第六十六話 Sideエヴィー⑤
「ごめん。2回も呼ばれた」
ミスズがユウタに謝りながらキスしていた。謝るのかキスするのかはっきりしろ。ああ、ユウタと私もイチャイチャしたい。それでも集中しなかったら絶対に成功しないと思っていたから何も言わなかった。
ここまでは作戦どおりだった。索敵に出ているゴブリンライダーの群れが1つの集落で3隊おり、そのすべてを殲滅した。その足でさらに隣の集落にも襲い掛かって、ゴブリンライダーを狩り尽くした。それをさらに10度繰り返す。
合計でレベル12のゴブリンライダーを約500騎ほど仕留めた。すべてで3日かかって現在レベル9。
「驚きだわ。ここまででも、もっと時間がかかるって聞いてたのに」
「「……ちゅぅ」」
私の声に誰も答えない。2人でいちゃつくのに夢中だった。
「やっぱりユウタの教えてもらった情報で、"そういうことができる"って分かったからね」
しゃべりながらも私はユウタに近づいてお尻をギュッと抓った。いい加減にしろという意味だ。それでもまだミスズがユウタから離れようとしない。ミスズの図々しさが増している。なにか自信でもつけたのか? 余計に腹が立ってくる。
「み、美鈴ここまでだ」
「むう」
むうじゃない。私なんてあなたの目を気にして何もしてもらえないんだから、キスを中断されたぐらいで、不満そうな顔をしないでよ。アメリカからなんとかして早く帰ってこようと思ったのに、どんなに頑張っても時間ギリギリに帰ってくるのが精一杯だった。
もう1日休みを延長したら間違いなくミスズがどうしてなのかと気にしだす。ばれたら受けて立つぞと言いたいところだが、ユウタはやはり私よりミスズの方が好きみたいだし、それで本当にユウタとの別れ話に発展しないとも限らない。
それが何よりも怖かった。
ユウタに『さようなら』と言われるのが怖かった。
ユウタがそんなこと、あっさり私に言うわけがない。そう思っているのに、それでいてあっさり言われてしまう気がした。
早く、美鈴に私を認めさせたい。そうしたら安心できる。なのに今のところ良い方法が思い浮かんでこない。この間のようなことになったら目も当てられない。なぜあんなことになったのかとアメリカに行ってる間中考えていた。
そして一つだけわかったことがある。それはとてもシンプルな答えだった。
そう。
私は恋愛経験がない。
私はユウタ以外の男と付き合ったことがない。好きだと思ったこともない。つまり恋の駆け引きなどしたことがない。初めてなのだ。
モデルの世界で切磋琢磨して生きてきたから、そういうこともできるように自分で思っていたのだけど、どうやら私は恋愛に関して素人だったらしい。アメリカに行ってる間そのことだけがよくわかった。
何しろユウタから連絡があるのをひたすら待っていて、結局、自分からは連絡するのが怖くてしてない。
日本での仕事をキャンセルした。
普段ならそんなバカなこと、絶対しない。
だから心配してメイが電話をかけてきた。
私はメイに恋愛の素人なのだと話をした。
『今ごろ気付いたの? 私はあなたの話を聞くたびに、なんて初心な子だろうって思っていたわよ』
『そう思ってるなら教えてよ』
『だって、私の妹があなたのライバルよ。積極的に手伝う訳にいかないじゃない。むしろ、どうして美鈴の姉の私に相談するのって思うぐらいね』
『そういえばそうね』
『全くよ。私のことなんて視界にも入ってなかったのに』
『話したことはあったじゃない?』
『話したことはね。私からしたらアメリカでモデルをしてるって言っても、あなたはやっぱり遠い存在だった。15歳のくせにいつも超然として、不貞不貞しいエヴィー。それがこんなにポンコツになるなんて、恋は不思議なものね』
『まったくよ』
『おまけに嫌味も通じないし』
そういえばメイとこんなに話すようになったのは、アメリカでダンジョンに入ってからだ。そしてこんな話をするようになったのは最近のことだ。
『メイ。恋なんてするもんじゃないわ。全然思いどおりに行かないの。この私が"3番目"よ。そんな扱いされてるのに捨てられないように必死になってるの。おまけにアメリカまでユウタのために飛んできて肝心のユウタはいないんだもの。喜んでくれた男は私に仕事をさせることができたボスだけよ。私は思わずアメリカで泣いたわ。メイも私を笑ってくれていいわよ。マークなんて笑いながら謝ってきやがったから、本当にクビにしてやろうかと思った』
『笑わないわよ。人間らしくなってきたじゃない』
『メイ。声が笑ってる』
『ふふ、エヴィー。可愛くなったじゃない』
「仲がずいぶんいいのね」
「そりゃまあ」
ミスズは赤くなって嬉しそうにしている。
それぞれがレベル9になった。容姿もずいぶん変わった。一番変わったのはユウタで、ついにミスズの魅力を超えた。私も美男美女ばかりがいる世界で生きてきたが、これほどの美男子はめったに見たことがなかった。
「祐太は優しかったよ」
悪気はなさそうに無邪気な顔で言ってくる。やはりもうそういう仲ということ? 以前と違う親密さだと思ったけど……。
面白くないので、私はそれには答えずユウタに話しかけた。
「ユウタ。私の言うこと聞いてた?」
手を握るぐらいはだめだろうか?
