源はどこから来てるのか知らないが、あまり余計なことを言い過ぎると本当に戦争を始めたりする。俺は何度も何度もいいとお願いしておいた。
「ごめん、聞いておくべきだった」
「いいわ」
エヴィーは草原にべたっと寝転がった。
「はあ、自分のことを劣っていると思うのはしんどいものね」
「劣ってはいないよ」
「いいえ、劣ってるわ。レッドゴブリンは先ず私を狙ってくるし」
「そりゃ召喚士なんだから仕方ないよ」
召喚士が強くて何でもできるなら、召喚獣の存在など必要なくなってしまう。
「ミスズがね。自分が寝ている間なら、あなたと関係を持ってもいいと言ってたわ。私はそれを嬉しいと感じた」
「美鈴がそんなこと言ったの?」
エヴィーとの関係を認めたのも驚きだが、それはちょっとエヴィーを馬鹿にし過ぎではないだろうか?
「ユウタ。生まれて初めてするものだけど、恋愛って面倒だわ。私は今、ミスズに侮られた気がしてイライラしてるの」
「……」
「大体、恋愛は自分で全部決められないのがいや。相手のご意見を伺って、相手が気に入ってくれなきゃダメ。どうしてそんな気を使わなきゃいけないの? どうして相手の反応がそんなに怖くなるの? どうだっていいじゃない。『私はエヴィーだ』って叫び出したくなるわ」
「俺もひとりのほうがよっぽど楽だと思う時があるよ」
「ユウタ」
「なに?」
「アメリカに居て、朝目が覚めるとね。あなたがいなくて泣きそうになった。それが嫌で何もかも捨ててアメリカにいてやろうかと思った。でも帰ってきた。ユウタはきっと私がいてもいなくても、どちらでもいいのにね」
「そんなことはないよ」
「ありがとう。嘘でも嬉しいわ」
エヴィーはとてもそれを寂しそうに言った。俺はそんなことはないと言おうとした。だが、どうしてか否定できなかった。そしてこちらの心の成長など待たずに明るいままのダンジョンの夜が明けた。