「あ、ああ、エヴィー。できないと思えばできないやり方をする。できると思えばできるやり方をする。そういうものなのかもしれないね」
よかった。ユウタがちゃんと私の言うことを聞いてくれた。
「体操の技とかでもそうね。レベルが上がってなくても今の選手にとっては昔やってることはお遊戯の技みたいに見えるっていうもの。でも、できると分かった瞬間、急にできない技をできる人間が増える。高レベル探索者が"みんなS判定"だっていうその情報。2階層の時点で欲しかったわ。私も今から考えると何かSに出来る方法があったのよ」
私はミスズがユウタと手を繋いでいるのが気になりながらも、今はレベル上げに集中しようと思った。ユウタはナグモとニューヨークにいた。そして、その時、いくつかダンジョンについての相談をしたそうだ。
クエストの判定についても聞いたらしく、そうするとナグモに言われたそうだ。
『高レベル探索者になるような奴らは全員1~10階層のクエスト程度はSをとるもんだ。お前もそうだろ?』
『え、ええ』
『だろうな』
『でも、南雲さん。弓神だけが、2階層の弓兵ジョブのクエストでSを取れたっていう話が有名ですよね?』
『そんなもの知らん。大体あいつはクエストでただの一度もSを逃したことがないって言ってたぞ。俺もそうだ。というか12英傑はそういう奴ばっかだ』
『な、南雲さんって、今までクエストでSを逃したことないんですか?』
『そうだよ』
正直、その言葉は衝撃的だった。ユウタも私達に伝えるべきかどうか迷ったようだ。しかし教えなければ、また私たちはクエストで妥協しかねない。だからユウタは教えてくれた。
私とミスズがこの情報をもらっても、それでもクエストがS判定にならないなら高レベル探索者は諦めた方がいい。そういう世界だ。いや、それも正確ではない。
正確に言うならば諦めた方が良いのは私だけだ。ミスズはAでも許される。というのもタナカもクエストでA判定しかなかなか取れなかったそうだ。それどころかクエスト自体を失敗したこともある。
しかし、タナカは虹カプセルが出て化けたらしい。
つまりこのパーティーで一番劣っているのは私だ。召喚士というレアジョブに浮かれていた。カインなど一人で12英傑になったのだと思った。それなのに何かが足りない。リーンもラーイもちゃんと頑張ってくれてる。
しかし、それでも足りない。リーンはユウタの下位互換であることは仕方がないにしても、もう少しだけでいいからユウタに追いついてほしい。ラーイも加速を唱えたユウタに負ける。移動特化なのに負けるのだ。
やはり私にも何かがいる。ミスズにとっての虹カプセル。ユウタにとってのガチャ運。私にとっての召喚獣。そのはずなのに、なぜかこのままレベルアップをしていても足りないという気持ちがぬぐえない。
召喚士。誰もが羨むレアジョブ。それなのにあまり大成したという話がない。その一方で、一人でダンジョンに入って大成したカインの話があまりにも輝いている。
ユウタは多分ナグモにカインのことも聞いたと思うのだが教えてくれない。
「2階層のクエストもったいなかったかな?」
ミスズが口を開いた。
「もう終わったことだけど」
私はできるだけ声が尖らないように気をつけた。いつもそれで喧嘩を売る形になって揉めてしまうと学んだのだ。私もミスズも今のユウタについて行くのに必死だった。一つのクエストがA判定とS判定。
ただそれだけのことだったのに差が付き始めている。
ユウタは近接戦闘において一番大事なステータスを6上げることができた。おまけに専用装備を3つ付けられる。私は3しかあげられなかった。ミスズも3である。専用装備がないからステータスの底上げも無い。
やはりSを取るしかない。なにしろクエストの結果が悪いほど、その職業にとって一番大事なステータスが足りなくなる。そうなれば、その次のクエストをもっとこなすのが難しくなる。
そうして篩にかけられた結果、高レベル探索者になれるものはごくわずかしかいないことになる。改めて高レベル探索者が狭き門だということがよくわかった。
「行きましょう。今回失敗したらもう終わりよ」
レベル9。最初の目標までもうすぐだ。それでもまだその先は見えていなかった。私がライオンになっているラーイに乗り込んだ。その後ろにミスズが乗ってきた。何気にこの2人が素早さで一番劣っているのだ。
「エヴィー、私の事独占欲が強い女だって怒ってる? 」
ミスズがまたそんな話題を振ってくる。今はそれどころじゃない。ついていけるかどうかの瀬戸際だ。イラッとした。
「全然」
「これが終わったら私よく眠ると思う」
「あっそ」
「眠りすぎて周りで何してても起きないと思う」
「……」
「エヴィー。私、エヴィーのこと嫌いじゃないよ」
「……私もよ」
今のはユウタと私のことを許してくれるということか? ラーイが走りだした。だめだ。集中しないと。急にミスズらしくないことを言うから頭がそのことでいっぱいになってしまう。許すのはどこまでなのだ。
何をしても何も言ってこないのか?
久しぶりにユウタに抱きしめてもらえるの?
それでも周りの状況が、そんなことを考えつづけている事を許さなかった。ゴブリンライダーだ。色ボケした脳みそで相手はできなかった。命がけだった。
「来るよ」
「美鈴は絶対に遠距離からの狙撃。近づかない。近づかれたら迷わずにライフル銃で殺してかまわない。エヴィーはリーンと一緒にラーイに乗って、俺の少し後ろで戦ってくれたらいい。無理だと思ったらラーイで逃げてくれていいから」
「逃げないわよ。そんなことしたらユウタが死んじゃうもの」
「私も逃げないよ。一人だけ生き残るなんてまっぴら御免。大丈夫。私の弓で近づいてきて危なそうなやつは全部撃ち抜くから」
「……行くよ」
ユウタは私たちに何も言わなかった。終わったらいくらでも喋れる。そういうことなのだ。それぐらいユウタのことはもうわかるようになった。ゴブリンライダーと目があった。全員がレッドゴブリンだった。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」
ゴブリン共が開戦の雄叫びを上げた。ユウタが地面を踏みしめた。ラーイがそれについて行く。最初にミスズが【剛弓】に【精緻二射】まで加えて、二筋の光のように、ユウタめがけて矢が飛んでいく。
「祐太!」
ミスズのその声でユウタが自分の体を沈ませた。そのまま後ろから矢が現れて、 二体のレッドゴブリンの額に命中した。そこからはミスズの弾幕が始まった。アサルトライフルよりも威力があるのではないかというミスズの矢。
雨あられのような弾幕。
綺麗だと思った。
私はずっとこの中で生きたいと思った。
私が綺麗だと思った弾幕。しかし、これでも向こうはさばいてきやがる。
「畜生!」
ミスズはマジックバッグに山ほどの矢を買いこんでいた。それがすべて当たれば、おそらく戦いはすぐに終わった。しかし当たらない。飛来してくるミスズの鋭い矢のすべてをレッドゴブリンたちが打ち払ってしまう。やっぱり普通の方法だと当たらない。
「そのための私たちでしょ!【火矢陣】!」
新しく生えた魔法を唱えた。
火弾の上位互換で、魔力依存で火の矢を放つ。スピードはミスズの矢程速くない。だから躱される。しかし、これで攻撃が二段構えになる。火矢陣の矢は私の魔力だと2本。ミスズの矢に当たってしまうレッドゴブリンが現れた。
しかしレベル12になってくるとタフになってくる。それぐらいだと平気で動いてくる。最後にユウタとリーンが動いた。ユウタの2連撃のスキルをレッドゴブリンが受け止める。しかしユウタは左手でも、今回は日本刀を持っていた。
さらに2連撃を放つ。
「使い勝手が良いって言われるわけよね」
2連撃はストーンスキルの中でも使い勝手が良いと言われている。右手で使って、すぐに左手でも使える。実質4連撃を簡単にできる。レッドゴブリンの首が飛んだ。まず1騎を殺した。ミスズと合わせて3騎である。
私もここで負けてられなかった。私の剣としてリーンが、私の次の【火矢陣】でひるんでいるゴブリンライダーめがけて襲い掛かる。小さい体で放ったとは思えない鋭いハルバートの斬撃。しかし受け止められた。
「【召喚獣強化】」
「ぎゃ!」
リーンがそのまま押し込む。リーンの力が強くなり、それでもまだ拮抗している。リーンが口を開いて、
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
特殊能力【咆哮】を放つ。音波攻撃で当たり判定が広い。これを食らうと相手がふらつく。さらにリーンは力を込めて押し込む。ハルバードがゴブリンの肩に食い込んでそのまま騎乗しているライオンの背を断ち切った。
しかし横合いから別のレッドゴブリンが現れて、リーンに斬りかかる。攻め込まれたタイミングが悪い。普通ならこれでリーンは死んでる。素早さは結構あるのに器用じゃないから力押しに頼る。結果、リーンには隙が多い。
「【石弾】!」
ユウタがリーンに襲い掛かったレッドゴブリンの頭を撃ち抜く。さらに【加速】を唱えると、3体のレッドゴブリンが地面に沈んでいた。どんどんとユウタが強くなっていく。専用装備の部分が大きい。
それがあるからクエストでSを取れる。
Sをとれるから次のクエストもSになる。そうしてどんどんユウタは強くなっていくことができる。ずるい。少しだけユウタに嫉妬してしまう。ユウタはダンジョンに愛されてるからダンジョンが祝福だって言うのだ。
これでもしミスズが虹カプセルを出したら……。
戦いの最中に弱気になるな。私には召喚獣がいる。
「【火矢陣】」
リーンへと援護の火の矢を放つ。リーンがレッドコブリンの首を斬り落とした。レッドゴブリン5騎が私に向かって来ていた。ユウタの方には近づかない。こいつらは誰でもいいから狙うんじゃない。
"一番弱いやつから狙ってくるんだ"。





